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Rainbow Disco Club 2021 CYKによせて 2021.10.30


  5月、8月と2度の延期を超え2021年10月30〜31日の開催を迎える運びとなったRainbow Disco Club。足を運ぶたび素晴らしい夜を与え続けてくれたコレクティブ、CYKの面々がRDC初の有観客ステージを迎えるとあり大切に懐に抱え続けた入場チケットだったが、開催前日の土壇場となったところでオンライン配信チケット購入画面を睨みながら逡巡を続けていた。

  ここ北海道の在住者にとって10月末は死の宣告が渡される節目である。肩の暖気が終わった大地が本気を顕にし、動植物に死を、住民に試練を与え始めるのが丁度11月初週なのだ。
  その真っ只中に野外フェスなど正気の沙汰ではない……「関東は概ね20度」…… 嘘をついてはいけない!  11月頭は平均7度と相場が決まっているのだ。生命を天秤に掛けたパーティは御免蒙らなければならない。

  数時間の逡巡の末、配信チケットを購入した旨でCYKのNariに連絡を出した。忍びないが、次のパーティで乾杯しよう。
  数刻の後彼からメッセージが届いた。「RDCで会うのが格別だから」

  部屋中に埃を舞わせながら泡を食って荷物を詰め込み、部屋を転がり出る。朝6時、札幌の気温は4度。どうか彼の地との間に砂漠並みの寒暖差がありますように……と望みつつ、空港行きのJRに飛び込んだ。


  成田空港がこんなに憎らしい存在だとは思わなかった。
  京成上野行の特急へ約1km走る。JR上野駅へ走る。川崎駅からホテルへ走る。怪訝な面構えのフロントに荷物を押しつけタクシーに飛び乗り、会場となる川崎はちどり公園へと足を向ける。燦々と降り注ぐ昼日の中、車窓から見えた真っ昼間からダウンジャケットを着込む御婦人に脳を引っ張られているうち、気づけば会場に到着していた。自宅を出て7時間が経過していた。


  ちどり公園での開催となる2021年のRDCでは、2種のフロアが常設となっている。入場直後から眼前に大きく広がるRDCステージは四方を木々に囲まれた大型ステージ。その背後にある小さな丘を迂回すると、満潮時には波を被るほど海面のすぐ傍に設置されたThe Topステージが見えてくる。気温20度の公園に立ち、どうどうと足の裏を擽るキックに耳を傾けながら「杞憂」の2文字を思い出す。


  13時30分頃、間もなく出番を迎えるCYKの面々と些細な言葉を交わした。高揚と緊張に包まれた彼らの表情を見送りつつ舞台となるThe Topフロアを一望すると、そうだろうな、と合点せざるをえない極上の状況だ。快晴の空から差し込む日光が、海面、その向こう側に望む工業地帯、そしてフロア一帯を、都合が良すぎるほど素晴らしい黄金色に染め上げている。
  延期を超えたRDCがコロナ禍を脱する先鋒的立ち位置となったことも含め、CYKに委譲された重みのある信託は、彼らの目にも明らかなほどぐるりとフロアを囲んでいたはずだ。


  14時00分、初日のトップバッターとなるSobrietyが沁み入るようなプレイを終えたブースでは、冬の気配を感じさせる陽の位置を横目に、Nari、Kotsu、DJ No Guarantee、Naoki Takebayashiの4名が顔を揃えていた。Sobrietyを楽しんだ聴衆と、にわかに浮足立つフロアを抱え込んだまま、記憶が正しければ『Sylvester - I Need You』の高らかなヴォーカルからCYKのステージが始まった。

  RDC StageのトップバッターとなったSisi、同じくThe TopのSobrietyともにリスニング、ダウンテンポ中心のセットで走っていたことを鑑みれば、身勝手にも開幕からのアップテンポセットを期待していた自分としては若干肩透かしではあったが、心地の良い滑り出しだった。首をもたげるように始まった粘度の高いスタートから『Parallel Dance Ensenmble - Shopping Cart』〜『Maurice McGee - Do I Do』と軽やかなセレクトが続き、自然と浮足立つロケーションと相乗し聴衆の足元も軽くなる。


  多幸感溢れるディスコサウンドに身を任せ半刻ほど経った頃、『Sheila & B.Devotion - Your Love Is Good』からその流速に沿う形でCYKが投下した『INOJ - My Boo』が前半の頂点であったように思う。明らかなディスコトラックと見紛うあっけらかんとしたミックスを前に、しかし軽快なマイアミベースとして記憶していた衝撃から思わずブースを振り返ると、ブースからギラギラとした笑みを浮かべる面々が見えた。
  同じくブースを見つめていた聴衆が「CYKのやり口だ!」と発しながら手を掲げている。たった今構築されているディスコサウンドの文脈の中で、ひょうきんなマイアミベースから重厚なヴォーカルへと変容してしまったINOJへの認識は、今日この日のCYKをもってのみ辿れるものとなり、この記憶を大切に持ち帰らないわけにはいかなくなってしまった。
  彼らのやり口にあてられた聴衆が満たされた期待はどのようなものであったか想像を巡らせながら、自分が今日彼らに求めていたものはこの「文脈の構築」であったのだという知覚とともに、動く足幅が殊更大きくなっていくのを自覚する。


  INOJに持っていかれた体力を回復するため、The Topの狭間にある小高い休憩スペースに足を運ぶと、そこから縦長のステージを一望することができる。
  CYK開始から前半30分頃を景気に聴衆が押し寄せ始めたThe Topでは目測で60m程度が埋まっており、一度抜けた最前部に再度潜るのは容易ではなくなっていた。

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  休憩スペースの椅子に甘えつつ「カモメが一羽も見当たらないのは何故だ」と川崎の海に疑念を抱き始めていた15時30分頃、フロアに突如落とされた『Denyl Brook - I Need It』から一気に彼らの攻勢が始まった。RDCオンライン配信のCYK枠が開始されるのは丁度このタイミングからとなっている。

  休憩所から転がるように土手を駆け下りた先、Denyl Brookの強烈にクリアなハウスサウンドから一気に明確なダンスフロアへと舵を切ったThe Topは、その熱度を大きく上昇させ始める。 トライバルトラック『Ivan Kay & Fiorez - Brasil Street』の捻るようなグルーヴや、回転速度を弄くられても絶妙に気づかない(気づかなかった)『Omar S - This love is 4 real』で聴衆を掻き乱しつつも、BPMは少しずつ上昇し続け、確実に足場を固めていく。

  畳み掛けられるハウスの潮流は16時丁度頃、(嘘をついているで有名な)貫くように爽快な『Octave One - BlackWater』のヴォーカルとともに最高潮を迎え、『Bob Sincler - Feel For You(※御指摘より修正 →『22nd Street - Just Wait & See』)』で頂点を突いた。否応なしに神経を揺さぶられ弾むような名曲に、我々はそちらを期待していたのです、とばかりに呼応した聴衆のうねりもセット中最も大きなものとなった。思わず「この瞬間のために来たのだ」と感じざるを得ない恍惚感に満たされる。


  待望のハウスサウンドに体を預けながら、一丁前に「彼らが4人である意味は何処にあるのだろうか」と考えを巡らせていた。

  CYKのセットを聴く中で最も驚いたのは、相互に受持つ彼ら4人の選曲が、まるで一枚の布のように凹凸のない均一な運びに感じられたことだ。セットの節目節目で断裂のような境界線を生み出すKotsu、縦横無尽な選曲で期待と裏切りの両方を受け持つNari、そこから発せられる波を自然にいなし、時に増幅させるDJ No Guarantee、例の”瀧”に近い動きで絶妙にちょっかいを出し続けるNaoki Takebayashi。その節目節目に彼らのパーソナリティは感じられるものの、どこかにエゴが漏れ出している気配は感じられない。

  その点を所以の在処と定めるのであれば、無為か有為かは不明だが、徹底的に統一された感性とそこから形成される圧倒的に豊かな「公約数」の幅こそ彼らのシナジーではなかろうかと思う。

  彼らに期待する者、様子見に来たもの、ロケーションに惹かれ来た者。彼らの前に提示された様々な形の信託に対し、互いに仕掛けるトラックを端緒として多様な公約数を提示することができる。それも驚異的なほど”均一”かつ質の高いセレクトの上で。


  数年前、札幌のイベントスペース「Provo」にてNariが提示したセットが思い起こされる。ディスコ・ジャングル・和モノ・レゲエ・ハウス・テクノ……その日、ハウス・コレクティブの一員である彼のプレイにおいて決してハウスは重心ではなく、徹底してあくまで産み出される文脈の一部分として扱われていたように感じたのだった。


  RDC2021においてはディスコ、ハウスを中心に構成されていた彼らのセットだが、INOJのように彼らの文脈の上に設置されていた仕掛けはきっと多数あったことだろう。CYKが発する文脈においての均一性は、安直なジャンルの統一とは全く別種のものに感じられる。
  その場に立ち会ったものにしか持ち帰れない文脈が、(安易なエゴの混ざり合いとは真反対の)彼らにしか導き出せない豊かな公約数の上に紡ぎ出されること。それこそが彼らの最も有効なシナジーなのだと感じた。


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  小さな考え事が終了した頃、ブースににじり寄る聴衆達には斜陽に馴染むパーカッシブトラック『The Martinez Brothers - Hitman』〜『Right. There. In the Socket!』がぶつけられ、16時30分、その終わりまで突き抜けてくれる予感がフロアを満たし始めていた。

  終了15分ほど前に配信枠が閉じたのち、残り僅かな時間の中でCYKが我々に投げたのは『Terry Hunter - Not Gon’ Stop The House』そして『G.U. & Cei-Bei - House Music Will Never Die』。急速に迎え始める日暮れの中、「ハウスを止めるな」「ハウスは死なない」その場に立つ我々だけに繰り返される朗らかで強烈な宣言とともに、痛快なセレクトで駆け抜けた2時間半は幕を下ろした。

  ハウスを止めるな、ハウスは死なない ーー きっと大丈夫だと思う。彼らに向けられた万雷の拍手は、彼らに向けられた信託が満たされた証左にほかならない。あらゆる種の聴衆が差し出す手を握り返し、その深いところに「今日という日を」「少しでも長く」「素晴らしいものにする」シンプルなハウスミュージックの精神性を叩きつけたプレイだったように思う。

  また大袈裟ではなく、彼らに再び預けられた「次も良い日を」という期待は、恐らく彼らが投げかけた音楽それ自体にも充てられ、あの場に立っていた人間の大切な音楽の一部としてまさしく「集積」されていくのだろう。


  RDC2021の2日間、勿論全日通して極上の体験が目の前にあり、常時走り回っていたけれど(haruka, Gonno & People in fog, DJ Koco, Licaxxx, Frankie $ & Elli Arakawa, 食品まつり, Traks Boys, DJ NOBU……たまげたな!)、中でも殊更素晴らしい経験と、そもそも訪れるきっかけをくれたCYKに感謝を。


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※トラック名はヤマ勘のため、打率2割程度と認識してください
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