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#ちょっとおめでたい話

#書いてつながろう

外出自粛でなかなか外に出られず、たくさんの暗い情報で頭がいっぱいいっぱい。

こんな状況だけど、みんなで「書く」ことでつながったり、楽しい習慣になったらいいな。

そんな企画に賛同したメンバーで、毎週テーマに沿って投稿しています。
参加したい方がいましたらコメント欄にてご連絡ください。

今週のテーマは「 #ちょっとおめでたい話 」です。

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僕はものすごくこの手の話に乏しい。思い返せるのはひとつ。編集にちょっと関わった本が大手の出版社から出版された。

1年半ほど前の、無職の時期に友人のM子から「友人が本を書いて出版したいらしいので編集して欲しい」と依頼があったのだ。しかし当時就職活動にもウンザリしており金もない上に「友達だしタダでやってくれるよね?」というノリだった。当然やる気もないが友達だから仕方がない。仕方がないと思って引き受けたら、A4コピー用紙にして辞書ほどの厚さの原稿が送られてきた。

M子というのは4年ほど前に世界一周旅行に出た元バックパッカーで、今は関西のどこかにいる。やはりその友人が書いたという本も世界一周旅行の内容のようだった。

文法の拙さや基本的な日本語もできていなかったため、その指摘に赤字を入れることに必死で中身が全然頭に入らなかった。ちょうど就活も何かと忙しい時期に入ったので3分の1ほどを血のように真っ赤に染めて「悪いけどこれ以上は難しい」と言葉を添えて返した。

それが出版されることになったと最近になって連絡があり、タイトルやあらすじを読んだが、やはり内容を覚えていないどころか、そこで初めてあらすじを知った。

◆  ◆  ◆

そんなちょっとおめでたい話をくれたM子こそ、ちょっとおめでたい人であった。

僕の20代は、ものすごく金がなかった。バイト並の給料の上に金銭管理能力がものすごく甘く、ほとんどは酒と煙草に消えた。幸い僕の住んでいた古いビルの1階部分は古くからある市場だったので、米さえ炊けば300円で山盛りの惣菜が買えたし、もっと金がない時は八百屋から余った野菜を激安で買っていた。悪くなりかけたセロリ1株(「1株」を見たことがある人は少ないだろうけど、スーパーで見るセロリが30本ぐらい付いている巨大なモンスターである)を1週間かけて食った。1週間セロリを食い続けるとゲップはおろか吐く息やオナラまで常に自分がセロリの香りがする。たぶん経験者しか知らないことであろう。

そんな矢先に出会ったM子はさして人生に目標もないまま25歳になり、高卒から7年で貯金が200万円に達したので世界一周に行きたいと夢見ている女の子だった。

出会ってすぐに、僕は取材で知り合った医大生のK君を紹介した。K君は現役医大生ながらこれからゲストハウスをはじめるという男で、休学してバックパッカーになったことのある男だった。ちょうどゲストハウスのオープニングイベントを開催するという話だったので、僕はM子と共に参加した。「誰でも行ける世界一周」と題したイベントだった。

この日のメインゲストとして登壇したK君の同期生はバックパッカーとしての経験もあるが、とんでもない金持ちの開業医の息子だった。「誰でも行ける」と題したクセに話すことと言えば観光シーズン真っ只中のクリスマスのニューヨークがどんなに良いところであったか、ということと、その費用総額約100万円をどうやって親に出してもらったかということだった。僕は途中からコイツがスネオにしか見えなかった。「悪いなあのび太、このイベント金持ちしか参加できないんだ」。

最後に質疑応答コーナーが設けられて、わざわざ名指しされた僕は

「僕のような人間がNYに行けるのは車のローンも大学の奨学金も払い終える10年後か20年後になりそうですね。でもNYに行ったら日本よりももっと激しいというアメリカの経済格差をこの目で学びたいですね、今以上に」

と、皮肉のつもりで言ったのだが、誰も皮肉だと思っていないのか拍手が起きた。皆ニコニコしている。M子もアホみたいにニコニコしている。僕自身は無宗教だが、宗教団体ってこんな感じなのだろうと思った。

解散前に集合写真を撮ったのだが、腸が煮えくり返るほどの怒りで列の最後尾に並んだ。黒いTシャツを着ていたせいで僕だけ顔が宙に浮かび心霊写真のようになっていた。

後日Facebookでスネ夫から友達申請が来たのでタイムラインを見てみた。その日の感想と共に「時間がなくて喋れなかったけど親に教材を買うと嘘をついて30万円貰ったことやフィリピンで職質してきた警察に面倒くさいので1万円渡したら拝まれた。そんなエピソードを話したかった」と書いてあった。将来こんな男に診察や手術をされると思ったら尚更腹が立った。僕は友達申請の「拒否する」のボタンを高橋名人並の1秒間16連打で拒否した。

◆  ◆  ◆

M子もM子で僕の怒りには何も気づいていなかったのか後日「そんなにひどい話だった?」と言うのである。そもそも彼女はニューヨークがどこにあるかも知らなかったし、ドイツは未だにヒトラーが支配していると思い込んでいた。要するにものすごく世間知らずのアホで英語も喋れなかった。にも関わらず、1年後には飛び出していった。つまりは彼女こそ「ちょっとおめでたい人」だったのである。

僕のように金がないやら、世界情勢が何やら、英語が何やら、とできない語っている人間には到底できない世界一周を、経済力も語学力があるわけでも無しにやってのけたのである。彼女が必死で働いてきた200万円であのスネ夫よりずっと多くを学んできたと信じたい。皮肉に使う「おめでたい人」だけど、そうでなければできない行動もあるのだ。出版された本もきっと、ちょっとおめでたいM子の力で実現できたのであろうと思う。

何だかまとまりのない話だけど、ちょっとおめでたい女からの「 #ちょっとおめでたい話 」でした。

思い出しながら書いていたらさらに腹が立ったので、将来医者にはかかるまいと誓う。もちろん、コロナも含めて。

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