ベストセラー『キレイはこれでつくれます』の影響をPOSデータで確認してわかったこと
公益財団法人流通経済研究所
主任研究員 鈴木雄高
本が好き、むしろ、書店が好き
私は、物心がついた頃から、本を読むことが好きでした。というより、むしろ、書店に行くことが好きでした。
※日本一小さな書店「kamebooks」について綴った記事はこちら。
書店では、人の目に触れやすい入口付近などに、ベストセラー商品を陳列していることが多く、そこに、国内外の小説、ビジネス書、自己啓発本、教養本、絵本、写真集、著名人の自伝など、「今、この店で売れている」ということくらいしか共通項を持たないような多様な本がジャンル横断で並んでいる様に、混沌(カオス)を感じながらも、その時、人々が興味を持っている対象(無料で手に入る情報が増加する中、お金を払ってでも手に入れたいもの)、いわば「時代の欲望」を知ることができるので、ベストセラー・コーナーを見るのは好きです。
注目の一冊『キレイはこれでつくれます』
そんな、足しげく書店に通っている私が、今、注目している本があります。今年4月に発売されて以来、盛夏を越え、晩夏を迎えてもなお、ベストセラーに名を連ねており、多くの書店で表紙が見えるように陳列されている一冊、それが、MEGUMIさん著『キレイはこれでつくれます』です。
表紙はMEGUMIさんの顔写真のアップで、インパクト十分。帯には、
という、パンチの効いた言葉が躍っています。
本書は、CHAPTER1からCHAPTER5で構成されており、各CHAPTERは、順に、
運命を変えるスキンケア face
自分史上最高メイク make up
記憶に残す女のカラダ body
心を奪う美人のサラ髪 hair
心とカラダをととのえる mental
と題されています。この中で、私が注目したのは、CHAPTER1の第2節でした。
続けるなら「ルルルン」一択!
「ルンルン?何だろう。『花の子ルンルン』かな?」と思ったのですが、そうではありませんでした。
「ルルルン」とは何か
少し調べると、次のようなことがわかりました。
「ルルルン」は、Dr.ルルルン株式会社のフェイスマスク、いわゆるパックのシリーズで、ルルルンプレシャス、ルルルンピュア、ルルルンover45 など、ユーザーの年齢に応じて様々な商品ラインナップがあります。Dr.ルルルン株式会社は、以前は株式会社グライド・エンタープライズという名称でしたが、昨年(2022年)12月に社名を変更していることから、「ルルルン」は、企業名にするほど重要な、そして、社を象徴するブランドだと考えられます。
売れ続けている美容本に、「一択!」とまで書かれている「ルルルン」は、実際に消費者に支持されているのでしょうか? ベストセラーの書籍で推薦されたことで、商品が売れるようになったのか、因果関係を正確に知ることは難しいですが、本書の発売前後で「ルルルン」の販売実績がどのように推移しているかをチェックすることはできます(本書の発売前よりも発売後に「ルルルン」の売上が顕著に増加していれば、MEGUMIさんの著作が「ルルルン」の売上に影響を及ぼしている可能性がありそうですよね)。
市場POSデータで「ルルルン」の売上の推移を見てみよう
というわけで、流通経済研究所がサービス提供している市場POSデータである「流研POS」を使って、「ルルルン」の売上が、どのように推移しているかを確認してみます。
と、書きましたが、本稿のトップに掲載されているグラフが、ドラッグストアの市場POSデータで確認した「パック(全体)」(ルルルンを含むカテゴリー全体)と、「Dr.ルルルン」(Dr.ルルルン社のパック製品の合計)の各月の金額PI※んについて、前年同月比を見たものです。
※「金額PI」とは、「来店客1,000人当たりの売上金額」のこと。PI値にすることで、店舗の集客力の差により生じる売上金額の大小を打ち消しています。金額や点数をPI値にすることは、POSデータ分析時によく行われる処理です。
改めて同じグラフを見てみましょう。
MEGUMIさんの著作が発売されたのは2023年4月でした。5月以降の各月において、「パック(全体)」と「Dr.ルルルン」の、いずれについても、ドラッグストアの金額PIは、前年同月を上回っている(100を超えている)ことがわかります。しかも、月を重ねるごとに前年を基準とした増加率は大きくなっています。
2023年7月の「パック(全体)」の金額PIは前年同月比が121.1です。これは、前年を基準とすると、金額PIが21.1%増加したことを表します。パックというカテゴリー全体の売上が、これだけ大きく伸長しているのはなぜでしょうか。
今年の5月に新型コロナウイルス感染症の5類感染症移行があり、人々が昨年までとくらべて外出する機会が増えていることから、スキンケアに注力する人も多くなっており、それを受けて、ドラッグストアにおけるパックの売上が増加している――これは仮説にすぎませんが、市場POSデータで月別の金額PI(前年同月比)の推移を見ることで、仮説を立てやすくなります。小売業の方はもちろん、メーカー、卸売業の方にも、市場POSデータをご活用いただき、データに基づく仮説を立て、マーケティングやプロモーションの企画立案につなげていただきたいと思っています。
グラフに戻りましょう。2023年7月の「Dr.ルルルン」の金額PIは前年同月比が174.1です。金額PIは前年7月から74.1%も増加しています。断言はできませんが、『キレイはこれでつくれます』で「一択」と推されたことで、「ルルルン」の各商品がドラッグストアで前にも増して売れるようになったものと思われます。それにしても、「ルルルン」の売上増加率には驚かされます。
市場POSデータの活用について
以上が、ドラッグストアの市場POSデータで、カテゴリー全体と、ルルルンのシリーズの売上の推移を確認した結果です。
もし、ドラッグストアA社が、自社のPOSデータを用いて「パック(全体)」や「Dr.ルルルン」の金額PI(前年同月比)を算出し、市場POSデータを上回っているのであれば(例えば「パック(全体)」の7月の金額PIの前年同月比が130.0である、「Dr.ルルルン」の7月の金額PIの前年同月比が200.0である等)、市場よりも更にA社の店舗ではこれらのカテゴリー、ブランドが売れていることを意味します。逆(市場を下回っていた場合)も、また然りです。
このように、ある小売企業の売上を、市場――競合企業の総体と概ね同じ意味と考えて良いでしょう――と比べる際に、市場POSデータを活用できます。小売企業が自社のPOSデータを見て、このカテゴリーは対前年比10%の増加だ、と確認したとしても、そもそも市場では当該カテゴリーが10%を超えて成長していたら、この企業は市場に対してこのカテゴリーを「売り負けている」ということになります。自社のPOSデータを見て、前年割れ(対前年比100未満)だったとしても、市場POSデータではそれを下回る減少率であれば、自社も不調だったが、不況だった市場全体と比べれば健闘した方である、と解釈することもできます。
市場POSデータは、本稿のように、これ単体でもカテゴリーやブランドなど、様々な粒度で商品の売上を分析することができ、また、そこから仮説を導くことができます。これと、小売企業のPOSデータを付け合わせて比較することで、小売企業は市場ギャップ分析を行えるわけです。既に市場POSデータを活用している小売企業もありますが、未導入企業も少なくないと思います。興味をお持ちの小売業の方(それ以外の企業の方も歓迎です)は、お気軽にお問い合わせください。
(備考1)「流研POS」について
流通経済研究所が提供している市場POSデータ「流研POS」(収集した複数チェーンのPOSデータを合算したもの)を用いることで、カテゴリー単位や、メーカー単位、特定のブランド(シリーズ)、単品レベルまで、様々な条件で小売店舗における販売実績を確認することができます。本稿では、JICFS細分類「パック」とメーカー「Dr.ルルルン」のパックの製品群を着目した集計を行いました。
なお、「流研POS」は、スーパーマーケット600店舗強のPOSデータを集計したものですが、本稿では確認したい商品カテゴリーがパックだったため、主要な販売チャネルであるドラッグストアのPOSデータを使用している点にご注意ください。
(備考2)POSデータの活用スキルを高めたい方へ~講座と検定~
流通経済研究所では、「POSデータ分析・活用基礎講座」を開講しています。この講座は、オンデマンドで受講することができ、見様見まねや自己流から脱却し、効果的な分析を短時間で行うスキルを習得することを目的としています。
POSデータ分析・活用基礎講座
また、POSデータの特性を理解し、POSデータを適切にかつ効果的に分析・活用するために必要な知識とスキルがあること証明すること、また、そのための学びの動機付けとして 「POSデータ活用検定(POS検!)」を創設しました。
POSデータ活用検定(POS検!)