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大人の「現代文」80……『こころ』衝撃的なKの告白

 

その時の先生の心情


『こころ』の文章を全部教科書に載せるわけにはいきませんから、大体は、「下 先生と遺書」の三十六あたりから採られています。皆さんも思い出されるのではないでしょうか。Kが先生に、お嬢さんへの切ない恋の気持ちを告白するところです。引用しましょう。

    彼の口元をちょっと眺めたとき、私はまた何か出てくるなとすぐ感
    づいたのですが、それがはたしてなんの準備なのか、私の予覚はま
    るでなかったのです。だから驚いたのです。彼の重々しい口から、
    彼のお嬢さんに対する切ない恋を打ち明けられたときの私を想像し
    みてください。私は彼の魔法棒に一度に化石されたようなもので
    す。口をもぐもぐさせるはたらきさえ、私にはなくなってしまった
    のです。(第一学習社 現代文教科書 以下 同)

 先生の驚愕の有様が、手に取るようにわかります。

    私は一瞬間の後に、また人間らしい気分を取り戻しました。そうし
    て、すぐしまったと思いました。先を越されたなと思いました。
 
    Kはその間いつもの通り重い口を切っては、ぽつりぽつりと自分の
    こころを打ち明けてゆきます。私は苦しくってたまりませんでし
    た。

    私の心は半分その自白を聞いていながら、半分どうしようどうしよ
    うという念にたえずかき乱されていましたから、細かい点になると
    ほとんど耳へ入らないと同様でしたが、それでも彼の口に出す言葉
    の調子だけは強く胸に響きました。そのため私は前言った苦痛ばか
    りではなく、時には一種の恐ろしさを感ずるようになったのです。
    つまり相手は自分より強いのだという恐怖の念がきざし始めたので
    す。

 先生が、Kの告白を聞いて、驚愕し、先を越されたと思い、苦痛から、恐怖と展開していく様子が描かれます。Kの話を終了したときの心理はこうです。

    Kの話がひととおり済んだとき、私はなんとも言うことができませ
    んでした。こっちも彼の前に同じ意味の自白をしたものだろうか、
    それとも打ち明けずにいるほうが得策だろうか、私はそんな利害を
    考えて黙っていたのではありません。ただ何事も言えなかったので
    す。また、言う気にもならなかったのです。

 上の引用は、心理のポイントだけですが、さすが漱石の描写力は凄いもので、的確に先生の内面が活写されます。で、そのすごさばかりが目立つから気づきにくいのですが、これあくまでお互いに絶対的な信頼を持つ親友関係だからこその、心情と思いませんか?
 同じお嬢さんへの恋としても、もしKが親友ではなく、「普通の友人」だったらこういう心情展開になるでしょうか?

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