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大人の「現代文」66……『こころ』下二の倫理について

卑怯と倫理


では「下 先生と遺書の二」を検討します。以後これは単に、「下二」と書きます。合わせて、言うまでもないのですが、私が書くことは、あくまで私が授業の中で、生徒と有形・無形の対話を重ねるなかでたどりついた結論であって、換言すると、この作品をどう理解したとき、生徒は深く納得した表情を浮かべたか、という私の経験値の報告だということも、言っておきます。私は、それが、文学作品の理解というものだと思っています。

 ところで、前回65の結論を再掲します。こうでした。

 『こころ』のテーマは「人はどんな『卑怯』な振る舞いをしたとき、その行為の後、死にたくなるほどの、自分は世界の中にひとりぼっち感覚に煩悶するのか」という「罪と罰」の話になるということです。すなわち「」は卑怯な振る舞い、「」は絶孤独の煩悶です。

 で「下二」のポイントは、すでに56でご紹介しましたがこれです。再掲します。先生の青年への告白です。

  「私は何千万といる日本人のうちで、ただあなただけに、私の過去を物
  語りたいのです。あなたは真面目だから。あなたは真面目に人生そのも  
  のから生きた教訓を得たい
と云ったから。
   私は暗い人世の影を遠慮なくあなたの頭の上に投げかけてあげます。
  しかし恐れてはいけません。暗いものをじっと見詰めて、その中からあ 
  なたの参考になるものをお攫みなさい
   私の暗いというのは、固より倫理的に暗いのです。私は倫理的に生れ
  た男です。また、倫理的に育てられた男です。その倫理上の考えは、今 
  の若い人とだいぶ違ったところがあるかも知れません。しかしどう間違
  っても、私自身のものです。間に合せに借りた損料着ではありません
  だからこれから発達しようというあなたには幾分か参考になるだろうと
  思うのです。 (ちくま文庫より引用 二〇二二年七月)

 つまり先生は、何千万の日本人の中から、真面目に人生から生きた教訓を求める真面目なあなただけに、生きた教訓を与えたいわけですが、
 その教訓とは、

 人はどんな『卑怯』な振る舞いをしたとき、その行為の後、死にたくなるほどの、自分は世界の中にひとりぼっち感覚に煩悶するのか

 という「暗い倫理的な教訓」だというわけです。

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