15.初めての就職① 迷惑をかけないの力

 専門学校・S校を卒業後、リラクゼーションサロンを運営する会社へ就職し、店舗スタッフとして勤務した。

 学校の実技の授業のなかで、スポーツマッサージに触れる機会があり、そのときに「うまいやん」「気持ちええわぁ」と、クラスメイトからそういう評価を得たことで、向いてるのかも、と思うようになった。

 そもそも“人に迷惑をかけない”そうやって生きている俺には夢や目標などなく、特に当時は学校や就職に対する熱意がまったくと言っていい程なかった。とりあえず、卒業と就職さえできればそれでよかった。そんな中、マッサージを褒められたことで、少々のやりがいを見いだした。担任に、学校にある求人からそういった関係の求人を紹介してもらい就職するに至った。その会社を選んだ理由は、見学会に参加したときに対応してくれた人事の方がめっちゃいい人そうだったこと、うちの学校の卒業生が多かったこと、就活がめんどくさいからさっさと決めたかったこと。特に3つ目だ。


“人に迷惑をかけない”
 仕事でもそれは変わらない。むしろ、より一層高まった。入社当初、専門学校S校の入学当初と同じように、俺は大人しかった。(別項【上阪での失敗】参照)
 私語は話かけられたときに応じる程度で、自分から話すことはほとんどない。只々、その時々の場の空気に合わせながら、言われたことを純粋に聞き入れながら取り組んだ。そういった姿勢や態度は『真面目』と評価されるのかもしれないが、俺にとっては、それが迷惑をかけない方法としていちばん無難だと思っていただけ。なるべく、邪魔にならないように、負担にならないように、迷惑かけないよう心がけた。
 俺は“ミスをして迷惑をかけてしまうこと”の怖さを知っている。ミスをしないように、迷惑をかけないように、必死に取り組んだ。その緊張感は入社当初のみならず、年数を重ねてもずっと俺の心に居続けた。
 それでもミスはある。たくさんミスをして、たくさんしっせきされ、たくさん頭を下げた。ミスをして迷惑をかけてしまったときは、本当に申し訳ない気持ちになり、消えてしまいたいと思うぐらい俺は落ちこむし引きずる。だから、ミスをする度に同じミスをしないよう懸命に取り組んだ。迷惑をかけないために――。

 俺に向上心や出世欲はなかった。迷惑をかけたくないという一心。しかし、それは向上心と同じくらい、場合によってはそれ以上に成長を促すものなのかもしれない。

 俺が就職した年から、2ヶ月に1度、会社内で検定が開催されるようになった。それは会社のマネージャー陣に接客と施術をして点数化されるというものだった。合格すると、会社内で表彰され、もちろん公表もされる。名札にそのあかしのバッジがつき、お客さんにも認識されるようになっている。そして、ちょっとした歩合ぶあいもついた。
 向上心や金銭欲のある従業員たちにとっては、魅力的なものではあった。しかし、俺は興味がなかった。なぜなら、俺には向上心がない。迷惑をかけなければそれでいい。それ以上のものを求めていない。ただ、お客さんが喜んでくれたり、満足してくれている様子を見るのは嬉しくて、そこへのやりがいはあった。なにより、不快に思われずに済んだこと、あるいは迷惑をかけずに済んだことへのあん感。
 検定などはどうでもよく、迷惑をかけないことと、お客さんに満足してもらえたならそれでいい。

 ――入社してからおよそ半年後、俺を店舗を異動した。
 異動先の店長は、その検定の第1回目に合格した人だった。そんな店長に、研修として施術をする機会が何度かあった。俺は異動してきたばかりだったが、店長は俺に「検定受けるべき」「いけると思うわ」検定を受けることをゴリ押ししてきた。
 うわ、だるっ……。内心そう思いながら「いや、いいです」と渋る俺。なおも「いや、受けましょ! ちょうどこの店の定休日に検定あるから」と店長は引き下がらなかった。
 まじか、なんで定休日やねん、だるっ……。そう思いながらも「分かりました……」と渋々了承した。

 俺が受ける検定は、開催されて第3回目だった。第1回目の合格者は2人だけでその1人はうちの店長。第2回目は合格者0だった。合格者2人は勤務歴2〜4年以上で、入れ替わりが激しいうちの会社でいうとベテランに近い人たちだった。
 うちの会社は、店舗が全国に10店舗近くあったため、従業員もそれなりにいる。検定を受けるかどうかは、基本的に自主性なのでみんなが受けているわけではないが、それでも2人しか合格していない事実。
 ――俺が合格するわけねぇ。

 検定当日。受検者は10人もいなかった。
 俺は「興味がない」「受かるわけがない」「休日まで奪われて」そんな投げやりな気持ちで会場へ足を運んだが、いざ検定が始まるとちょっと緊張した。結局のところ真面目にやった。

 ――後日、結果が届いた。

 『合格』

「は? うそやろ?」
 そんな俺が合格した。合格したのは俺を含め2人だけ。
 入社1年目、入社して約半年で合格するという快挙を成し遂げてしまった。
 異動する前の店舗で、俺が新人の頃に一緒に働いていたベテランのバイトスタッフに会ったとき「なんで受かってんの」と驚かれた。「ぼくも意味分からんっす」と苦笑いで返した。
 普通なら喜んで、なんなら調子に乗ってもいいぐらいのことかもしれないが、俺にとっては余計なものでしかなかった。変にハードルを上げられたり、責任を負うのは勘弁。俺にとっては不必要な負担。迷惑かけなければいい、それだけでいいのに。


 会社は、特に店舗勤務の社員の入れ替わりが激しかった。 
 辞める人も多いせいで、店舗間の人事の異動も頻回にあった。入職して5ヶ月後の9月には、俺が居た店舗の社員は、俺と店長の2人だけになった。あとはみんなバイトスタッフ。社員が2人だけになったことで、店長が休みの日は、俺が店舗責任者として店に立つことになった。責任者デビューのときは緊張してテンパりながら店を回しへいしたが、なんたかんだでちゃんとできた。
 その後も、店舗責任者として一心不乱に取り組んでいるうちに、わりとちゃんとこなせるようになった。それを把握した会社のマネージャーから、他の店舗の店長が休みの日に、その店舗の責任者代行として立つよう指令を受けるようになった。
 馴染みのないスタッフたち、店舗によって違うレジ機、書類や文房具などの備品の場所、閉め作業の仕方、知らない常連さんの圧力……。慣れない店舗でのそんなこんなにテンパりながら必死こいた。スタッフたちの協力も得ながら多少のミスはあったものの、なんだかんだ大きなミスはほとんどなく、なんとかこなした。

 そんな俺の様子を知って調子をよくしたマネージャーは、責任者代行として複数の店舗へのヘルプを度々指示してくるようになった。「またですかぁ?」と俺はよくなげいた。するとマネージャーは「あんたは要領いいから」「あんたはなんでもこなすから」と決まっておだててくる。
 ――特別要領がいいわけじゃない。あんたらがやらせるからやってるだけや!!やらなしゃーないからできるようになっただけ!!こっちは必死や!! 俺は心の中で訴えた。
 そう言っとけば「はいはい」言うこと聞くと思いやがって。まぁ「はいはい」言うこと聞くけど。迷惑かけたくないし。


“人に迷惑をかけない”
 それは自分でも気づかないうちに成長を促していたのかもしれない。自分自身が、他の人より特別優れてるとか、要領がいいとか、そんなふうには思わないけど、周りから良いように評価をしてもらえることはありがたいし、嬉しさもある

“人に迷惑をかけない”
 俺はそれまでの生き方と同様に、『自分の役割』や『自分の立場』を全うしようとしたに過ぎない。言われたことを受け入れ、文句もほとんど言わない、そんでもってわりとちゃんとこなす、会社からすればこれほど都合の良いやつはいないだろう。

 ――俺ってなんなんだろう


エッセイ

  作成中。毎週更新します。

〈目次〉
1.俺のプロローグ 〜迷惑をかけない〜
2.迷惑をかけないは迷惑をかけた
3.俺はそんなヤツじゃない①
4.部活の話 〜俺はキャプテン向いてない〜
5.上阪での失敗
6.今の自分は好きですか?
7.砕け散った好奇心
8.もしも俺が魚だったら
9.普通名詞の関係
10.何が迷惑になるか分からないから
11.初めての本気土下座
12.青鬼になろう
13.俺はそんなヤツじゃない②
14.教師にしばかれた話
15.初めての就職①  迷惑をかけないの力
16.初めての就職②  仕事を辞めれない俺が
                               店長になった
17.初めての就職③  スタッフからの手紙
18.初めての就職④  俺って
19.部活の話 〜悪い魔法使い〜
20.人類にラッコの本能を
21.失敗は成功の素(チャラ男風味)



 毎週更新していきます。

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