2020/06/12

起きた。今朝は冷やし鮭茶漬け。蒸し暑くなってくるとよくやる。あまり食欲がないときでもしっかりカロリーを取れるので重宝している。雨が降ったり降らなかったりしている。そろそろ梅雨の様相だ。晴耕雨読という。自分にとって晴耕が何にあたるかはよくわかっていない。頭を耕しているという意味で数学かもしれない。雨読の方は、文字通りで、雨の日に本を読むということはよくある。

昨日の話題から引き続いて、ちょっとまたゲームに惹かれつつある。自分はかつてゲーム開発者であったという側面がある。大学を卒業後(当時は数学科に戻る覚悟がなかったので)、残りの人生は好きに生きようという、今思えば甘ったれた動機から、受託開発のプログラミング会社を作って日銭を稼ぎつつ、少人数開発のゲームをつくるという生活を5年ばかりやっていた。

結局、5年経ったところでゲームの一本も完成にたどり着けなかった(80%まで行ってたのだが……)ので、もう受託開発一本で稼いで行こうぜ派と、そもそもゲーム開発やりたくて会社やってるんじゃなかったっけ派に、社内で分裂してしまった。と言いつつ後者の派閥が僕一人だったので、じゃあ会社畳みましょうということになってしまった。苦い思い出である。

会社の預金残高から解散費用を除いた全てを、受託開発派の方々にお渡しし、代わりに自分はゲームまわりの権利を引き継いだ。受託開発で稼いで行こう派の方々は、間も無くそれを元手に自分たちで別の会社を起こしたらしい。特に連絡などはとってないが、風の噂では健勝でやっているようである。この件には僕にも複雑な気持ちがあり、それ以上のコメントがうまく出てこない。したがって口をつぐむことにする。

それからさらに10年、Twitterであった様々な人たちの交流に救われてきた。「救われてきた」以上の言葉が見つからない。自暴自棄になった時期もあった。だが、その苦しさの何十倍もの様々ないいことを、受け取ってきた。だからこそ、自分を立て直し、もう一度、できることからやっていこうというスタンスにまで戻れたのだ。

これも本当のことなのだ。開発開始から15年経って未だ完成しない幻のゲーム『クォータニオン』のタイトルを、いまだにbioに入れて「応援しています」と言っている人がいるのだ。いくらなんぼでも15年はないやろ、と思っても、日銭を稼ぎながら少人数で開発していた初期が5年、無一文から再開しバイトしながら自分1人でコツコツ開発を進めていた中期が5年、なぜか僕が数学科の大学院に入って研究を始めることとしたため開発を保留(pending)している末期が5年で、合計15年である。体感では一瞬だった。

驚くべきことに、何年かに一度は広大なネットの海からこの開発者のフグを見つけ出して、「あのゲームどうなりましたか?」と尋ねてくださる方もいる。未完成ながらも誰かの記憶に残るものを、人生の一時期を投じて作ることができたのだ、という感慨は、他のいかなるものとも比較ができない。

こういうものをお願いして作っていただくくらいには、自分の心の奥に創作の火が灯っている。僕はいつ立ち上がるのだろうか。軽々と申し上げられない。そのときの気分で、期待を煽るようなことを口走って、失望させたくない。それでも、とも思っている。


さて、皆さんにお願いがあります。

もし、あなたが今日のこのnoteを読んで、僕に何か声をかけてもいいよという、余裕がありましたら、noteのコメント欄、TwitterのリプライまたはDM、どのような手段でも良いので、お聞かせください。古くからのお知り合いの方でも、まったくの初めての方でも、構いません。

この件については、開始からあまりにも長い時間が経ちすぎていて、自分一人の考えではどうしても同じところを堂々巡りしてしまうのです。あらためて新鮮な声をお聞きしたいと思っています。あいまいなお願いとなってしまい申し訳ありません。

自分のことは最後は自分で決めます。それゆえお気軽にお声がけください。
どうかよろしくお願いいたします。


(日々の習慣については本日に限り省略します)
(2020/06/13 へ続く)

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