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橘玲さん,"バカと無知ー人間,この不都合な生きもの"

"上方比較は損失,下方比較は報酬"。自分よりイケてる人の生活はイラつくし,自分より不幸な人を見ると優越感に浸れる→だれも言わないけどある意味真理です。

近年の脳科学では、「(自分より下位の者と比べる)下方比較」では報酬を感じる脳の部位が、「(上位の者と比べる)上方比較」では損失を感じる脳の部位が活性化することがわかった。脳にとっては、「劣った者」は報酬で、「優れた者」は損失なのだ。

引用元:橘玲著「バカと無知ー人間,この不都合な生きもの」より

そうですね。誰も口に出して言うことはないけど,人が自分よりも幸せな人生を送っていると感じるときは,「損失」か「報酬」で言えば間違いなく損失だし,芸能ニュースで誰に迷惑をかけたのかよくわからないことで謝っている人って「こんなの見てるやつ悪趣味だなー」と思いつつ,見入ってしまいます(つまり報酬なんだろう)。
橘玲さんの「バカと無知ー人間,この不都合な生きもの」はこんな仕分けからスタートします。

"バカは自分がバカであることに気づいていない"。自分に投げかけられているみたい。

バカは自分がバカであることに気づいていない。この一文を見てハッとしました。「自分は自分のこと「バカ」だとは思っていないけど,それってつまり?」という。。。この本をそういった感情の揺さぶりがない状態で読み切れる人が果たしてどのくらいいるのだろうか。
"知らないことを知らないという二重の呪い"。低層は知らないことを知らないので,自己過大評価をする傾向があり,上層は「正義の名の下,自分より低層にとって報酬となる「転落」を避けるために自分の能力を低く見積もる(または低く見積もることでカモフラージュをしているとも取れる)傾向があるそうです。
民主主義は平等なように見えて,実は「そう見せているだけ」なのかもしれないですね。知らないことを知らない人が主張することって,本当に世の中がよりよくなるために必要な意見なのかどうか。これ以上「言ってはいけない」と橘玲さんは作中何度かおっしゃっていますが,とても考えさせられるフレーズでした。

"自尊心"が高いと幸せになれる→じゃあ,自尊心を高めよう。は成り立たない?

「自尊心が高いとなにもかもうまくいく」「自尊心が低いとなにをやってもうまくいかない」という〝常識〟にはエビデンスがない。

引用元:橘玲著「バカと無知ー人間,この不都合な生きもの」より

自尊心が高いと幸せに感じる,低いと幸せを感じにくいということは真実のようですが,じゃあ自尊心を高めることでみんなが幸せになれるのか?という問いに対して,橘玲さんは「因果関係が逆かもしれない。つまり自尊心が高く保てる人が幸せを感じやすくて,その逆の人は幸せを感じにくい。」とおっしゃっています。自尊心は高められるものではなくて,「個性」であると。(自尊心を高く保てない人は幸せではないのか?という問いに対して,「自称自尊心が低い人も他人から見れば幸せに写っていることもある」ということもおっしゃっていますので,自尊心が低い人も安心してください。)

善意という名の"マウンティング"

相手にマウントすると「自己肯定感」が高まってよい気分になり、逆にマウントされると、脳内に大音量で警報が鳴り響く。たとえそれが、「善意」の名の下に行なわれたものであっても。

引用元:橘玲著「バカと無知ー人間,この不都合な生きもの」より

相手のことを思いやるとか,相手の立場に立って考えるとか,すべての「善意」がマウントポジション確立のためにやっていることだとはないと思うが,「自己肯定感が高まっているな」と感じることはたしかなので,ということはやっぱり善意ってマウンティング要素あるなと感じました。


"すべての記憶は「偽物」である"

アメリカで幼少期のころの記憶が蘇り,性的な虐待の被害を受けたという証言が相次ぎ,次々と親が逮捕されてしまった。ということが1980年代に大量に起きたそうです。この理不尽な状況に疑問をいだいた人は多くいて,異論を唱える学生が,自分の弟(当時14歳)に幼少期のころの日記を書かせて,その中に全くの事実ではない内容,「ショッピングセンターで迷子になったという話」を紛れ込ませたそうです。その結果,

すると弟は、早くも1日目の日記で「親切なおじさん」を思い出し、数週間後には、そのおじさんが青いフランネルのシャツを着ていたことや、頭がすこし禿げて眼鏡をかけていたことなど、細部を説明するまでになった。

引用元:橘玲著「バカと無知ー人間,この不都合な生きもの」より

これで,冤罪で捉えられていた多くの親が釈放され,(その後,その親が子どもに対して訴えを起こす,ということも頻発したそうです。怖い。)間違いは訂正されたそうです。
脳の中では,ストレージのような機能は無く,シナプスのつながりやすさ,にくさで毎回記憶が作られることによってありもしない記憶が形成されるということでした。

最後に

橘玲さんが「あとがき」で,希望がないわけではない。多くの人が意識して気をつけるようにすれば。とおっしゃっています。本書を手にして,自分がバカで無知な存在であることを自戒と言うかたちで意識できれば,まだまだ捨てたもんじゃないのかもしれません。


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