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わたしは、制作の授業で漫画を勉強したんだけど君は?

 

 「ちょっとこれ買ってくるね」

 ショッピングセンターの中にある本屋さんで、わたしは、発売日を楽しみにしていた少女漫画を持ってレジに向かった。

 「まって!なんで買うの?」

 友だちの絵麻ちゃんが言っていることがわからずに漫画を持ったまま立ち止まっていると、「だって ネットで見れるじゃん。買う必要ある?」と、絵麻ちゃんが続けて言った。

 わたしは、「えっとー」と、言葉がつまり、いろいろな考えが頭にめぐった。けれどうまくまとめられなくて、「やっぱり、きょう買うのやめたっ!」と、言って少女漫画を本棚に戻した。心の中では、(あー!続きが読みたかったのにー!)と思いながら。

(うーん。たしかに。おこづかいは1000円だし、漫画を買わなければお菓子やファンシーグッズだって買える。でもなあ。うーん)

 その日は、絵麻ちゃんの「なんで買うの?」が、頭の中でぐるぐると、うず巻いていた。


 学校のチャイムが鳴る。わたしは、苦手な算数の授業が終わりぐったりしていると、「次は”制作”だね!たのしみ!」と、言っている声が聞こえる。

 

 小学校では、必修科目に”ダンス”が入ったように、数年前から、”制作”の授業が必修科目になった。なんでも手作業ですることが少なくなり、お料理や漫画や音楽などが、”自動で簡単にできる”と子どもが思うようになってしまい物を大事にしない子供が増えてしまったんだって。きちんと手作業でやることによって、モノづくりの大変さと楽しさを学んでほしいことから必修科目になったみたい。


 半年前の”制作”では、音楽を制作した。グループになって、作曲する人、作詞する人、編曲する人、歌手。完成した曲を宣伝する人など役割分担をして一曲の曲ができた。クラスの人気者のイケメン男子・蓮くんは、歌うだけで、テレビで観るアイドルみたいに女子がキャーキャー騒ぎ!(あとで聞いたら蓮くんは、歌が苦手だったらしく、このためにボーカル教室に通ったそう)わたしはね、作詞をしたんだ。制作で教えに来る先生には、素直でやさしい歌詞だねとほめてもらったよ。わたしは、漫画や小説を読むのがすきで何かを作るのもすき。だから制作の授業は、大すきなんだ。


 今日から始まる制作で教えにきたオノヅカ先生が自己紹介をしたあと、「今回から、漫画を制作しますね。漫画は、読んでいるだけだと、おもしろい!や、このキャラかっこいい!とかしか思わないかもしれません。」と、言ったあと、少し間をあけて「でもねあれ意外と大変なんですよ。」と、まゆげをへの字にして苦しそうに言った。「それでも漫画家さんは、読者につらさよりも面白いと思われたくて漫画を描いています。だからどうゆう風に漫画を制作するか知ってもらって、また読んでもらったら、読み方も変わるかもしれませんね」と、穏やかに笑った。

 

 今回の制作の授業は、一人でやってもいいし、コンビやグループでも良い。四コマから長編漫画までなんでもあり。半年の内に終らし、提出すればいいみたい。それをオノヅカ先生が雑誌のようにまとめてくれるらしい。

「今日は、どのような漫画を作るか、一人で作るのか、誰かとやるのか考えて紙に書いてください。相談したい場合は、席の移動しても良いです」

(うーん。どうしよう)

 パパからもらった書きやすい鉛筆を握りながら、提出する紙を見る。

 紙には上から「テーマ」「どんな内容にしたいか」「何人で制作するか?」などが書かれている。

(テーマかあ。)

 わたしが、紙とにらめっこをしていると、友だちの絵麻ちゃんが来た。

「ねえ 愛生ちゃんは、誰と描くか決まってる?」

「んーん。まだ」

「じゃあ あたしと描こうよ!あたしは話を考えるのが得意で、愛生ちゃんは絵が描けるじゃない」

 (それもいいなあと思ったけれど、なんだか自分で全部描いてみたいと思ったりもした)

「わたしまだ迷い中なの。絵麻ちゃん、先に考えていて。もし絵麻ちゃんが他の子と一緒やりたいならそれでもいいから」

「そう?」と、絵麻ちゃんが首をかしげ「わかった!」と、他の席に移動していった。絵麻ちゃんは、お友達がたくさんいる。友だちをたくさん作るのが苦手なわたしとなぜか馬が合ってよく一緒にいるの。

 わたしが、どうしようと、考えていると、授業が終わるチャイムの音がした。

「それじゃあ 書けた人は提出して。まだの人は、来週の制作の授業までに提出すること」と、オノヅカ先生が言い、はじめての漫画の授業が終わった。


 帰りの回が終わり、まっすぐ家に帰ると、宿題より、制作のことが気になる。

 わたしが書きたいこと。それはなんとなくわかっている。けれど書いていいのかなあと思う。

「今日は、火曜日。ママは、夕方には仕事が終るはず」

 ママが用意してくれたおやつ(プリンだった!うれしい)を食べながら、どうやって聞いたらいいかを考えた。


「ただいまー」

 お仕事が終わったママが帰ってきた。

「今日は、残業なくてよかったわあ」

 スーパーで買ってきた食材を冷蔵庫に入れながら、話しかけてくる。

 わたしは「おかえり!おつかれさま~」と言い、テレビを観ながら、聞きたい質問を頭の中で繰り返していた。

「今日、どうだった?学校」

「とくに…。あ!あのね!制作の授業で、漫画を描くことになったよ」

「そう」

「わたしさ パパのこと漫画にしたいんだよね。どうかな?」

「例えば、どんなことを描くの?」

「わたしから見たあのころのパパを描くの」

「そう」ママは、一呼吸置いてから、「ママは、良いと思うよ。」と、小さく笑った。

「いいの?じゃあ描くね!」

 ママとおはなしをして、やる気がさらに上がったわたしは、自分の机に向かって提出する紙に思いついたことを書いていった。

 テーマは、パパのお仕事。書きたいことは、お誕生日がさみしい気持ち。何人で制作するか?わたし一人で。


「今回は、漫画の大まかな流れを勉強します。まず前回テーマを決めましたね。テーマが決まると”プロット”と言って漫画の書きたい内容を簡単に書いていきます」

 といって、オノヅカ先生が黒板に例を書いていく。

「ここでは、童話の桃太郎でどうやるか説明します」

『~テーマ~ 

 桃太郎が鬼退治をする

 ~プロット~ 

 主人公の桃太郎が鬼退治をしに鬼ヶ島というところへ行く→その途中で仲間を集める→鬼ヶ島に着き鬼退治をする』


「これが桃太郎のプロットですね。このように大まかに書いていきます。それからキャラクターを書いていきます」


『主人公、桃太郎 桃から産まれる。鬼に立ち向かえる勇気のある性格』


「そしてキャラクターデザインをしていきます。考えたキャラクターの設定からどんな風にするか考えていきます。桃太郎は、桃から産まれたので、はちまきに桃の絵が描いてあります。勇気のある性格なのでまゆげをきりっとさせました。そしてストーリーを考えます。」


『~ストーリー~

 ①おじいさんとおばあさんが川で桃を拾う

 ➁桃から男の子が生まれる

 ③名前は桃太郎

 ④桃太郎は鬼退治をしに鬼ヶ島へ

 ⑤その途中で仲間を集める(きじ、さる、とり。それぞれ役割がある)

 ⑥鬼ヶ島に着き鬼退治をする』


「それをもとに紙にネームを書いていきます。ネームとは、どのような漫画を描くか設計図みたいなものです。と、言ってもいきなり描くのは難しいので、最初は四コマ漫画から挑戦してみるといいかも。できる人は挑戦してみてくださいね。ネームが終わると下書きです。それから作品の命を吹き込むペン入れです。最後は、消しゴムをかけたり、トーンを貼ったり、髪にベタを塗ったりして完成です。」

ちょっと早口でしたがと、オノヅカ先生が頭をかき、「簡単な説明ですが、漫画の書き方の説明は、これでおしまいです。制作しながら学んでいきましょう。では今日は、プロットからやってみましょう。わからないことがあったらなんでも聞いてください」と、静かにほほ笑んだ。



「どう?制作の授業は?」

 夕ごはん(今日は、ハンバーグだった!)を食べたあと、紅茶を飲みながらママが話しかけてくる。制作で漫画を描いてから数カ月経った。季節は、秋から冬に変わり始めている。

「ちょっと前に登場人物を考えたり、ストーリーやキャラクターデザインを描いたんだよ」

設定が書いてある紙をママに見せた。

『~登場人物~

 主人公 わたし(10歳)ふつうの小学生。

 パパ(40歳)売れない漫画家。やさしい。

 ママ(38歳)てきぱきしていて、男らしい。』

「あはは!パパは、売れない漫画家で、ママは男らしいって!」

 豪快にママが笑った。


『~ストーリー~

 売れない漫画家のパパと貧乏だけど幸せなわたしの家。

 パパはだいすきだけど、ある日だけはキライになる。それは、わたしの誕生日。よりによってなんでクリスマスに誕生日なの?パパは、お仕事が忙しくてわたしの誕生日をお祝いできたことがない。いつもママとふたりで過ごす。わたしは、サンタさんにパパと3人でクリスマスが過ごせるようにお願いをした』

「うん。そうだよねえ。いつも寂しい思いさせてごめんね」

 ママが悲しそうに謝る。

「でも今年は、3人でお祝いできるかも!愛生が描いたことが現実になっちゃうかもね!」

「うん!」

 紅茶は、すっかり冷めてしまったけれど、心の中は、うれしさでぽかぽかした。


 それから、ネームや下書きの授業があり、いつも楽しんで読んでいた漫画は、こんなにいろいろなことをしてできているんだなあとすごいなあと思った。


「今日は、冬休み前の最後の授業ですね。今日はペン入れの前に練習をしてもらいます。今やパソコンのソフトを使ってペン入れをする人も増えているけれど、”Gペン”というペンを使って練習してみましょう」

 そう言うと、オノヅカ先生が、墨汁とGペンを配っていった。

「先生がやるのでみて下さい」

 クラスメイトのみんなは、オノヅカ先生の周りに集まる。下書きをした絵にオノヅカ先生は、ペン入れをしていった。先生の手が軽やかなになめらかに動くのと、ガリガリとペン入れするたびに聞こえる音が合っていなくておもしろかった。

「一見、簡単そうに見えるけれど、キレイな線が描けるのは、修業が大事なんだよ」

 わたしは、おそるおそるペンに墨をつけGペンで線をひいてみた。ぎーぎーと音がなって、よぼよぼの情けない線になった。漫画で見るキレイな線とは全然ちがった。

「たくさん練習すればキレイな線が描けるようになります。今回の授業まるまる使って練習しましょう」

 わたしは、あまりのへんてこな線がくやしくて、何度も何度も練習した。途中、Gペンの練習に飽きた男子がふざけはじめたり、女子はおしゃべりする人たちもいた。

「はいはい。地味の作業でなかなかうまく描けないから、集中力が切れるのもわかります。ですが、土田くんの線が綺麗なのでみて下さい」

 土田くんは、隅っこの席で隠しながら絵を描いている男の子。オノヅカ先生ほどではないけれど、キレイな線が描けていた。

「へー!土田すっげーじゃん!オレのも描いて―」と、男子がわいわいしている。

 わたしも練習すれば描けるかなあと、今日から練習しようと決めた。



(きょうから冬休みかあ)

 わたしの誕生日は、クリスマス。休みの間に誕生日だと、家族と絵麻ちゃんしかお祝いしてくれないのがちょっとさみしい。

 

 パパとママと三人家族だけど、いつもママと二人で誕生日会だった。そしてクリスマスが過ぎ、あと数日で今年が終わるというときに、遅くなったサンタさんが来る。サンタさんは、自分のお仕事が終わったら、その足でプレゼントを買いに行きわたしが寝ているときにプレゼントをくれる。

 

 ママがにこにこしながら、

「今年のケーキは、豪華よ!」と言い、今度はかなしい顔で、

「パパは、夜勤だって。なんでも病欠が出たみたいで。せっかく新しい仕事を始めたのにね」

「しょうがないよ。そういう運命なのかも」

 わたしは、心のなかでは、しょんぼりしながら、でもママが悲しまないように小さく笑った。


「誕生日にごめんねだけど、お仕事行ってくるね。お昼は、チンしてね。」

「行ってらっしゃーい!」

 わたしは、正直、さみしさがあるけれど、だからこそ明るく見送った。

 12月にしては、気温は高く日光が入る部屋にいると気温のちょうどよさにいつにもましてボーとしてしまう。誕生日だししっかりしなきゃ!と制作の漫画をやろうと思った。

 まずは、Gペンの練習。最初に比べて、書きたい線が描けたときがあって。なつかなかった猫が少しなついてくれたような嬉しさを感じる。

「何ごとも続けることが大事なんだなあ」

 と、なんかかっこいいことを言ってみる。

 それからお昼を食べて(わたしのすきなオムライスだった!)、漫画の参考にしようと漫画をたくさん読んだ。

「漫画家ってすごいなあ」

 制作で漫画の書き方を勉強していると、ほんとうにそう思う。よし!わたしもがんばる!とやる気をもらい、またGペンの練習をし始めた。

 夢中でやっていたら、あっという間に時間が過ぎた。

 (あと1時間ぐらいでママ帰ってくる)

 創作をやったり、おやつを食べたら、眠くなってきた。少しだけお昼寝をしよう。

 

 目が覚めると、外は真っ暗になっていた。どうやら夕焼けも見ずにぐっすり寝てしまったみたい。大事な時だけ持たせてもらえるスマホに連絡が入っていた。電話が3件とメールが1通。「愛生ごめんね!もう少し遅くなる!本当にごめん」

 ママから謝りのメールだった。

(誕生日なのに。)

 カーテンを閉めるために窓のそばによると、隣りの人や前のお家は、クリスマスのイルミネーションがちかちかと光っているのがわかった。カーテンからのぞくと、その家たちの部屋の窓には明かりがたくさんついている。暗い部屋だから余計に感じる。

(あーあ。誕生日とクリスマスが一緒でいやだなあ。ケーキは、そんなに食べれないでしょ!と言われていつも一種類しか食べれないし、誕生日やクリスマスでいつもより豪華な夕ごはんも一回きりしかない。パパはいつも忙しくてママとふたりぼっちだし。)

「誕生日なんて大きらい」

 暗い部屋の中、一度涙がぽろりと落ちると、はらはらと何度も落ちてくる。

 (ううん。ケーキは一種類でもいいの。パパとママにふたりにお祝いしてもらいたいだけ)

「パパのばかー!!!なんでいつもいつもきちんとお祝いしてくれないのっ?!」

 ずっと言いたかったことを、はじめて言えた気がした。

  

 そのとき突然、灯りがぱっと点いた。そして「ハッピークリスマス!そしてお誕生日おめでとう!」と、低い声と、クラッカーの音がした。

「パパ…?」

「ごめん!いつもパパいなくて寂しい思いさせて。今年は転職してやっと愛生のお祝いできると思ったら夜勤だなんて」

「そうだよ!いつもいないんだから!あれ?でも夜勤だったんじゃ?」

「ママから連絡きて、いてもたってもいられなくなって、会社の人に説明して土下座してきた。2時間だけいられるよ」

 情けない顔でくしゃくしゃと笑うパパがいる。

「ぷ!パパったら変な髪形!スーツはぐしゃぐしゃだし」

「これは娘のためにがんばった証なのだ。ママも帰ってくるし準備するから」

 というと、パパは、わたしがおやつ食べたり、制作でGペンの練習をしていた机を片そうとすると、

「あー。制作の授業で漫画をやるって言ってたね」と、すこしさみしそうな顔をした。わたしの練習していた絵を見ると、

「Gペン、結構上手じゃないか!さすがパパの子!といっても元漫画家のパパに褒められてもうれしくないか」

と、またしょんぼりした。

「パパ!ちょっとGペンやってみてよ!」

「えー」と、言いながら、Gペンに墨をつけてガリガリ。と音をならしてキャラクターをあっという間に描き終わる。

「やっぱりパパは上手だね!」

「当たり前でしょ!これでも去年までは漫画家だったんだから」

 と、エッヘンとえばるパパ。

 

 制作をやっていてこんなことも思う。パパは、小さなあの部屋でがんばって漫画を描いていたんだなって。いつも誕生日は、年末のしめきりに向けて一緒にいられないけれど、ケーキだけは一緒に食べた。パパは服だけは着替えていたけれど、手は洗っても汚れていたし、おふろも忙しくて入れないから少し臭いがした。

 友だちの絵麻ちゃんは、漫画をなんで買うの?ネットで見れば良いじゃんという。でもパパがこんなにがんばって描いていたのに、きっと同じようにして描いて完成した漫画を無料でネットで観るなんてわたしにはできない。

「ねえ パパ。もしネットがなかったら、もう少しパパは漫画家を続けられていたんじゃないかな?」

「急にどうした?」

 パパがわたしの質問におどろいていると、わたしが、真剣な顔をしたからか、パパは真剣に考え答えてくれた。

「うーん。どうだろうなあ。そりゃあ大好きな漫画を続けられたら幸せだったと思う。13年間、漫画でママと愛生と3人で貧乏だったけど、食べていけたのは幸せだった」

パパは、まっすぐわたしを見て言う。

「でもね パパの友達でタカシマっているだろう?そいつは単行本は出せば売れるし、今度は2度目のアニメ化もするみたいなんだ。そいつの漫画への情熱を見ていたら、パパにはその情熱が足りなかったと思うんだ。去年で漫画は引退したけれど、それがあと数年伸びたというくらいかな。運が良くてね」

 と、泣くような笑うような表情でパパが言葉を続ける。

「そりゃあ漫画を買ってくれたらすごく嬉しい。すきだから面白いからという理由で買ってくれることで、それによって読者とつながったと思うし、認められた気ががするんだよな。パパの6畳の部屋から世界につながったそんな気がするんだ。」

「そうなんだあ…!」

 パパの世界は、小さいようで大きな世界だったんだと思った。


 それからママが慌てて帰ってきた。ママも予約したケーキを受け取り、今年は、ケーキが2種類ある。そしてパパとママがいる。わたしは、幸せだなあと思う。それにパパの気持ちを知ることができて、ちょっぴり大人になれた気がしたそんな誕生日でクリスマスだった。



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