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【論文紹介】トランジションを定量的に評価する【プレミアリーグ】

1.はじめに

"カウンタープレス"や"ゲーゲンプレッシング"、"カウンターアタック"といった言葉が流行している近年のサッカー界において、それらと関係する"トランジション"(攻→守、守→攻)を自動で認識し、定量的に評価する手法を提案している「Quantifying the Value of Transitions in Soccer via Spatiotemporal Trajectory Clustering」という論文を紹介したいと思います。

この論文のアウトプットとして、イントロで紹介されていたのが以下の図です。チェルシー×マンチェスター・ユナイテッドを例としており、Aにトランジションのサンプル(上段:ボールと選手の軌道、中段:攻撃側の危険度、下段:守備側のポジション不整備度)を、Bに試合全体のトランジションに関するスタッツを示しています。この各種指標を人の介入なしに算出できるのが本論文の貢献であると言えます。

A. 上段のトラッキングデータより、チェルシーのロングカウンターによるポジトラのシーンをサンプルとしています。中段と下段は提案手法により算出されるトランジション時の評価指標を時系列的に示したグラフになっており、チェルシーの攻撃は7~8秒のボールタッチ時に危険度が急上昇し、逆にユナイテッドの守備陣形は時間とともに乱れていっていることが見てとれます。(試合中のどのプレイだったのか論文中に明記されていなかったため、試合映像を載せることができませんでした泣)

B. トランジションに関するスタッツから理解できるのは、チェルシー(左列 For)のカウンターの多さ(% Counter-Attack)と成功率の高さ(Avg Chance Quality)です。コンテ体制のチェルシーのイメージともマッチしています。加えて、カウンタープレスの効率性も高く(Avg Time to Recovery)、トランジションを制したコンテ・チェルシーがモウ・ユナイテッドを4-0と制した試合になりました。

2.データセット

今回扱うデータは試合中の選手とボールの位置情報のトラッキングデータで、2016-2017シーズンのプレミアリーグのデータを使って実験を行なっています。また、各試合の10秒間のデータを1つのサンプルとしてモデルを構築します。

3.提案手法

トランジションを検出・評価するための提案手法を、本noteでは以下のアウトラインで説明します。

3.1 トランジション検出のための階層的クラスタリング
3.2 守備側のポジション不整備度の算出方法
3.3 攻撃側の危険度の算出方法

3.1 トランジション検出のための階層的クラスタリング
ここでは、前回のnoteで紹介したプレイ検索のための手法を応用してトランジションを検出します。具体的には、各サンプルで計算された役割分布の距離を元にしたK-Meansにより、分割的に階層的クラスタリングを行うことで、類似したプレイをまとめることができます。次に、各クラスタの代表的な軌道を示している木構造の葉ノードの中から、ポゼッションを即時に回復したクラスタをトランジションとして定義します。この処理により得られた木構造を以下に示します。青で囲ったクラスタがカウンターアタックを、赤のものは相手陣地でプレイが始まっているのでカウンタープレスを示しています。(この丸は手書きです)

この木構造を用いたクラスタリングモデルを使ったトランジションの検出方法は論文中に記載がありませんでした。私の推測だと試合中のトラッキングデータをウィンドウでとったサンプルの役割分布と、上記のクラスタの類似度を計算して、トランジションを検出するのではないかと考えています。

3.2 守備側のポジション不整備度の算出方法
守備側のポジション不整備度の算出方法は簡単で、割り当てられたクラスタの役割分布と現在の位置との距離を計算しています。基本的な立ち位置から大きく離れるとカウンターに脆くなるというドメイン知識から、こうした評価指標を定義したと書かれていました。

3.3 攻撃側の危険度の算出方法
攻撃側の危険度は10秒以内にシュートが生まれる可能性を示しており、ロジスティック回帰モデルを用いています。このモデルの入力はボールポゼッションや各種イベントデータ(パス、クロス等)、攻撃側の情報です。

4.実験結果と考察

既存手法のない研究の定量的な評価は非常に難しく、本論文では得られた知見を定性的に評価するという実験を行なっていました。まずはじめにプレミア各クラブのスタイルを下段・左にポジトラ、右にネガトラとして可視化しています。また具体的なサンプルとして、ペップ・シティのトランジションのタイプを上段に示しています。上段・左の棒グラフではクラスタ1と2の値が大きくなっていますが、これは上の図の赤で囲ったゲーゲンプレスを多く行なっていたことがこの結果から理解することができます。

下段のトランジションのスタイルに対する考察は、論文中ではシティ、トッテナム、ユナイテッド、チェルシーが左図で近く位置していることから、これらのチームがカウンタープレスを採用しているとしか書かれていませんでした。絶対、目を引くのはリバプールでしょう。クロップ体制2シーズン目の2016年は今ほどバランスの良い戦い方はしていなかった気がしているので、他クラブとのトランジションのスタイルの差異を反映しているのではないかと思います。

最後に、トランジション時においてプレミア各クラブがカウンター・アタックを発動した / 受けた割合を以下の表にまとめています。面白いのはアーセナルで、カウンターアタックを発動する割合も受けた割合も高いという結果になりました。このことからポジトラには成功しているものの、ネガトラの設計に難ありという考察ができます。

以上です。個人的な感想としてはもっと多くの分析結果が出せそうだな〜と思いました。出し惜しみかな?何より、試合中のローデータのみから攻撃 / 守備だけでなく、トランジションを検出できるのは大きな貢献です!

#アナリティクス #データ分析 #バスケットボール #サッカー #スポーツ #論文紹介

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