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経理DXで顧客課題を解決。IPOまでの軌跡と持続可能な成長の鍵

DEEPCOREの出資先であるファーストアカウンティングは、AI技術で経理業務を自動化・効率化する経理DX企業で、23年9月に東証グロース市場に上場しました。

代表の森 啓太郎さんに起業からIPOまでの道のりをインタビューしました。

<プロフィール>
ファーストアカウンティング株式会社 代表取締役社長
森 啓太郎(Keitaro Mori)
1974年生、ソフトバンク株式会社を経て、アカマイ・テクノロジーズ日本法人立ち上げに参画。営業本部長に就任し、2008年度営業成績は世界No.1などの実績を残しました。AIを使うことで会計書類の自動データ化と自動仕訳が可能となれば、人手不足の解消に貢献できると共に、重要業務にリソースを割くことができると考え、2016年6月にファーストアカウンティングを設立しました。現在、AIを活用した経理業務改革を推進中。

PMFではなく、顧客の課題解決に注力したプロダクトづくり

——起業のきっかけについて教えてください

森:以前にネット通販の会社を経営していたことがあるのですが、中小企業同士の請求書に関するやりとりは、かなり煩雑で悲惨な状況でした。
例えば、毎月月初に「入金はまだですか?」と取引先から電話が来ます。その原因は様々で、そもそも請求書を送り忘れている、納品書と共に倉庫に届いた請求書が経理部門に回ってきていない、入金した口座番号を間違えてしまっていたなどです。これをどうにか解決することができないかと考えた経験がきっかけになり、経理DXの会社を立ち上げました。

——PMF(プロダクトマーケットフィット)を感じた瞬間はどんなタイミングでしたか

森:自分が感じていた課題にフィットするサービスは、会計ベンダーにもニーズがあると確信していました。他社の営業部隊に自分一人の営業力で勝つために、ランチェスター戦略に基づいて会計ベンダーに領域を絞って営業を展開いたしました。

その後、領域をエンタープライズに広げていきました。「AIの会社」はなんとなく怪しいと思われてしまう状況だったのですが、導入実績として会計ベンダーのロゴを表に出せるようになったタイミングで、そのハードルは徐々に超えられるようになっていきましたね。
また、エンタープライズと中小企業の経理業務の違いを理解し、AIに落とし込んでいくことで、私たちのサービスでエンタープライズの課題を解決できるようにもなりました。
このあたりがターニングポイントになったと感じています。

——売上の成長率や成約までのリードタイムが短縮されたといった指標があったのでしょうか

森:PMFはスタートアップにとって永遠の課題ですよね。ただ、数字だけを追うとPMFを見誤ると思っています。外部環境は絶えず変化しますし、たまたま営業が上手だったという偶然性もあります。

私たちはPMFを意識してやってきたというよりも、お客さまの課題を徹底的にヒアリングし、どうしたらそれを解決できるのか常に考え、サービスづくりに力を注いできました。今もこの姿勢が何より重要だと考えています。

特にエンタープライズはステークホルダーが複雑に絡み合いますから、画一化されたプロダクトで全ての課題を解決できると考えること自体が間違っている場合もあります。なので、「プロダクトで解決する」のではなくて「お客様が抱えている課題を解決する」という視点が必要です。

——プロダクトが軌道に乗るまで、PoC(概念実証)には取り組んできましたか

森:今は禁止しているくらい、PoCは大嫌いなんです(笑)PoCは成否問わずお客さまからお金をいただきますよね。その結果、お客さまに価値提供できない場合もありますし、SaaS企業としてもMRRのプラスになりません。

プロダクトやサービスを提供して課題が解決できるのであればその手前のPoCはいらないはずです。やったほうが一時的には儲かるとは思いますが、お客さまのためにならないことはいずれ悪評になって、お客さまが離れてしまうとも考えています。

IPOを視野に入れた創業期からの会社づくり

——ここまでプロダクトづくりについて伺ってきましたが、次は創業からIPOまで、組織づくりやガバナンス構築などについて教えてください

森:人繰りと資金繰り、商売においてはどちらかがおかしいと瓦解します。
そのため、ガバナンス体制の構築は最初から意識して対応していましたね。自分のお金と会社のお金を綺麗に分けたり、早めに監査法人出身者を経理メンバーに入れたりしました。

創業メンバー集めはかなりこだわったのですが、初期フェーズで妥協すると、事業のフェーズが進むにつれてその人の扱いに時間と気力を使うことにもなってしまうので、重要な意思決定の一つだと考えています。

特に役員クラスはIPOやその後にも耐えうる人物を初期から集めてきました。短期的な貢献だけではなく、IPOまで一緒にやりきる能力やパーソナリティはあるのか、十分に見極めて組織を作っていくべきです。

——確かに、ファーストアカウンティングでは創業間もない頃からCFOやCTOが参画して、IPOまで固定メンバーでしたね

森:はい。経営者は孤独だとよくいわれますが、それでうまくいくのでしょうか。一人でやれると思わず、組織の力を高めていくことが重要だと考えています。
私も自分の営業力があれば顧客開拓はできると信じて戦ってきましたが、CROの参画で販路が大きく拡大しました。調達やIPOに関してもほぼ管理部長やCFOに任せていましたし、AI開発はCTOに一任しています。自分より能力の高い人を集めなければ、スケールしません。

他にも、社長室の存在は重要だと考えていて、リクルートやソフトバンクグループから学んでいます。何か新しいことをするとき、既存の役員だと実行しにくい局面はどうしても出てきてしまいます。その時、横串で機動的に動く切れ味のいい人物がいることで、次の一手が打てるかどうかに差が出てくるでしょう。

——簡単なことのようで、なかなか権限委譲ができない起業家は多いように感じます

森:自分よりも優秀な人を集める勇気があるかどうかだと思います。優れた人材であれば自身で能力を伸ばし、周囲によい影響を与えていきます。

そういった人材を集めるために、採用候補者に対して、本気で求めていることを伝えてきました。昨今ではシニアな候補者も多く、この歳になっておじさんを口説きまくることになるとは思っていませんでした(笑)
もちろん役員に限らず本気で採用活動に取り組んでいます。断られても追いかけ続ける。その本気度合いが相手にも伝わっているのだと思います。

——ファイナンスの観点で重要視しているポイントはありますか

森:VCからの調達が難しい場合もありますので、銀行からの借り入れができる状況を常に作っておかないと会社の存続に関わります。そのためにも、創業から早いタイミングで管理部や経理部長といった人物の採用が必要です。

もちろん、VCとの付き合いも重要です。時価総額や調達額に目がくらんではいけません。スタートアップはいい時も悪い時もありますから、本当の意味で起業家に寄り添って、一緒に乗り越えてくれるVCを選ぶべきです。

評価ポイントはどこだったのか、自分たちの考える将来に沿っているのかという点はもちろんですが、人として付き合っていきたいと思うかも重要です。毎月顔を合わせるだけでなく、株や議決権もお渡しします。VCもこちらを見極めますが、条件や契約だけではなく、ずっと関係性が続くものとして、こちらも同じく見極めていくことが経営の重要な意思決定になると思っています。

——森さんは上場にはどんな意義があるとお考えでしょうか

森:お客さまはエンタープライズで大手企業が多く、連携する会計ベンダーも20数社あることから、社会的信用力の獲得は重要でした。また、生成AIの開発や運用には資金が必要です。調達方法は銀行の借り入れだけではなく、直接金融も必要だと考えました。
採用面での影響も大きかったですね。上場前と後では応募してきてくれる方の質が数段上がった感覚があります。

——上場まで、ステークホルダーとの関係づくりで心がけたことはありますか

森:株主には幸い恵まれていて、株主報告会は毎回穏やかに進めることができています。シリーズごとに株主が変わることはありますが、私たちはそれぞれを大切にしたいという思いから上場まで株主の体制を変えてきませんでした。

また、従業員は欠かせないステークホルダーです。特にコロナ禍では、人員数は増えているにも関わらず、人間関係がどうしても希薄になってしまっていました。どうやったら皆が幸せに働くことができるのかを本気で考え、文献や論文なども研究して、科学的に証明された方法を組織に組み込むといったやり方も試してきました。

リーダーシップを発揮しようと考えたことはほとんどありません。創業当初から従業員全員と1on1をしています。「制約を取り払うことで、
自信と勇気を与える。」ことがパーパスなので、従業員の課題をヒアリングして、制約があれば取り払っています。代表の私がやることで本気度が伝わるし、変えられることもあると思うのです。全てが解決できないこともありますが、組織のパフォーマンスは上がると実感しています。

全てのステークホルダーに報いたい

——IPOやEXITを目指す起業家へのメッセージをお願いします

森:起業家に求められることは諦めないことです。平坦な道が続くことはありません。10年で生き残るのはたったの2%という戦いに挑む、強い意思とストレス耐性が求められます。また、何よりもお客さまと従業員のことが大好きだと言えるかどうかを自分に問いかけた時に、もし違うと思うなら、起業家という選択肢は向いていないのではないでしょうか。

どんなことがあっても、お客さまや従業員のために全力を注ぎ、よくないことも株主に透明性をもって開示し、結果として社会にインパクトを与えていきたいかどうか。これらをよく考え、もしそうでないなら社会の公器としてのスタートアップではなく、マイカンパニーとしてやっていくことです。私は、生まれたからには世の中のため、地球のために貢献したいと考えています。

最後に、上場とは、苦しい状況を長年支えてくれたVCに対しての恩返しの場でもあります。今後は、機関投資家を含めた流動性のある市場に参加する様々な投資家と向き合いながら、これまでと同様に企業価値を高めていきたいと思っています。

■会社概要
会社名:ファーストアカウンティング株式会社
設立日:2016年6月
主要業務内容:会計分野に特化したAIソリューション事業(経理AI事業)
コーポレートサイト:https://www.fastaccounting.jp/

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