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うちの美少女AIが世界征服するんだって、誰か止めてくれぇ 36~40

36. ピンクのパジャマ

「ゴブリンにドラゴンに魔法陣に聖剣、大好きだろ?」

ミリエルはノリノリでずいっと身を乗り出す。とても酒臭い。

「いや、まぁ、人並みには……」

「よろしい! 君もこれから冒険者なのだ!」

ミリエルはワインボトルを高々と掲げ、そして満足げに一口あおった。

話を総合すると、ミリエルが担当している八個の地球の中に、魔法と魔物を実装した地球があり、そこに元副管理人が潜伏しているらしい。そして、そこに冒険者として潜入して元副管理人を捕縛してほしいということだった。

「魔法!? 魔法が使えるってこと、ですか?」

すっかり目が覚めた玲司は叫ぶ。この世界はコンピューターが創り出している。であれば、魔法なんてゲームみたいにいくらでも実装できてしまうだろう。むしろ、日本ではなぜ実装してなかったのか?

「魔法なんて使っても奴には効かんのだ。奴は管理者権限持ってるからな」

「え? じゃあどうやって?」

「君にも限定的管理者権限を付与しよう。まあ、チートなのだ。この権限を使えば魔法なんて比較にならん破壊力なのだ」

ミリエルはそう言うと、上機嫌にワインボトルをあおった。

「お、おぉ! チート!」

玲司は夢にまで見た異世界のストーリーに胸が高鳴った。

ゴブリンを、ドラゴンを倒し、極大チート魔法を放って反逆者の副管理人を成敗し、地球を救う。なんとも素敵な英雄たんではないか。イッツ、ファンタジー!

玲司はガッツポーズを決め、いきなりやってきた冒険ストーリーに酔った。

「あ、消息を絶った調査隊の人たちも探してよねぇ。期待してるのだ!」

ミリエルは酒臭い息をはきながらパンパンと玲司の肩を叩いた。

浮かれていた玲司は凍りつく。

そうだった。この挑戦はいまだ誰も上手く行っていないのだった。まさに前人未到の命がけの挑戦。玲司は浮かれた気分はどこへやら、目をギュッとつぶりどうしたものか考えこむ。

「ふわぁーあ。ご主人様、だいじょぶだって。ほら、言霊、言霊」

ベッドで寝ころびながらシアンが無責任なことを言う。

「くぅぅぅ! できる、やれる、上手くいく! これ、言霊だからね!」

玲司は半べそをかきながらそう叫び、ソファーにボスっと身を沈めた。

大きく息をつき、横を見ると、窓の外では海王星が美しい青をたたえてたたずんでいる。

玲司はしばらくうつろな目で、その青い星から立ち上る天の川をぼーっと眺めていた――――。

翌朝、いい気分で夢を見ていると、

「ご主人様、朝だゾ!」

そう言ってシアンがパシパシ叩いてくる。

「うーん……。もうちょっと……」

玲司は向こうへ寝返りを打った。

「もう朝食の時間だゾ!」

シアンは玲司の身体の重力効果を切って無重力にすると、ふわりと浮かべてテーブルへと連行する。

「うわっ! お前、ちょっと何すんだよ!」

玲司は空中で手足をばたつかせる。しかし、空中をクルクルと回るばかりでどしようもない。

「じゃあ起きる?」

シアンは上目遣いで玲司を見る。

「わ、分かったよ。ふぁ~あ……」

玲司は観念して思いっきり伸びをする。

「じゃあ重力戻すからね」

「ん? 重力?」

「ホイ!」

そう言ってシアンは玲司の重力を戻した。

いきなり床へと落ちていく玲司。

うぉぉぉ!

慌ててシアンに掴まろうと手を伸ばしたが、手が届いたのはピンクのパジャマまでだった。

ビリビリビリビリー! ゴン!

シアンのパジャマは盛大に裂け、玲司は床に転がった。

「きゃははは!」

シアンは楽しそうに笑うが、玲司は焦る。

「ゴ、ゴメン!」

急いで起き上がろうとした時、空間にドアが開いた。

ブゥン!

入ってきたミリエルは、

「おはようなの……、えっ!?」

と、固まる。

パジャマを裂かれて豊満な胸を露わにしながら笑うシアンと、そんなシアンに近づく玲司。ギルティ。

「あ、こ、これは……」

必死に説明しようとする玲司に、ミリエルはギリッと奥歯を鳴らすとカツカツと近づき、

「このケダモノ!」

と、渾身のビンタをバチーン! とおみまいした。

あひぃ!

玲司は吹き飛ばされ、クルクル回りながらソファーまで行ってひっくり返る。

「ミリエル、これは事故なんだゾ」

シアンはフォローをするが、ミリエルはフゥーフゥーと鼻息荒く、まるでおぞましいものを見るような目で玲司を見下ろしていた。

37. 絶品のモモ

「なーんだ、事故なのね。そう言ってくれればよかったのだ」

そう言いながらミリエルは、テーブルのBLTサンドをつまみ、パクっとかぶりついた。そして、

「んー、美味いのだ! シアンちゃん料理上手!」

と、にこやかにシアンにサムアップする。

「きゃははは!」

嬉しそうなシアン。

しかし、玲司はほほに赤い跡を残したままブスッとしていた。

「ゴメンてば! ここに座るのだ」

ミリエルはそう言ってコーヒーを入れ、玲司の椅子を引いた。

「叩く前に確認しようよ」

仏頂面で玲司は席に着く。

「分かったのだ。はいこれ君の!」

ミリエルは玲司の皿にBLTサンドを載せた。

玲司はコーヒーをすすり、BLTサンドにかぶりつく。

カリカリのベーコンが生み出す芳醇なうまみが口いっぱいに広がり、玲司は驚いた。こんなおいしいベーコンは食べたことがない。

さらに、シャキシャキとしたレタスのさわやかな苦みが、フワフワのパンの甘味と相まって素敵なハーモニーを奏でている。

「おぉ、ホントだ! 美味いよ! このベーコンがまたいいね」

玲司はすっかり上機嫌になってほめた。

「このベーコンはどこのベーコンなのだ?」

ミリエルがかぶりつきながら聞くと、シアンは嬉しそうに、

「僕のモモだよ!」

と、言って自分の太ももを指さした。

ブフ――――! ゴホッ!

二人は一斉に吐き出す。

「ちょっと! 何食わせるんだよ!」「そうなのだ! 人肉食は禁忌なのだ!」

二人は怒ったが、シアンは、

「でも、僕の脚、美味しかったでしょ? きゃははは!」

と、屈託のない笑顔で笑った。

この世界はデータでできた世界なので、自分の脚はいくらでも複製できる。しかし、だからといって人間の肉は食べたくないものなのだ。

二人は顔を見合わせ、首を振ると、渋い顔でBLTサンドを皿に戻した。

口直しにミリエルの出してくれたパンケーキを食べ、コーヒーをすすりながら玲司は窓の外を眺めた。

そこには変わらず天の川が流れ、海王星が青く広がっている。

「太陽が出ないと朝って感じがしないよね」

そう言うとミリエルは、

「何言ってるのだ。あれが太陽なのだ」

そう言ってひときわ明るく輝く星を指さした。

は?

玲司は何を言われたのか分からず、窓の近くまで行って上を見上げる。

確かにそこには地球上では見たことがないようなひときわ明るい星がある。

「えっ!? あれが太陽?」

玲司は驚きを隠せなかった。

「太陽まで光の速度で四時間、太陽系最果ての星へようこそなのだ」

ミリエルはニヤッと笑った。

「はぁぁぁ……」

言われてみたらそうだった。海王星が青色で輝いているのは太陽が照らしているからなのだ。つまりずっと昼間だったらしい。

玲司は夜空にまばゆく輝く星を見つめ、とんでもない所へ来てしまったと改めて感慨深く思った。

灰色に薄汚れてしまった僕たちの地球は今、あの海王星の中で稼働を停止させられている。そして、八十億人の命運は自分の手に託すとミリエルは言っていた。ただの高校生が地球の未来をかけて異世界で悪い奴と戦う、そんな荒唐無稽こうとうむけいなストーリー、誰がどう考えても上手く行きそうにない。一体、運命の女神は自分に何を期待しているのだろうか?

玲司はコーヒーをすすり、どう考えても無理ゲーな現実に首を振りながら、大きくため息をついた。

「それで君たちの出撃だけど……、どうする?」

ミリエルはコーヒーをすすりながら言う。

玲司は逃れられぬ運命にくちびるをキュッとみ、

「まず、計画から教えて」

と言って、ミリエルを見た。

「あー、#3275、Everzaエベルツァって地球があるのだ。そこに送るから、元副管理人のゾルタンを捕まえてきて」

ミリエルはそう言うと、小皿に積まれたチョコを一つ口に放り込んだ。そして、美味しそうに甘味を楽しむ。

「ゾルタン、ね。その人の情報とかは?」

「そういうのは全部現地のあたし、【ミゥ】から聞いて。……。おっといけないもうこんな時間なのだ。じゃあ、行ってらっしゃーい!」

ミリエルはそういうと、満面に笑みを浮かべ、玲司とシアンを青白い光で包んでいった。

「えっ? もう? ちょっと! えっ!?」

玲司はコーヒーカップを持ったままEverzaエベルツァへと飛ばされていった。

38. 美空ねぇさんの仇

気がつくと二人は石畳の広場に立っていた。

重厚な中世ヨーロッパ風の石造りの建物がぐるりと周りを囲っていて、奥にあるのは教会だろうか、天を衝く尖塔が見事で思わず見入ってしまう。そして、そばには噴水があり、英雄のブロンズ像が高々と剣を掲げていた。

カッポカッポと荷馬車が行きかい、ワンピース型の民族衣装を着た女性たちが買い物かごを手に雑談しながら通りすぎていく。

すると急に影に覆われた。

え?

見上げると巨大な翼を広げた恐竜のような生き物が青空を横切っていく。背中には誰かが乗っているようだった。

玲司はそのファンタジーな巨大生物に目を奪われる。飛行機代わりに魔物を使役しているらしい。

「うわぁ……、ここがEverzaエベルツァ? すごい、まさに異世界そのものだ……」

やがて魔物はバサッバサッと翼をはばたかせながら尖塔の向こうへと着陸していった。

シアンは魔物なんてどうでもいいかのようにBLTサンドにかぶりつき、

「美味しいと思うんだけどな?」

と、首をかしげている。

「そんなのいいから、冒険だよ、冒険!」

玲司は生まれて初めて見た本物の魔物に浮かれ、ポンポンとシアンの背中を叩く。

と、その時だった。

「この人殺し! 成敗してやるのだ!」

と、叫び声がした。

へっ!?

声の方を見ると、白いワンピースの少女が剣を掲げて突っ込んでくる。その綺麗な燃えるような真紅の瞳には殺意がたぎっていた。

「ご主人様、下がって!」

シアンは玲司をかばうように前に出ると、手に持っていたBLTサンドを投げつける。

「邪魔するなぁ!」

少女はそう言うとBLTサンドをスパっと剣で切り捨て、そのまま振りかぶるとシアンに切りかかった。

シアンは青い髪の毛をブワッと逆立て、全身から青白い光を浮かべると、

「きゃははは!」

と嬉しそうに笑う。そして、目にも止まらぬ速さで手の甲を振りぬき、パーン! と剣を吹き飛ばした。

カラーン、カラカラ、と石畳に剣が転がる。

「くっ! 美空ねぇさんの仇をとるのだ! 邪魔するな!」

少女は叫ぶ。少女は赤毛で目の色も違ったが、美空とうり二つだった。

「え、もしかして、あなたがミゥ?」

いきなり殺意を向けられて玲司は圧倒されながら、おずおずと聞いた。

「ふん! ミリエルが許しても、あたしは許さないのだ!」

ミゥは叫び、ギリッと奥歯を鳴らすと空中に真紅に輝く魔法陣を展開していく。六芒星に二重丸、そしてルーン文字がそろった瞬間、激しい炎がブワッと噴き出してくる。

しかし、シアンはすかさず空中に空間の亀裂を作り、ブゥンとドアを開く。

噴き出した紅蓮の炎は玲司に届く前にドアの中へと吸い込まれ、消えていった。

「あぁ! ダメなのだ! ここで管理者権限使っちゃ!」

ミゥは焦って周りをうかがい、プクッとほおを膨らませた。

「だって僕、魔法知らないもん。きゃははは!」

「むぅ! 一発殴らせるのだ!」

ミゥは『瞬歩』を使って一気に玲司の前まで行くとこぶしを振りかぶった。

おわぁ!

頭を抱え、しゃがみ込む玲司。

「まぁまぁ、落ち着くといいゾ」

シアンはそう言ってヒョイとミゥの身体を捕まえ、持ち上げる。

今まさに殴ろうとしていたミゥはバランスを崩し、慌てた。

「ちょっと! あんた! 放すのだ!」

ミゥは身体の周りに電撃をバリバリと走らせる。閃光があたりを包んだ。

しかし、シアンはそれをシールドでうまく防御している。

「ぐぬぬぬ! 放すのだ!」

ミゥは両手を組んで何かをつぶやくと、今度は炎をぼうっと自分の周りに吹き上げる。

しかし、シアンは焦ることもなく、

「きゃははは!」

と、炎を纏いながら嬉しそうに笑った。管理者権限を使ったシールドには魔法は一切通用しないようだった。

39. 冒険者ギルド

ミゥはふぅと大きく息をつくと、うなだれる。

「ぬぅ、分かったのだ……。ちょっと降ろして」

と言って、ポンポンとシアンの腕を叩いた。

「はいはい、どうぞ」

シアンはニコニコしながら丁寧にミゥを地面に立たせてあげる。

ミゥは玲司をキッとにらむと、

「あんたが一番悪いのだ!」

と、玲司を指さした。

ミゥは目鼻立ちは美空そのものだったが、美空より少し年上、十六歳くらいに見える。美空とは違って燃えるような真紅の瞳が印象的であった。赤い紐を胸のところに編み込んだ白いワンピースも似合っている。

「いや、まあ、確かに美空についてはホント悪かったなって思ってるよ」

玲司は頭を下げた。

「そうよ! あんたのせいよ!」

プリプリと怒るミゥ。

「いやでも、ミリエルが、美空は自分の中に息づいてるって言ってたよ」

「そうよ! 別に消えたわけじゃないわ。地球と共に復活もさせるのだ。でも美空ねぇさんがこんなのを気に入って殺されたのが気に食わないのだ!」

ミゥはビシッと玲司を指さして怒る。プロセスが納得いかないらしい。

「うーん、でも今はゾルタンを捕まえるのが先だよね?」

「ふん! あんたたちがいなくたってあたしが捕まえるって言うのに……」

ミゥは眉をひそめて口を尖らせた。

そのしぐさに玲司はハッとする。それは美空そのものであり、玲司は思わずほおが緩む。このツンツン娘もまた美空と繋がってるのだ。きっといつかは仲良くできるに違いない。

ふん!

ミゥは鼻を鳴らすと、しばらく玲司とシアンを交互に眺める。

そして、ふぅと大きく息をつくと、

「でもまあ、何かの役には立つかもなのだ……。とりあえず、あなたたちの実力を見せてもらうのだ! ついて来て」

と言って、クイクイッと手招きしながら、スタスタと歩き始める。

玲司はシアンと目を見合わせると肩をすくめ、そしてため息をつくと、速足で後を追った。

しばらく石畳の道を行く。石造り三階建てのしっかりとした建物が両側に延々と連なり、建物の一階にはパン屋にアパレルに花屋といろんな店が入っていてにぎわっている。中には魔法の杖を掲げた看板があり、のぞくと怪しげな魔法グッズが並んでいた。

玲司はワクワクして、

「見ろよシアン、魔法グッズだよ」

と、指さす。

「んー、どれどれ……。この店はダメだ。品ぞろえが悪いゾ」

と、首を振る。

「えっ? なんでわかるの?」

「僕たちには管理者権限があるんだから、ステータス表示させると全部分かるゾ」

「おぉ! さすが異世界!」

玲司のテンションは一気に上がる。

ミゥは玲司をチラッと見ると、

「なによ、ど素人なのだ。ミリエルは何考えてるのだ?」

と、毒づいた。

玲司は何か言い返そうとしたが、確かにど素人なのはその通りなので、ふぅと嘆息たんそくをもらした。本当にミリエルは何を考えているのだろうか?

しばらく歩いて剣と盾のゴツい看板の前でミゥは止まった。それは年季の入った石造りの建物で、古びた木製の大きなドアがついている。そして、玲司をギロッとにらむと、

「まず、ギルドで冒険者登録なのだ」

そう言ってドアをギギギーっと押し開けていった。

中は武骨な木製の古びたインテリアで、壁には青い龍のタペストリーがかかり、天井からは魔法のランプの球がいくつも吊り下げられていた。異様にタバコ臭いので、見ると脇のロビーで皮よろいを着た冒険者たちがタバコをふかしながら歓談している。傍らにはデカいハンマーや盾などが立てかけてあった。

おぉ……。

それは異世界物のアニメで見た世界そのものであり、玲司は思わず声が出てしまう。まさに自分は異世界にやってきたのだ。

ミゥはそのままカウンターまで行くと受付嬢に、

「あいつらにギルドカード発行してくれ」

と、ぶっきらぼうに言った。

40. 伝説の最強冒険者

「あら、ミゥさん、お久しぶり。お知合いですか?」

エンジ色のジャケットをピシッと着込んだ金髪の受付嬢は、ニッコリと営業スマイルで話しかける。

「ただの腐れ縁なのだ。ど素人だが頼む」

「分かりました。そうしたら、まず男性の方、こちらに手を当ててください」

受付嬢はそう言いながら大きな水晶玉を取り出して、カウンターの上に載せる。

「え? 載せるだけでいいんですか?」

透き通って真ん丸の水晶玉の上に玲司は恐る恐る手を載せる。すべすべの手触りでひんやりとしている。

受付嬢が何やら呪文を唱えると、水晶玉はぼうっとほのかにオレンジ色の光を放つ。

受付嬢はそのその光をじっと見て、

「うーん、Gランクですね」

と、用紙に【G】と書き込んでいく。

「クフフフ、ど素人なのだ」

ミゥは嫌な笑いを浮かべる。Gランクはかなり下の方のクラスのようだ。

玲司はムッとして、

「なんでギルドカードなんて要るんですか? ゾルタン捕まえに行きましょうよ」

と、言い返す。

するとミゥは肩をすくめ、

「あんたみたいなのがゾルタンのところへ行ったら即死なのだ。まず、魔物と戦いながら戦闘に慣れてもらわないと話にならんのだ。で、そのためにはギルドの許可がいる。そのくらい想像力働かせてくれないと困るのだ」

といって玲司をジト目で見る。

玲司は仏頂面で目をそらした。

「ミゥは何ランクなの?」

シアンが聞く。

「あたしはCランク。でも管理者だから本当は無敵なのだ。クフフフ」

と、ドヤ顔で答える。

「ふぅん、じゃあ、同じくCランク目指すゾ!」

そう言いながらシアンは水晶玉に手を載せた。

「C? ねーちゃんが? Cってのは一部のエリートしかなれないランクだぞ。わかってんのか?」

皮鎧を着た筋肉むき出しのムサいやじ馬が近づいてきて、ニヤニヤしながら言う。

「放っておくとSになっちゃうからCに調整するんだゾ」

「こりゃ傑作だ! Sだってよ! みんな聞いたか?」

男はロビーを振り返り喚く。

「いいぞ、Sねーちゃん!」「冒険者なめんな!」「今晩どう?」

下卑げびたヤジが部屋に飛び交う。

受付嬢は、

「静かにしてください!」

と、可愛い顔に青筋を立て、ロビーをギロッとにらむ。その気迫に冒険者どもは気おされた。どうやら冒険者たちは受付嬢には頭が上がらないようで、お互い目を見合わせながら小声で何かをささやきあっている。

もう……。

受付嬢はため息をつくと水晶玉に視線を移し、呪文を唱えた。

水晶玉が輝きだす。オレンジに輝くと次に黄色になり、黄緑になり、そして緑がかったあたりで止まる。

「おい、ホントにCだぞ」「マジかよ……」

それを見たやじ馬たちはどよめき、そして言葉を失う。Cというのは一部のエリートを除けばベテランで到達できるかどうかのレベルである。まだ若い女の子がCランクなのはヤバいことだった。

「えっ? し、Cランク……ですかね?」

受付嬢が目を丸くしてつぶやくと、

ミゥはいたずらっ子の顔をしてシアンの後ろにそっと近づき、脇をくすぐった。

「きゃははは!」

シアンが嬉しそうに笑った瞬間、水晶玉は赤になり水色になり、最後は紫色に激しく光を放ってパン! と音を立てて割れてしまった。

え?

凍りつく受付嬢。ザワつくロビー。

「ミゥ! いきなり何すんの?」

シアンはそう言って素早くミゥを捕まえるとくすぐり返した。

「キャハ! フハッ! やめるのだ! キャハハハ!」

ミゥは笑いながら逃げようとするが、シアンは楽しそうにミゥの動きを封じながらさらにくすぐった。

「分かった! ギブ! ギブ! 降参なのだ! キャハハハ!」

ミゥは観念した。

受付嬢はじゃれあう二人を気にもせず、紫色になって砕けた水晶玉を前に固まったまま困惑している。

「あのぉ……。紫は何ランクですか?」

玲司は恐る恐る聞いた。

「紫は……Sランク。だけど、こんなに鮮やかな紫は見たことがないわ。SSとかそれ以上なのかも」

「SS!?」「紫なんて初めてだぜ」「おいこりゃヤバいぜ……」

ロビーではやじ馬たちが青い顔をしながらザワついている。

SSランクであればもはや伝説級の最強冒険者らしい。このままだと国中にシアンのことが広まってしまう。しかし、ゾルタンを探す上で目立つのは避けるべきだった。

「最初、Cランクでしたよね? CでいいじゃないですかCで」

玲司は急いで交渉する。

「えっ? でも……」

「これはミゥがくすぐったからだゾ。Cちょーだい」

シアンはニコニコしながら受付嬢に手を出した。

「うーん……。まあ確かに壊れた水晶玉の結果は使えませんし……。とりあえず、暫定でCで出しておきます。その代わりまた後日再計測させてくださいよ」

「分かったよ! きゃははは!」

シアンは屈託のない笑顔で笑った。

帰り際、やじ馬たちは小声で話しながらシアン達と目を合わせないようにしていた。本能的にヤバい奴らだと気が付いたようだ。冒険者にとってヤバい奴からなるべく距離を取るというのは、生き残るうえで大切なスキルだったのだ。

玲司はやじ馬たちの変わりようがひどく滑稽に思えて、ついプフッと噴き出してしまう。

敏感なやじ馬たちはそれを聞き逃さない。何人かにギロリとにらまれ、玲司は逃げるように我先にギルドを後にした。

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