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うちの美少女AIが世界征服するんだって、誰か止めてくれぇ 41~45

41. ゴブリン爆破

「さて、研修をする! おい、Gランク! よそ見は止めるのだ!」

いきなり連れてこられた大草原、玲司がキョロキョロしているとミゥが叫んだ。

「え? ここで何を?」

青空が澄み渡る気持ちの良い草原にはススキのような草が生い茂り、風に吹かれて綺麗なウェーブを描いている。遠くには森があり、その奥には見事な山がそびえている。

ミゥは腰に手を当て、人差し指を玲司にビシッと向けると、

「君は戦い方も知らないど素人。今のままじゃ即死なのだ。最低限のスキルをここで学んでもらう。ここはゴブリンの巣がある草原なのだ。ゴブリン狩りをやってもらう」

と、言ってニヤッと笑った。

「ゴ、ゴブリン!?」

「なんだ、ゴブリンも知らんのか。緑の小さい魔物。一番弱いからちょうどいいのだ」

「大丈夫! マンガで見たことあるよ。楽しみかも」

浮かれていると近くの茂みがガサガサっと揺れた。

ひっ!

急いで玲司はミゥの後ろに隠れる。

そんな玲司をミゥは鼻で笑うと、

「早くもお出ましなのだ。見てなさい」

と言って、茂みから飛び出してきた緑色の小人に向かって指を銃のようにしてむける。そして、

「パーン!」

と、言った。

直後、ゴブリンはボン! と爆発し、汚いものをまき散らした。

後には何とも言えない悪臭の煙が立ち上る。

「はい、やってみるのだ!」

ドヤ顔のミゥ。

「ちょ、ちょっと待ってよ。やり方教えてよ」

「え? やり方知らないの?」

「昨日生き返らせてもらったばかりなんだもん……」

玲司はむくれて答えた。

ふぅ。

ミゥはため息をつくと肩をすくめ首を振る。

「しょうがないのだ。まずゾーンに入って標的に意識を合わせて」

「ゾ、ゾーンって何?」

「あー、そこから……。スポーツ選手が無意識にスーパープレイしたりするでしょ? あの状態がゾーン。深層意識に自分をしずめ、世界のシステムと直接つながるのだ」

「は、はぁ」

もはや何を言われているのか分からない玲司は、口をポカンと開けて言葉を失う。

「ご主人様、瞑想めいそうするといいゾ」

シアンが横からアドバイスする。

「め、瞑想?」

「深呼吸を繰り返すだけだゾ。四秒息を吸って、六秒止めて、八秒かけて息を吐く。やってごらん」

「わ、わかった」

スゥ――――、……、フゥ――――。
 スゥ――――、……、フゥ――――。

「うまいうまい。徐々に深層意識へ降りていくゾ」

玲司はだんだんポワポワした気分になってくる。すると、次々といろんな雑念が湧いてきた。

『朝食べた人肉サンド、美味かったなぁ……』

いかんいかんと首を振って再度深呼吸を始める。

スゥ――――、……、フゥ――――。
 スゥ――――、……、フゥ――――。

『シアンの胸、綺麗だったなぁ……』

玲司は真っ赤になって首を振り、もう一度深呼吸をやり直す。

見かねたシアンが玲司をポンポンと叩いて言う。

「雑念は無理に振り払わなくていいゾ」

え?

「雑念は『そういうこともあるよね』と、横に流すといいんだゾ」

「あ、そういう物なの?」

再度深呼吸を再開する玲司。

スゥ――――、……、フゥ――――。
 スゥ――――、……、フゥ――――。

『ワンピースの中に見えた美空の白い太もも綺麗だったな……』

『さっきの魔物、ドラゴンなのかな……』

『ギルドの野次馬、間抜けだったな……』

次々と湧き上がる雑念。だが、玲司はそれを消そうとせず横へとそっと排除していく。

しばらくそうしていると、いきなり、すぅ――――っと意識が深い所に落ちて行く感覚に囚われた。

どんどん落ちていく玲司。

しかし、玲司はあらがわずにただ、ぼーっとどこまでも落ちていった。

やがて下の方に黄金色に輝く光の海が見えてくる。それは温かく、玲司の心をゆったりと癒してくれる。

玲司は心の奥から湧いてくる幸せに浸っていた。こんな素敵な世界に深呼吸を繰り返すだけでたどり着けるとは……。

気がつくと、自分が地球と一体になっていた。この世界に息づく全ての物が地球を介して自分の周りを包んでいる。その全てがくっきりと浮かび上がってきた。

そして始めて玲司はこの世界の本当の姿を知る。

そう、地球とはシステムだったのだ。こうやって多くの色や形をそして命を統合的に映し出すシステム、それが地球なのだ。命と命が形を通じて関わり、ぶつかり、そして時には消し去る……。

玲司はゾーンの中でその全てを直感的に理解する。

すると、遠くの方から一つの命が近づいてくるのが分かる。

玲司はそちらの方に指を伸ばし、意識を向けてみるとそのデータが頭に流れ込んでくる。ゴブリンだ。

さっきの爆発音に気が付いて調べに来たのだろう。

管理者権限をもらった玲司は、ゴブリンのデータを自由に書き換えることができる。吹き飛ばすこともワープさせることも、温度を上げたり下げたりすることも自由だった。

玲司は温度の設定に意識を合わせ、それを千度に設定する。

ズーーン!

ゴブリンは轟音を上げて吹き飛んだ。

玲司は初めてチート魔法とも呼べる管理者権限による攻撃を理解し、成功させたのだった。

42. 地球あげるよ

「うん、まあまあなのだ」

ミゥは腕を組んでうなずいた。

玲司は自分の身体に意識を向けてみる。位置座標、速度、重力適用度、体温、身長に体重、皮膚の色から各筋肉の量、関節の可動域までありとあらゆるデータが並んでいる。

試しに重力適用度を0%にしてみると、ふわっと体が浮いた。無重力になったのだ。今朝、シアンがいじっていたのはこれだろう。

玲司はそのまま座標を百メートルほど上空に書き換えてみる。するとブワッと草原の全貌が視界に広がった。ちゃんと草原の上空にワープしたようだ。下を見ると小さくミゥとシアンが見える。

ミゥは降りて来いと手招きしているようだったが、生まれて初めて空を飛んだのだ。もうちょっと遊ばせてもらおう。

玲司は今度は速度をいじってみる。穏やかな青空の気持ちの良い空を飛び始める玲司。さわやかな風が頬をなで、シャツをバタバタとはためかせる。

嬉しくなった玲司はさらに速度を上げていく。

ヒャッハー!

川を超え、草原はやがて森となり、目の前に大きな山が立ちふさがってくる。

腕を開けば飛行機の方向のように操縦ができることに気が付いた玲司は、大きく腕を開いて上方に進路を取った。

山肌すれすれに大空へと飛び上がっていく玲司。そしてそのまま真っ白な雲に突っ込んでいく。

ボシュっと雲を抜けると一面の青空が広がり、燦燦さんさんと輝く太陽が玲司を照らした。

おぉ……。

玲司は雲の上でクルクルと回転して大空を舞う喜びを全身で表現する。

しかし、さすがに寒い。玲司は自分の身体に意識を集中し、シールドを探してみる。すると、その要求に反応して自動で玲司の身体の周りに薄い膜が張られた。

「こりゃいいね!」

玲司は上機嫌でさらに高度を上げてみる。まるで太陽に呼ばれるようにどんどんと宇宙に向けて加速していった。

玲司の周りにドーナツ状の白い雲の輪が湧き上がり、直後、ドン! という衝撃音が走る。音速を超えたのだ。

頭上のシールドの外側は圧縮された空気が高熱を発し、鈍く赤く輝き始める。

調子に乗った玲司はさらに速度を増していった。どんどんと小さくなっていく山々の連なり。そして、青空は一気に暗くなり、地平線は青くかすみ、玲司は大気圏を突破した。

星々が輝き始める空を見ながら、玲司はこの数奇な運命を感慨深く思う。この世に生まれて十六年。まさか自分が異世界で空を飛ぶなんて想像もできなかった。でも、世界のことわりを知ってしまった今では、実に自然で当たり前のように感じてしまう。

世界は情報でできている。それを知り、情報を扱えさえすればもはや神同然になれる。

玲司は美しく青白い弧を描く地平線を見ながら、この世界の真実を身体全体で感じていた。

『いつまで遊んでるのだ!』

ミゥのテレパシーが頭の中に響く。

玲司は慌てて戻ろうと思って下を見たが、そこには山々とそれを覆う雲の列がたなびいているばかりだった。

しまった。どこに戻ればいいかが分からない。玲司が途方に暮れているとオレンジ色の光がツーっと飛んでくる。

え?

やがて光の点は大きくなり、その姿を露わにする。それは青い髪をした女の子だった。

『シアン!』

玲司は大きく手を振る。

『ご主人様、迎えに来たゾ』

シアンは屈託のない笑顔でにっこりと笑いながらそばまで来ると、両手で玲司の手をつかんだ。

『ごめんごめん、帰り方分からなくなっちゃってさぁ』

『ふふっ、ミゥが待ってるゾ。一緒に帰ろ』

『うん、それにしてもこの景色、綺麗だよね』

玲司は、弧を描く地平線を指さす。それは漆黒の星空をバックに青い大気のかすみを纏いながら優美に光り輝いていた。

『なに? 地球欲しくなった? 僕が一つあげようか?』

シアンがいたずらっ子の顔をしてニヤリと笑う。

『あ、いや、そういう意味じゃないんだけど』

玲司は野心的なシアンの言葉に少し動揺しつつ首を振った。地球をくれるってどういう意味だろうか? 思い起こせば今回の騒動の発端も、こいつが世界征服をするなんて言い出したことにあったのだった。

玲司はシアンのAIらしい常識外れの発想に肩をすくめる。

『欲しくなったらいつでも言ってね』

シアンはそう言ってウィンクすると、玲司の手を引っ張って下降を始めた。

43. 対管理者向け決戦兵器

景色は満天の星々から一気に雲を抜け、森を超え、ゴブリンの草原へと変わり、二人はミゥの元へと戻ってきた。

玲司はミゥに手を振り、かっこよく着地しようとしたが目測を誤り無様ぶざまに草原をゴロゴロと転がった。飛行機事故も大半は着陸時に起こる。それだけ着陸は難しいのだった。

いててて……。

玲司は照れ笑いをしながらゆっくりと身体を起こす。

草原にはさわやかな風が吹き、サワサワと草葉の触れ合う音を奏でながらウェーブを作っている。

宇宙からの眺めも良かったが、地上の音や風のある世界の方が自分は好きかもしれない。そんなことを思いながら玲司は辺りを見回した。

「勝手に飛ばないで」

ミゥはジト目で玲司を見る。

「ごめんごめん、でも上手くできてたろ?」

「フッ、着地できない人は上手いとは言わないのだ」

鼻で笑うミゥだったが、研修としては合格なのだろう。それ以上は突っ込まれなかった。

「でも、少しは役に立ちそうでしょ?」

玲司がちょっと自慢気に聞くと、

「はははっ。それは管理者なめすぎなのだ。管理者権限持ってる相手には普通の攻撃は全く効かないのだ」

え?

「君も私もそうだけど、管理者は物理攻撃無効なのだ」

「物理攻撃無効!?」

「着陸失敗して君はケガした?」

「えっ? ケガ?」

玲司は急いで派手に裂けたシャツやスウェットパンツを見てみたが、肌にはかすり傷一つついていなかった。

「あれ? 痛かったのに……」

「一応痛覚は残しておかないといろいろ困るのだ」

ミゥはそう言いながら破れたところに手をかざして、修復していった。

「お、おぉ、ありがとう」

「これくらいは早くできるようになるのだ。これで出来上がり……、あぁ、こんなところに汚れが!」

玲司は甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるミゥの美しい横顔をぼーっと眺め、美空とは違う魅力を感じていた。同じミリエルの分身なのにやはりそれぞれオリジナルな魅力がにじみ出てくるのだ。

よく考えたら一卵性双生児だって性格が全く一緒な訳じゃないから、当たり前なのかもしれない。

「……、……。ねぇ? 聞いてるの?」

ぼーっとしていたら怒られてしまった。

「あ、ごめん。何だったかな?」

「んもぉ! だから普通の攻撃したってダメージ行かないし、相手の属性はロックされていじれないって言ったのだ」

ミゥは口をとがらせて言う。

「じゃあ、どうやってゾルタンを捕まえるの?」

「空間ごとロックして閉じ込めるか、奴のセキュリティをハックするツールを使って突破するかしかないのだ」

「ツール?」

「例えば、こんなのなのだ」

ミゥはそう言うと指先で空間に裂け目を作り、手を突っ込んで一振りの日本刀を引っ張り出した。

「に、日本刀!?」

「これは【影切康光】、対管理者向け決戦兵器なのだ。よく見てるのだ」

ミゥが【影切康光】を構えると、その美しい刃文の浮かぶ刀身がブワッと青白い光を纏った。

「おぉ……」

「この青い炎みたいなやつがツールの概念なのだ」

「概念?」

「実際にはハッキングのコード群なんだけど、そんなの目に見えないからこういう特殊効果にして表示してるのだ」

「何だかよく分かんないけど、これをゾルタンの身体に当てれば勝ちってこと?」

「そうなのだ。運がいいとロックが解除されてダメージを与えられるのだ。試しにちょっと斬ってやるからそこになおれなのだ」

ミゥはニヤッと笑うと【影切康光】を振りかぶった。

「いやちょっと、身体壊されるんでしょ? 止めてよ!」

「ビリっとするだけ、ビリっとするだけなのだ」

ミゥはとても楽しそうに言う。せっかく出した【影切康光】を使いたくて仕方ないようだった。

「ちょっと、シアン、助けて!」

横で退屈そうに浮いていたシアンのうでにしがみつく。

シアンはニヤッと笑うと、

「おぉ、じゃぁミゥちゃん、僕に斬りかかって来るといいゾ」

といいながら、地面に降り立ち、ファイティングポーズを取った。

「え? シアンちゃんは素手?」

「ふふん、僕は素手でも強いゾ」

シアンは碧眼をキラっと光らせて言った。

しばらくにらみ合う両者、ピリピリとした緊張感が辺りを包む。

一陣の風がビュゥッと吹いた時だった。

「チェスト――――!」

ミゥは目にもとまらぬ速さで【影切康光】を振り下ろす。

キィィィーーン!

直後、【影切康光】はクルクルと宙を舞い、草原の中にズサッと落ちた。

え?

速すぎて目には見えなかったが、シアンがこぶしで【影切康光】を横から叩き落したようだった。

「う、うそ……」

「どう? 僕は少しは役に立つでしょ?」

ドヤ顔のシアンに、ミゥは呆然と自分の両手を眺め、ゆっくりとうなずいた。

その後、玲司はいろいろとツールの使い方を教えてもらった。しかし、玲司はいくらやっても【影切康光】の刀身を光らせる事が出来なかった。

「ふぅ……。簡単じゃないんだね」

玲司は大きく息をつき、首を振る。

「これでもね、あたしはずいぶん頑張ってきたのだ。でも、ゾルタンはまだ捕まえられてないくらい難問なのだ」

ミゥは悔しさに耐えるように唇を噛み、こぶしをグッと握った。

玲司はうなだれ、大きく息をつく。そして、宇宙まで行って浮かれていた自分をちょっと反省した。どこにいるかもわからない、見つけてもワープされたら逃げられる。そして決戦兵器を当てても確率だという。なるほど無理ゲーである。

「うなだれてないで。何事も練習。ツールは後にして、基本の通常攻撃を復習なのだ」

そう言ってミゥはシアンに、

「シアンちゃん、ちょっと魔物呼んできて」

と、頼んだ。

「はいはーい!」

シアンは嬉しそうにビシッと敬礼すると、ピョンと跳びあがり、ビュンと目にもとまらぬ速さですっ飛んでいった。

44. ヴィーナシアン

あっという間に丘の向こうへと消えていってしまったシアンの方をぼんやりと眺めながら、玲司は聞いた。

「この辺にはどういう魔物がいるの?」

「オークとか、コボルトとか……、稀にオーガも出るのだ」

まるでラノベやアニメに出てきた世界そのままである。

「オーガ……。そういう魔物は誰が作ってるの?」

「設定だけやっておくと、後はシステムが自動生成してくれるのだ」

「ふぅん、便利だね。でもなんで魔物と魔法を追加したの?」

「いろんな設定の中で人類がどうやって独自の文化を築いていくのか、というデータ取りなのだ」

「はぁ、実験……なのか」

魔物を配置し、魔法を使えるようにすることがただのデータ取りなんだそうだ。玲司は言いようのない違和感を抱き、眉をひそめる。なぜそんなことをするのだろうか?

「地球は一万個もあるのだ、Everzaエベルツァならではの文化を作らないと埋もれておとりつぶしになってしまうのだ」

ミゥは肩をすくめる。

「おとりつぶし!? 消されちゃうの?」

「そうなのだ」

「えっ!? 一体だれが?」

玲司は驚いた。地球が消される、それは悪い奴が壊すとかならわかるが、地球運営側がやるというのだ。そんなことがあっていいものだろうか?

「まぁ、いろいろあるんだけど、最終的には金星のお方なのだ」

「き、金星?」

玲司はいきなり出てきた惑星の名前に驚く。海王星だけで終わっていなかったのだ。玲司はこの世界を取り巻くとんでもない不思議な構造に言葉を失った。

要は金星の人たちが海王星の人たちに地球を作らせて文化文明を発達させている。そして、出来の悪い地球は消すという事らしい。一体なぜそんなことになっているのか玲司は見当もつかず、静かに首を振った。

すると、遠くの方で、打ち上げ花火のようにドン! ドーン! と爆発音が響いた。きっとシアンだろう。一体何をやっているのだろうか?

玲司は眉をひそめてミゥと顔を見合わせる。

すると遠くの方からズズズズと地鳴りが聞こえてきた。

「な、なんなのだこれは?」

よく目を凝らしてみると、遠くの方から土煙をまき上げながら魔物の大群が押し寄せてくるのが見えた。それはゴブリンやオークだけでなく、サイクロプスやゴーレムなど、レアな巨大魔物も混じっている。

玲司は真っ青になった。

「ど、どうしよう?」

こんな多量に押し寄せてくるのを、一匹ずつ照準合わせて倒していたのでは間に合わない。

すると、シアンがツーっと飛んできて、

「呼んできたゾ!」

と、嬉しそうに報告する。

「いや、ちょっと、呼びすぎだよ! あんなのどうやって倒すのさ!」

玲司は頭を抱えて怒る。

それを見たミゥは、苦笑いをして言った。
 
「君にはまだ荷が重いか。じゃ、シアンちゃんやってみるのだ」

「はいはーい! シアンにお任せ。きゃははは!」

シアンは嬉しそうにくるりと回り、ピースサインを横にしてポーズを決める。まるでどこかのアニメのヒロインみたいだ。

そして、腕を高く掲げ目を閉じるシアン。

あんなたくさんの魔物を一体どうやって倒すつもりなのか。玲司は不思議に思いながら見ていると、シアンはパチンと指を鳴らした。

直後、激烈な閃光が走り、全てを焼き尽くす熱線が一行を貫いた。

それはまるで核爆弾が炸裂したように、莫大なエネルギーが草原を、その周りの森を一斉に炎へと変えた。

アチ――――ッ!

玲司の服も一瞬で燃え上がり、あまりの熱さに身もだえる。物理攻撃無効でなければ即死だった。

あわてて巨大なシャボン玉のようなシールドを張るミゥだったが、直後に強烈な衝撃波が一行を襲い、シールドごと吹き飛ばした。

ぐはぁ! ヒィ! きゃははは!

一行はゴルフクラブで叩かれたボールのように一直線に大空に向ってはじかれる。そして、上空高く舞い上がると、数キロ先の森へと墜落していった。

木々がなぎ倒された森の上で何度かバウンドしたシールドは、やがてゴロゴロと転がって止まる。無数の小石が空から降り注ぎ、シールドに当たってパラパラと音を立てていた。

玲司がそっと目を開けると、そこには紅蓮の炎を集めた巨大なキノコ雲が赤黒く光りながら空へとたち上っている。

魔物を倒すためだけに森を焦土に変え、一帯を地獄絵図に落とし込んだシアンの滅茶苦茶さに、玲司は呆然としながら、ただ禍々しいキノコ雲を眺めていた。

45. インチキ神主

「なんでこんなことに……」

玲司が起き上がろうと手をつくと、生々しいムニュっとした柔らかな手触りがする。それはまるで手に吸い付くようなしっとりとした感触で、天国に上るかのような至高の触り心地だった。

んむ?

ついこないだ似たようなことがなかっただろうか? そう、それは大手町で……。

「ちょっと! 何すんのだ!」

バシッと玲司の手がはじかれる。

あ、こ、これは……。

ミゥは焼け焦げてボロボロになった服で胸を隠し、涙目になって玲司をにらむ。

「ご、ごめん。不可抗力だよ。今は緊急事態。ねっ!」

「このエッチ!」

バチーン!

と、ビンタが玲司に頬にさく裂する。

あひぃ!

ミゥは、

「レイプされたのだ! うわぁぁぁん!」

と大声で泣き叫ぶと、隣のシアンに抱き着いた。シアンのサイバースーツはきれいさっぱり服が燃え尽き、かけら一つも残っていなかった。

「おぉ、ヨシヨシ。どこ触られた?」

シアンは透き通るような神々しいまでの裸体を晒しながら、聖母のスマイルでミゥを受け入れると、

「清めたまえー、はらいたまえー」

と、インチキ神主みたいなことを言いながら、触られたところをやさしくなでていく。

そして、ミゥの服を丁寧に復元してあげていった。

玲司はなぜこんなにラッキースケベな展開になるのか訳が分からず、

「ごめんよぉ。悪気はなかったんだ」

と、頭を下げる。

「美空ねぇに言いつけてやるのだ! うわぁぁぁん!」

ミゥはそう叫ぶとシアンの胸に顔をうずめ、しばらく動かなくなった。

玲司は渋い顔をしながら吹き上がっていく灼熱のキノコ雲を見上げる。

シアンがまたやらかしたその禍々しいせん滅の象徴をにらみながら、玲司はキュッと唇をかんだ。シアンに頼みごとをするときは、何をするつもりなのか聞いて確認をしようと心に誓ったのだった。

ミゥが落ち着いた後、一行は爆心地の巨大なクレーターの縁にやってきた。

直径数百メートルはあろうかという大地にぽっかりと開いた穴には、魔物たちの影など何も残っていない。上空高く吹き上がっていったキノコ雲からは豪雨が降り注ぎ、傘代わりに上空に展開したシールドからは滝のように水が流れてくる。焦げ臭い風がビュゥと吹き抜け、再生させたシアンの腰マントがバタバタとはためいた。

「シアンちゃん、一体何やったらこうなるのだ?」

ミゥは呆れ果てた顔で聞いた。

シアンは足元に転がっていた半分焦げた木の枝を拾いながら答える。

「オークの体温をMAXにしただけ。そしたら百億度になってしまったゾ」

「ひゃ、百億度!? システムで設定上限は一万度なのだ。なんでそんな値に?」

「バグじゃない? きゃははは!」

楽しそうに木の枝をビュンビュンと振り回しながら笑うシアンを見つめ、ミゥは渋い顔で、

「今日はもう撤退。ちょっと目立ちすぎたのだ」

と、疲れ切った表情で首を振った。

一行は街にあるミゥのオフィスへ跳んだ。閑静な高級住宅地に並ぶ石づくりの立派な建物は、中に入ればミリエルの部屋と同じモダンなつくりだった。

「うわぁ、素敵なところだね……」

玲司はそう言ってガラスづくりの大きな会議テーブルをなでる。窓の外を見ると豪奢な純白の宮殿が見えた。王宮だろうか? 大きく彫られた幻獣のレリーフが格調の高さを演出している。

「ちょっとコーヒーでも飲んでて。用事済ませたらディナーに行くのだ」

ミゥはそう言ってコーヒーをシアンにすすめた。

「あれ? 俺のは?」

「自分で入れたら?」

ミゥはプリプリとしたままで、キッと玲司をにらむと、バタン! と思いっきりドアを叩きつけるようにして出ていった。

玲司はシアンと目を合わせ、肩をすくめる。

「はい、じゃあコーヒーコピーしてあげるゾ」

シアンはそう言うと、まるでマジシャンのようにマグカップのコーヒーを一瞬で二つにして玲司に渡した。

「ちょっと! それ、どうやるの?」

あまりに異様な事態に玲司は唖然とした。

「ただ、コーヒー選んでコピーってやるだけだゾ」

そう言ってコーヒーを一口すすり、幸せそうに微笑んだ。

「そか、この世界デジタルだもんな」

「あー、でも、複製品はやっぱり味が少し落ちるんだよね」

「え?」

「まあ、些細な差だからご主人様には分からないゾ」

シアンはニコニコしながら言った。

「いやいや、俺は違いの分かる男だぞ!」

そう言ってシアンのマグカップを奪い取った。

神妙な顔で何度も飲み比べる玲司だったが……、やがて首を傾げたまま固まってしまう。

シアンはそんな玲司を嬉しそうに見ていた。

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