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あの娘のキスはピリリと魔法の味 ~世界は今、彼女の唇に託された~23

23. 百万匹の脅威

 壁を抜けるとそこは暗闇に沈む広大な空間になっていた。

 コンクリート打ちっぱなしの硬い床を歩くと、コツコツと高い音を立てる足音が反響して辺りに響きわたる。

「ここは……?」

 シーンと静まり返るその空間には、暗闇の中に何かがたくさん並んでいる。

 紗雪はライトの魔法でフロアを照らし出し、あまりのことにギョッとする。何とそこには大小織り交ぜて無数の魔物が陳列されていたのだった。

「な、なんだこりゃぁ」

 英斗はその異様な空間に背筋がゾッとした。

 オーガやゴリラ、サイクロプスだけでなく、見たこともない大蛇やフクロウにコウモリなど凶悪な面構えをした魔物が静かに微動だにせず並んでいた。

 最初は剝製はくせいかとも思ったが、体表は温かく熱を帯びており、いつ動き出してもおかしくなかった。

「魔物の研究室かもしれんな」

 レヴィアが腰をさすりながら言う。

「研究室?」

「ここで新たな魔物を創り出し、それを量産して魔王軍にするんじゃろう」

 確かに見渡す限り同じものはなく、全部別の魔物だった。ここで作っているというよりは研究目的の方がぴったりくる。しかし、どうやって創り、量産しているのだろうか? まさに魔王軍の強さの秘密がこの研究室に隠されていそうだった。

 一行は静かに魔物たちの間をぬい、奥を目指す。

 最奥までいくと、手術台のようなステージが見えてくる。よく見ると、多くの機械がびっしりと並んでいた。どうやらここで新たな魔物を創るようだったが、これだけでは何とも言えなかった。

 レヴィアは興味深そうに機械を観察していくが、それはバイオ的な機械というよりは発電所のようなエネルギー系の機械であり、なぜ巨大電力で魔物が生まれるのか首をひねるばかりだった。

 これを見ると魔物は生き物ではないということになる。魔物は倒すと魔石になって転がるので生き物ではないのではないか、とは言われていたが、それを補強する証拠といえそうだ。

 さらに、散らばっているメモ書きを読み込んでいくと、ここ数年で魔物の生産速度が飛躍的に向上していることが分かった。単純に計算してみて百万匹に達する数が生産されたことになる。

「百万匹!?」

 英斗は青い顔をして叫んだ。昨日の大攻勢でも十万匹しか倒していない。残る九十万匹はどこへ行ってしまったのだろうか?

 世界を簡単に焼き尽くせる圧倒的な武力がどこかに隠されている。その事実に一行は言葉を失い、お互い顔を見合わせ、腕組みをして考えこんだ。

 この空間にいるのだとしたらとっくに現れていてもおかしくないが、魔王城の警備は比較的手薄だった。となると、地球にすでに送り込んでいることになるが、そんな話は聞いたこともない。一体どうなっているのだろうか?

 九十万匹の大軍隊が地球のどこかに秘かに配備されているかもしれない。その可能性に英斗は胸が苦しくなり、思わず深呼吸を繰り返した。

 今ここで魔王を仕留めない限り、人類滅亡は避けられないかもしれない。魔王城攻略の重要性は一気に高まってしまった。

「とりあえず、こいつら焼いちゃっていいですか?」

 紗雪は不機嫌そうにレヴィアに聞く。

 確かにこの数百匹の魔物たちが動き出したらとんでもない事になる。停止している間に叩くというのが得策だろう。

 レヴィアはニヤッと笑い、

「よし、大暴れしてやるか!」

 と、真紅の瞳に決意の色をにじませて叫んだ。

 紗雪は手術台の上にピョンと跳び乗るとそこから魔物たちに向けて炎の魔法陣を次々と描いていく。オレンジ色に燃え上がるかのような輝きを帯びた魔法陣は、暗い空間を煌々と照らし、刹那、無数放たれる炎の槍はまるで花火のように美しい輝きを放ちながら次々と魔物たちに襲いかかる。

 着弾した炎の槍は魔物たちを吹き飛ばし、燃やし、隅へと変えていく。

 レヴィアはドラゴン化し、フロアに降りると、重低音の咆哮を放つ。ビリビリと手術台は揺れ、英斗は思わずしゃがみ込む。

 不気味に光る巨大な牙の並んだ口をパカッと開けたレヴィアは、入口の方の天井めがけてドラゴンブレスを放った。鮮烈なエネルギーの奔流は天井を直撃し、やがて溶岩のような輝きを放ちながらどんどんと溶けだしてくる。こうなると魔王城も弱い。上のフロアの床も抜け、瓦礫が降り注ぎ始めた。形勢逆転である。

 グワッハッハーーーー!

 レヴィアの豪快な笑いがフロア中に響き渡る。

 英斗は二人の圧倒的な破壊力に気おされ、手術台の裏で小さくなっていた。

 ただ、魔王としたら魔王城内でここまでの破壊活動をされてはたまらないはずだ。きっと何か手を打ってくるだろう。

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