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歯が折れた

人生において病院に行くほどのケガをしたのは3回しかないが、その3回、いずれもが仕事中で、労災が適用された。

うち一つはこれ
   ↓

もう一つは出先で転んで前歯を折った。

厄年だったので32歳のときのこと。出張先のとある政令指定都市の駅前でお年寄りが尻もちをついていた。あらあらと手助けして、「雨が降った後なので滑りやすいから気を付けてくださいね」と言った5分後に、自分が転んだ。

両手に取引先から預かった資料を持っていて、とっさに手が出なかった。顔面からアスファルトに倒れ込んで、前歯が2本折れ、左のほほ骨から顎にかけて結構な傷をこさえた。

どなたかが呼んでくださった救急車がすぐに到着したが、その数日前に、くだらないことで救急車を呼びすぎるから、現場は大変なことになっているというニュースを見たばかりだった。

「転んだくらいで、ご多忙な皆様のお手を煩わせるわけにはいきませぬ」と、乗車を断った。

そしたら救急隊員のおじさんが「あんた余裕だねぇ~ かなりの重症だよ。いいから乗ってけ」と〇〇大学附属病院という、たいそう立派な病院に連れて行ってくれた。

回された口腔外科では、同世代のびっくりするようなイケメンの先生が出てきた。鼻を折ったときのオスカル先生といい、私は美形のお医者さんに遭遇する率が高いのである。

診察台に顎をのせ、口を開きながら、こんなステキな人を前に、前歯の折れたマヌケ面をさらさねばならぬ自分が哀れで泣けてきた。どうしてこんな出会いなんだろう、せめて歯があればもう少しマシなのにと。

イケメン先生は診療中、ずっと静かに涙を流している私に「大丈夫ですよ、綺麗に治りますからね」

「今は技術が進んでいるから安心してください。お顔の傷も跡が残らないようにするから大丈夫ですよ」

と、何度も励ましてくれた。

その優しさが身に染みて、ますます涙が止まらない。

それにしてもやたら「大丈夫」を連発する先生だな思っていたら「精神的ショックは大きいと思いますが」とケガの状態を説明し始めた。

誤解されていたのである。もちろん、「あなたに前歯のないマヌケ顔を見られたことがショックでして」とは言わずに、ケガして弱っている女然として、楚々としていた。

そのままこのイケメン先生に、顔の擦り傷にも褥瘡用のパットを貼ってもらい、マスクをして、なかなかな感じで会社に戻ったら、残業していた隣の部の部長さんが驚いて、所属長に連絡が行ってしまった。

近場で飲んでいい気持ちになっていた部長は、戻ろうか?と電話をくれたが、大したことがないとわかると「明日、お前にいいものをやる」と電話を切った。

翌朝、出社したら、机の上に、昨日の日付、つまり転んだ日の朝刊に載っていた「今の子供は運動神経が悪くて、転んでも手が前に出ず、顔面を怪我してしまう」という内容の新聞記事の切り抜きが置いてあった。いいものってこれかい、と呆れた。

そうそう、傷口に貼ってもらった褥瘡用のパットの効果は素晴らしかった。イケメン先生のいうとおり、顔に傷跡はまったく残らなかった。開発してくださった方、ありがとう。


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