長編恋愛小説【東京days】11(第一章 九月)

この作品は過去に書き上げた長編恋愛小説です。

第一章 九月

僕の働く職場から奈美の暮らすマンションまでは徒歩五分ほどの距離だ。
奈美の優しさにも便乗して甘えている僕。

『私の部屋から通っていいよ。来たいとき、泊まりたいとき、いつでもいいから』


その言葉を聞いて以来、一週間のうちの半分は奈美の部屋で暮らしている。
俗にいう半同棲というものだ。


奈美は僕のどこが気に入ったのか・・・。
こんなにも想ってくれている。そして今ではすっかりと僕のほうが、彼女の虜になってしまっている。


いつも隣に奈美が居る。

常に眼に映る奈美の姿。

奈美が居る当たり前の日々を繰り返しているうちに、僕の心にひとつの想いが再び過る。
同棲を始めたい。


一緒にこの部屋で暮らしたい。

思いきって奈美に打ち明けてみよう。目まぐるしく過ぎていく互いの時間。


忙しさの合間をぬって奈美と向き合い、奈美の居る空間の中、僕は僕で作品のプロットを考える。


べージュ系の円形の机は、木目が粗削りで力強さと雑さを強く印象づけている。
机の中央に置かれた一輪挿しのポトスが透明の容器におとなしく身を委ねている。

原稿用紙が散乱する。

とりあえず書き上げたものを奈美に渡して、パソコンに文字を打ち込んでもらう。


ベッドとは正反対に位置する片隅の中央の机で、いつも僕たちは意見を提案しあって作品の充実に努めている。


奈美は学生時代に文芸部の部長に選任され、文芸誌の編集長にも抜擢されている。

悪戦苦闘しながらも編集作業に追われ、サークル仲間のまとめ役も買ってでていたらしい。


どうりで文章がうまいはずだ。
詩を書いたことがないなんて怪しいものだ。

『どうしたの?』
『いや、少し考え事をしていたんだ』
奈美が思い出したかのように、顔を上げて言った。
『そういえば詩の感想、まだ聞いてないけど』
『ごめん。そうだったね』

そう答えた僕は腕を組んだ。真剣な表情の奈美に目を見張る。


『粗削りだけど、センスはあるよ。文章力はたいしたものだよ』
『本当に・・・』
『うん。素質はあるかな』
奈美は満面の笑みで話しかけてきた。
『プロの作家になれるかなぁ』


『勉強したら可能性はあると思うよ。小説家というよりエッセイストに向いているんじゃないかなぁ』
『ありがとう』

奈美と僕は再び、作品づくりに没頭した。かけがえのない共有する時間。


ずっとひとりでやってきた僕の心は充実感という陽だまりに誘われて、今にも眠ってしまいそうだった。


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