中編純愛小説【好きを伝えきれなくて】1

過去に書いた中編純愛小説です。


樹齢百年以上だろうか・・・。

随分と昔からこの場所に立っている気がしてならない。

麻倉涼は桜の木に背もたれしながら、木々の枝先の切れ間から射し込む太陽の光を顔に浴びながら、ぼんやりと空を眺めていた。

透き通るコバルトブルーが様々な形状をなす白い雲を際立てている。

涼は大きく深呼吸をした。

そっと瞼を閉じて幾度となく繰り返したのち、視線を少し落とした。

誇らしくも見事な咲かせっぷりを観る者すべてに魅了するかのように咲いている桜の花びらが、風に吹かれては時折、枝から分離して空中を舞う。

舞う姿までもが美しく聡明なまでに輝きを放ち、引力に従い地面へ落下してゆく。

涼はそっと桜の花びらを掌で掬った。

この桜の木は日本の歴史の変動をじっと黙って眺めていたのだろう。

桜の木の周辺には人口によるものだろうか、芝生が丁寧に列をなし、延々とその列は乱れることなく続いている。

四月中旬、涼は新しく人生を切るために就職先として読書好きも高じて大型書店を選んだ。

選んだ理由は本が好きなこともあるが、これまでに経験していない分野に取り組みたい願望が何よりも強かった。

涼は再び、桜の木に背もたれした。

正面に眼を見やるとグラウンドがある。

静まり返ったグラウンドだが、本来一般とされる二倍の大きさはあるだろうか。

休日にもなると子供たちの歓声が鳴り止まない。

この時期になると家族連れや恋人たちで賑わう。

見晴らしがよく近隣には有名な寺院が建立し、月参りの日には参拝客でごった返す。

涼は誰もいないグラウンドを見渡す。

一切の音が遮られ、時折、吹いては止み、また吹いては止みを繰り返す強風の音だけがグラウンドを包み込む。

強風に耐えきれずに枝からぷつりと桜の花びらが砂塵と共に舞う。

涼は掌を重ねて丁寧に両手で桜の花びらを掬いあげた。

グラウンドを後にしようと足を一歩、前へと歩ませる。

握り締めた手の平のなかには、押し花のように桜の花びらが数枚、じっとおとなしく寝転んでいた。

涼はこのグラウンドに来ることが今ではすっかりと日課になっていた。

雨の日も必ず、この場所へ訪れた。

涼がこの書店で働き始めて一ヶ月が過ぎた頃、ひとりの女性が花を眺めては立ち尽くす涼に声を掛けたのが切っ掛けで、ふたりの関係は深まってゆくことになる。

それぞれが心に深い傷を抱えているなんて勿論、この時のふたりが知ることなんてあり得なかった。

風間愛もまた日課であるかのように、この場所へ来ることが当たり前となっていた。

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