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SHEDBUG インタビュー 『ローファイ・ハウスとその先の世界』

イントロダクション : 

 2024年1月7日、ダンスミュージック界で注目されるアーティスト、SHEDBUG (SALTMINE)に焦点を当てたインタビューを、彼のオーストラリア時代の友人で日本在住のMALWAREとウェブで行いました。

 現在オーストラリアとベルリンで活躍するSHEDBUGは、元々ローファイ系ダンス・ミュージック音楽を手掛けていましたが、今は新しい音楽スタイルに取り組んでいます。彼の音楽キャリアの始まりから現在までの道のり、そして音楽への情熱について語ってもらいました。この記事を通じて、彼の音楽とダンスミュージックへの貢献をより多くの人々に知ってもらいたいと思います。

 SHEDBUGは、彼の音楽キャリアを若い頃のDJ体験から始め、オーストラリアとベルリンでの活動を通じて独自の音楽スタイルを確立しました。彼の音楽は現在、新しい方向性を追求しており、2024年2月10日に西船橋・熱帯夜で行われる来日公演では、その新しい音楽を日本のファンに披露する予定です。この公演は、SHEDBUGの才能とダンスミュージックの魅力を日本の音楽ファンに広める絶好の機会となるでしょう。

聞き手 : Malware(Pacific State), DJ Pigeon


「ローファイにはパンクの美学があった」


DJ PIGEON :
 まず、2016年ごろのサウンドクラウド全盛期時代に記憶をさかのぼってみたいと思っています。当時は、安っぽいR&Bトラックをローファイに加工して、ドラムビートを足したローファイ・ハウスに溢れていました。誰もが即席で作った名前で音楽をアップロードしていて、たとえば、DJ ロングディック(長いチンコ)のような…

SHEDBUG : ははは.久しぶりに聞いた名前だね。DJ ロングディック。ヤツはシックだった。

DJ PIGEON : その頃、私はよく『グラマラス・ライフ』という曲をかけていました。あなたのSALTMINEレーベルの共同パートナー、ルドルフ・Cによるファーギー・サンプリングの曲です。その頃、音楽制作、特にローファイ・ミュージックに目覚めたきっかけは何でしたか?

SHEDBUG : あの曲の話は面白いね。ルドルフがあの曲を作ったとき、ベオグラード(セルビア)の変なAirbnbに泊まっていたんだ。正直言って、特にあの曲の編集は、本当に極端だった。ただ既存の曲にキック・ドラムを乗せて、歪ませたらどうだろう?というだけ。

 ローファイにのめり込んだ理由は、そのポジティブな点だと思う。
ローファイにはパンクの美学があった。特に僕が始めた頃は、その曲がクソでもよかったんだ。楽曲が超絶に洗練されている必要はなかった。

 その頃、僕が作っていたものの多くは、カセットテープで録音したり、AbletonのMasterに直接入れたりしていた。マスターを録音すると後で編集することもできないし、いじることもできない。だから自由だった。
音楽を作り始めたばかりのとき、これがいいのかどうか自分でもわからなくなることがあるが、ローファイなものを作っているときは、それが多少めちゃくちゃでも平気だったんだ。なによりキャッチーなアイデアの方が重要で、洗練されているかどうかではなかった。

 マルチトラックのやり方も知らない。機材がない。それでもいい。録音したら、あとは自分の選択で生きていくしかない。それは、アーティストとしてとても重要な部分だと思う。後で何かを変えたいという考えは、永遠につきまとうものだからね。クラブで自分がプロデュースした音楽を聴いて、「もっとこうすればよかった。ああすればよかった。」と思うことがあるが、ローファイはその考えを取り去ってしまう。これが自分自身のやったことの全てだと、作品がその場で証明してくれるからだ。

 ローファイがなかったら、僕は音楽を作ることすらできなかったと思う。いつまでたってもダメなまま。そして、作ったものをどこにも発表しなかっただろう。

MALWARE : 驚いたよ。たしかにそれはある意味、文章を書くことにも似てるね。編集して、編集して、でもどこかある時点で、それを何であれ世に発表しなければらない。

DJ PIGEON : ローファイ・ハウスの最盛期には、サンプリング主体で音楽を作るアーティストの他に、シンセを使った、よりディープでメランコリックなスタイルのハウスに焦点を当てたアーティストもいました。
あなたの音楽スタイルはその後者の方だったように思います。その時代にディープなトラックを作るようになったきっかけについて、詳しく教えてもらえますか?

SHEDBUG : 正直なところ、僕がメランコリックな音楽をやるようになったのは、サンプルを探すのが苦手だからだと思う。サンプルを探すのって、なんだかいつも難しいんだ。古いファンクのレコードを見つけて、それに合うようにするのが苦手。あるいは、何かを作って、それがそのスタイルになると、あまりにも作為的だと感じてしまうんだ。そういう音楽は好きなのに。

 それに、当時はハードウェアで遊ぶのが本当に楽しかったんだと思う。
今でもそうだ。たくさんのシンセサイザーを使って何かを作るのは本当に楽しいよ。

SHEDBUG

「その名前には意味がある」


DJ PIGEON :
ところで、フライヤーのDJ名を考えるのに苦労しているとき、あなたの友人がSHEDBUGという名前を提案したという話を聞きました。それは本当ですか?また、音楽制作を始める前はDJをしていたのですか?SHEDBUGと名乗る前のストーリーも聞きたいです。

SHEDBUG : そうだね。正直なところ、エレクトロニック・ミュージックをよく知る前に、まず間違いなくDJ自体に夢中になっていた。

MALWARE : ダンス・ミュージックにのめり込んだ初期のころの経緯と、そのきっかけは?

SHEDBUG : 技術的な興味からDJを始めたんだ。学校の合宿でDJにハマっている先生がいて、その先生に「どういうこと?あなたはただ他の人の音楽を鳴らしているだけでしょ。何をやってるの?何の意味があるんだ?」と思った。本当にくだらないし、変だと思ったから、興味を持ったんだ。でも、僕は15歳だったから、クラブ・カルチャーに対する知識が全くなかったんだ。
クラブ・カルチャーの概念なんて、インターネットで読んだことしかなかった。その後、音楽に興味を持つようになったんだけど、もともとダンス・ミュージックというものが好きだったんだと思う。ダンス・ミュージックがポップミュージックに登場したときからね。幼い頃、初めて手にしたCDはEiffel 65だったよ。

SHEDBUG : その後、Pirate Bayでエレクトロニック・ミュージックのコンピレーションを検索して、Beatportの存在を知って、エレクトロニック・ミュージックはここにあるんだと思ったんだ。そして、Beatportのトップ50をダウンロードしたんだ。ハウスやテクノという言葉も知らなかった。エレクトロニック・ミュージックは15年前よりもずっとポピュラーになったと思うから。僕はただ、自分がミックスできるビートのある音楽を探しているんだ、という感じだった。

SHEDBUG : そして18歳のときにリバティ・ソーシャルで初めてギグをやった。友人のテイラーがよく出かけていて、彼女がそのライブ箱を紹介してくれたんだ。最初のギグから、基本的にそこの住人のようだった。毎週通っていたんだ。そして、そこから発展していったんだと思う。ダンスや音楽、カルチャーにどんどんのめり込んでいった。そこで知り合った人たちみんなとね。

オーストラリア、メルボルンのリバティ・ソーシャルの風景

MALWARE : ああ、リバティ・ソーシャルでの日々の事を覚えているよ。あれは 素晴らしいひとときだった。馴染みのない読者のために、リバティ・ソーシャルのことをもう少し説明して欲しい。

SHEDBUG : リバティ・ソーシャルは、ナイトクラブというより家パーティーのような雰囲気で、とても面白かった。経営していた人たちは、ナイトクラブの文化やコミュニティーのことばかり考えていた。そして、ビジネスの経営については十分ではなかった。何でもありみたいなところがあった。また、彼らは常に物事を推し進めようとしていた。例えば、儲かるからとか、ビジネスになるからという理由でアーティストのブッキングをしていたわけではない。自分たちが好きなことを何でもやっていた。そして、多くの人がそれを受け入れてくれた。
 そして、多くの場所になじめないと感じていた多くの人々にとって、そこはとても居心地のいい場所だった。あそこに通っていた人たちの多くは、ゴスとか、そういうオルタナティヴな人たちだった。
 あるいは、自分たちが集まれる場所が他にないと感じていたり、居場所がないと感じていたりしていたみんなを大歓迎してくれた。しかも、そこは 薄汚いダイブ・バーみたいなものだった。だから何でもあり。いい人達にめぐまれて、本当に楽しかった。常連客もたくさんいて、それがこの店を特別なものにしていたと思う。

MALWARE : 間違いなく、本当にそうだね。当時のことはよく覚えてるよ。確かステューに木曜日にバンカーに来るように言われて、そこで出会ったんだ。それから週に2晩か3晩そこにいる週もあったね。いつ行っても違うことをやっていたから。

Gig at Mumbai

DJ PIGEON : その時からSHEDBUGとして活動するようになった?

SHEDBUG : ああ、僕はとても恥ずかしがり屋で、名前を考えるのも恥ずかしかったんだ。はじめてギグに誘われた時、DJネームが全然思い浮かばなかった。実家の物置でよくDJをしていた。そこにデッキがあったんだ。DJをやるか、マリファナを吸うか。全部小屋の中だった。いつも物置でたむろしていたよ。それで友達が、シェドバグ(物置の虫)ってどう?と提案した。

 僕がこの名前を選んだ理由は、この名前を僕自身が所有する必要がないと思ったからだ。もしみんなに嫌われたとしても 僕のせいじゃない。ただ、自分に対する責任を匿名の何者かに押し付けたかっただけなんだ。でも、明らかに予想より少し先に進んでしまった。

SHEDBUG : その後、楽曲のプロデュース業を始めたのは、DJだけではどこにも行けないと思ったからなんだ。曲をプロデュースすることで運を味方につけることもできるし、遺産を作ることもできると考えた。

 ナイトクラブのプロモーターを何人か見たけど、彼らがナイトクラブを経営していて、DJをやっていて、たくさんのギグを獲得していた時はクールだったけど、何らかの理由でナイトクラブの経営が終わると、突然その価値が失われ、そのナイトクラブに関連するナイトクラブがなくなってからは誰もブッキングしなくなるのを見た。

 でも、音楽をプロデュースしていると、そういうことはあまり起こらない。それは消えない。何年経ってもその音楽が好きな人はいる。その名前には意味があるからだ。

「RUDOLF Cとは15歳くらいの時からの知り合い」


MALWARE :
 素晴らしいね。ところで、SALTMINE共同主催のルドルフ・Cとの友情について、そして初期の頃にどのようにお互いを支え合っていたか教えていただけますか?

SHEDBUG : ルー(RUDOLF)とは15歳くらいの時から知り合いで、同じ高校に通っていたこともあって、同じ地域で、同じ友達グループ、そんな感じだったんだ。僕はダンス・ミュージックのプロダクションにのめり込んでいったんだけど、ルーはいつもローファイなヒップホップみたいなものを作るのに夢中だったんだ。MPCヒップホップみたいな感じ。

MALWARE : DJ SHADOW? MADLIBみたいな?

SHEDBUG : マッドリブだ! ビートもそう。でも、それらはいつもオブスキュアで奇妙なものだった。そして、彼はそれをどこかに持っていこうとはしていなかった、 人にラップしてもらおうとか。ただ好きだからやっていた。

 僕はただ、エレクトロニック・ミュージックを作るって、こういうことなんだなって思ったんだ、 エレクトロニック・ミュージックとヒップホップのプロダクション(ビート)は、同じような美学を共有していると思う。ドラムマシンやシンセサイザーなど、似たような機材をたくさん使って作っている。もちろん、ドラムマシンやシンセサイザーは音楽全体に広く使われているけれど、それらはエンジニア・ファーストの音楽みたいなものなんだ。 ギタリストがエンジニアリングのことを何も知らないようなロックとは対照的に、それを作り、プロデュースし、ミックスする人たちがいる。だから、ビートとエレクトロ・ミュージックの両者はいとこ同士のようなものなんだ。

 ルーのところに行ってお前のヒップホップのビートは素晴らしいけど、それを使って何かできるようになることはないだろうという話をしたんだ。エレクトロニック・ミュージックを作り始めたら、ギグもできるし、お金も手に入る。だから、僕はたくさんのDJをやっているという話をした。そして、彼は徐々にダンスミュージックにのめり込んでいき、最終的にはライブで演奏したりするようになったんだ。

 そして、お互いにローファイ・コミュニティーの中にいて、自分たちがクールだと思う音楽を出しているレーベルがないと感じていたから、このSALTMINEレーベルが生まれたんだ。長い間ローファイ・コミュニティにいたにもかかわらず、誰もサポートしてくれなかったし、プラットフォームもなかった。Soundcloudにアップされるだけで、なんとなくそれを祝福するコミュニティがあるだけだった。

Shedbug at Forest

MALWARE : 今、彼はドイツにいるけどどうやって連絡を取り合ってる?

SHEDBUG : 僕たちがどうやって連絡を取り合えてるかというと、インターネットが素晴らしいからだと思う。難しいところもあるけれど。
僕は最近は大学に行っているので、音楽活動やレーベル活動に思うように時間を割くことができませんが、それが終わったらきっと当時と同じような勢いで再開できると思います。楽しみにしているよ。そして旅ができるようなレベルで音楽ができることの素晴らしさは、旅に出る回数を増やすことで、自分の世界を狭くできることなんだ。少なくとも年に1回は会える。もっと会えたら最高だけどこれが現実かな。

「シラフでも楽しめるような音楽が好き」


DJ PIGEON :
ところで、あなたの音楽スタイルは、次第にフロアを意識したハードなものへと進化していっているように感じます。この変化をもたらした影響や要因は何だったのでしょうか?(Helena Haufのミックス・コンピレーションに収録されているあなたのトラックは、あのミックスにピッタリな雰囲気で最高でした!)

SHEDBUG : うん、興味深い質問だね。僕はいつも音楽の激しさを大切にしてきたと思う。だから、エレクトロニック・ミュージックで好きなのは、いつも多幸感や高揚感のある曲なんだ。文字通り、肌がピリピリするような。特にそういう激しさが好きなんだ。陶酔感とか、強烈な感覚とか。それはダンスという枠を少し超えたものだと思う。正直なところ、その激しさがどこから来たのかはわからない。ただ、ちょっとだけあるんだ。私はいつも物事をエスカレートさせようとしている。もっともっと、もっともっとって。でもね。僕のDJセットの多くは、ここ何年かでどんどん激しくなってきている。

プロダクションの面で、激しい音楽を作るのは本当に楽しいことだと思う。ちょっと焦るかもしれない。何か激しいことをやって、ああ、これは激しい。それを追いかけたい。そして、その気持ちが年々エスカレートしていくんだ。

DJ PIGEON : あなたのインスタグラムには「ついに12インチのParanoid London - Eating Glueを手に入れた!」と投稿していましたね!
もともと、そのようなシンプルなトラックが好きでしたか?また、今、あなたにインスピレーションを与えている曲を思いつきで5曲挙げるとしたら何ですか?

SHEDBUG : 正直なところ、今はドラムン・ベースにインスパイアされているんだ。なぜかわからないけど、速い音楽に夢中になっているんだ。昨日かけたのは、DillingerやGoldieやCalibreのような、ドラムンベースのビッグネームの曲ばかりだった。クールでニッチなものではなかったけど、本当に楽しかった。私の音楽のインスパイアの多くはここから来ていると思う。僕はとてもアクティブな精神の持ち主で、シラフでも楽しめるような音楽が好きなんだ。

1 : The Solid Collective - Can You Feel It (1995)
まったく古くならないオールドスクール・シット

2 : DJ Red Alert & Mike Slammer - Walking On Sunshine (1994)
ハードコア・ウィル・ネバー・ダイ

3 : Checkpoint 303 - London Fog by (2023)
1~2よりさらに影響を受けている

4 : The Orchard Enterprises - El suïcidi i el cant (2021)
この曲はマジでヤバい


5 : Dub Phizix - Whispers (2022)
これまたヤバイ

SHEDBUG : ミニマルでディープな音楽は…考えるスペースが多すぎて、正直、それで瞑想状態に入るのが苦手なんだ。だから、エレクトロやいろいろなことが起こっている音楽に惹かれる。例えばエレクトロの場合、曲は短く、フレーズは速く、変化も多い。だから、そういう面ではエンターテインメント性が高い。ただ、アシッドに関しては、ジャンルとしてアシッドはいつも最高だと思う。常にダンスフロアを魅了する。どんなダンス・フロアでも好まれる。ミニマルでもいい。パラノイドみたいな感じでもいい。パラノイド・ロンドンは606と303、たぶん909、それだけ。ちょっと変なボーカル。それ以外は必要ないんだ。一度、ギグで彼らの一人に会ったことがあるんだけど、クインだったと思う。彼いわく楽器がすべてアナログであることがサウンドに欠かせないものだという。そう、アシッドに一つ必要なのは決して失敗しないアシッド・ライン(メロディ)だけだと思う。どこにでも入れることができる。そしてそれが絶対勝利する。

MALWARE : 本当に。パワー・オブ・アシッド

SHEDBUG

「今後のプロジェクト計画」


DJ PIGEON :
 あなたは Of Paradise、Lobster Therimin、そしてあなた自身のSalt Minesなど、様々なレーベルから音楽をリリースしています。今現在、公開できる今後のプロジェクト計画を教えてもらえますか?

SHEDBUG : リリースに関しては、あまり予定はないんだ。やりたいアイデアはいくつかある。特にSALTMINEについては、正確には計画していないけれど、やってみたいことがあるんだ。

 例えば、SALTMINEのカタログ番号に注目している人なら、おそらく誰も気づかないだろうけど、SALTMINE #010 がないことに気づくかもしれない。というのも、僕とルドルフ・C、レプタント(当時はルー・カーシュだったかもしれない)、そして僕の友人ジェイコブの間でコンピレーション・アルバムを作りたいとずっと考えていたからだ。当時は、3、4年前だけど、SALTMINEの中心的なメンバーだった。
 もう10回目だし、たくさん遊んで、何か特別なことをしたかった。僕ら4人のコンピレーション・アルバムみたいなものを作るのにハトのお面をかぶって、ラップアルバムのジャケットのようなものを作って、スリーブアートも全部やるという計画があったんだけど、そのハトのお面を買って、メルボルンで開催されるInner Varnikaというフェスティバルに着て行ったんだ。でも、それをなくしてしまったんだ。それでCOVIDのアートがないとアルバムが出せなくなったんだ。あれは半分ギャグみたいなものだった。
だから、それをやりたいんだ。オーストラリアでもっと新進気鋭のアーティストを見つけたい。

 アーティストのデビュー・リリースや、まだ何もリリースしていないアーティストを見つけるのは、いつも僕の好きなことなんだ。

 今は、あるプロデューサーとのプロジェクトがあるんだ。名前がルドルフと似てる。ルドー。(R-U-D-O-H)  パキスタン人だと思う。彼はドバイに住んでいて、Jugaar Recordsの一人だ。そして僕たちは、パンデミックの中でEPを一緒に作ったんだ。それは、僕が誰かとやったプロジェクトの中で最も長く、最も協力的なものだった。それはまだどこにも公開していない。それを終えて、また音楽を作りたいと思っている。基本的には、たくさんのアイデアが完成したらね。すぐには何もできないけど。

MALWARE : 最後に、今度の旅行で特に楽しみにしていることはありますか?

SHEDBUG : 僕が何をしたいかって?可能な限り小さなバーを毎回見つけたい。日本についてみんなが言うことで、私がいつも思い出すのは、小さなレストランや小さなバーがあること。それはとてもユニークで何でもないことかもしれない。でも、そんな経験はしたことがない。小さな穴場のような場所で、食事ができて、その中で立っているのがやっとというような。
それは素晴らしいことだと思う。そして、ただ走り回って、食べたり飲んだりできる小さな場所を見つけたいんだ。それだけを計画して、すべてを吸収したい。とても興奮している。

MALWARE : 最高だね。それとみんな、君のプレーを楽しみにしているよ。

SHEDBUG : 楽しみだ。


■ backhome with SHEDBUG 02.10 (sat)

backhome
2024.02.10 (sat)
at 熱帯夜 (西船橋)
start: 20:00
charge: ¥1,500/1d

DJ:
Shedbug (Salt Mines)
Malware (Pacific State)
DJ Pigeon
homework crew

((homework mix))


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