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釣り人語源考 夫婦の魚

子供の頃から休みになるとよくオヤジに連れられ、ボートでの海釣りをよくしていた。
小学2~3年生の頃だろうか。暑い夏は磯場に船を係留してミャク釣りで雑魚を狙うという。
短い延べ竿にガン玉、小針の仕掛だ。エサはセト貝やらニシなどその辺の貝。潜って捕ってくる役目は子供だった筆者だ。
糸を垂らすと、その頃はまだ広島湾に沢山いたアイナメやクジメ、そしてカサゴなど根魚が簡単に釣れた。
「わーい!釣れた!」喜ぶ少年を尻目にオヤジは何にも言わない。そんな魚はほっといても釣れる。本番はこれからなのだ。
根魚はすぐに釣れなくなる。しかし徐々にエサの臭いにつられ集まってきた”本命”のアタリが出てくるのだ。
「・・・ツツン!」あ!!っと思って竿を振り上げるも、上がってくるのは空の鉤。エサはあっという間に取られている。
「ふふん馬鹿じゃのお。アワセをいれんけえじゃ。見とれ。」
偉そうに威張るオヤジは、キュッと片手で持つ竿を手首を返して鋭くアワセを入れる。
釣れたのは黄色い魚体に黒と赤の筋がたくさん走る「ギザミ」のメスだ。
ドやるオヤジ。・・・はぁ~さすがです。感心する息子。
しかし今思い返すと、子供の腕力で当時の竿を手首を返してシャクるのはちょっと無理だ。竿を両手で持つしかできない子供にドやるなんてちょっと酷いんじゃないでしょうか。(#^ω^)ピキピキ

キュウセンのメス

しかし大逆転の時が訪れる。
しばらく「メスギザミ」が釣れ続いた後、急に散ってアタリが無くなると「アイツ」がやってきた証拠だ。
いくらアワセても全く鉤掛かりしなかったのに、突然「ゴッ!!」と食って来て超ビックリ!!
ビックリアワセが効いたのか奇跡のフッキングW。
おおおお!と引いて上がってきたのは、輝くエメラルドにオレンジとディープブルーのラインを纏った「オスギザミ」だ!
オヤジは飛び上がって大喜び。「おお、オンじゃ!オンギザミ!ようやった!」
やった!大逆転なり!😊。

キュウセンのオス

広島の人間にとって「ギザミ」は本当に特別な、何よりも価値がある魚だ。
しかし冷静に評価すると、味がとんでもなく美味いとは言い難い。
シゴウはヌルヌルしてて大変だし、調理法は素焼きをしてから三杯酢に漬ける。それを皮ごとズルっとむしって食べる。
子供の時は「ふ~~~ん」という感じ。まあおいしいけど、正直シャケの方が食べたいです。だって酸っぱいんだもん。
(今では”南蛮漬け”にして食べてます。これは超ウマい)
筆者は広島で生まれ育ってきたのだが、何故こんなにもギザミが特別なのかよく分からない。
ギザミの語源も文献など全く無く、こんなにも好まれる由来やいわれなども当然なにも残されていない。
なんとかギザミに関する謎を探索してみよう。

キュウセン(ギザミ)

ギザミは標準和名「キュウセン」の地方名で、主に瀬戸内海地域での呼び名である。
ベラ科キュウセン属で、ベラの仲間では冷水に強く本州四国九州の温帯に生息する種だ。冷水に強いといってもやはりベラ科なので冬は砂に潜って冬眠する。また夜も休眠するので釣るのは午前中が勝負だ。
汽水域や逆に強い外洋はあまり好まず、ほどよい内海の磯や砂地のカケアガリに生息する。小さな甲殻類や岩石の表層に付着する生物を、小さな口に有る細く尖った出っ歯でかじり取るように捕食するため、釣りではエサを小さく齧って鉤をかわし、アタリは小さく動きも早いので掛けるのは非常に難しい。
少し外洋に棲む「アカササノハベラ」や「ホシササノハベラ」はルアーに食ってくるが、キュウセンは滅多にルアーでは釣れない。

ジグ単に食ってきたホシササノハベラ

キュウセンのメスは最大20㎝ほどで、体色は黄褐色。体側に黒い縦線と赤い破線が走っていて独特の模様だ。
標準和名のキュウセンはこの黒と赤の筋の本数が「9本である」として神奈川県三浦半島周辺の呼称だったものが関東に広がったものだ。
オスは最大30㎝くらいまで成長し、体色は明るい緑色で、顔にはオレンジや濃い緑色の線が短く乱れるように流れ、身体には赤い斑点と太く不明瞭な深緑色の帯が通る。中央に群青色の斑紋が乗る。
この少々毒々しい「いかにも南洋トロピカル」な色彩が関東方面では嫌われている原因だそうだ。
別種であると思われたのかどうか分からないが、「アオベラ」や派手な女郎に見立てて「アオジョロ・アオジョウ」という地方名もある。
この緑色になったオスは「性転換」したメスで、成長段階の一部のメスがオスへの性転換を図り大型化し、群れをハーレム化して複数のメスを従える。このオスは「二次オス」と言う。
しかし一方で生まれながらのオスも存在し、「一次オス」という。この一次オスはメスと外見上まったく区別できず、ハーレムのメスに紛れてメスのふりをして生活し、ハーレムのボスの二次オスの産卵行動に混ざってコッソリ自分の精子をかけ子孫を残す戦略を取っていることが報告されている。


さて「ベラ」の語源は「箆(へら)」で、料理の時にかき混ぜたりすくったりする道具だったり、木工や土木の仕事の時にはががしたり塗りつけたり、隙間の異物を掻き出す便利な小道具である。また靴を履く時の補助の道具でもある。
岩の表面の小さな生物を「搔き出す」ように捕食する姿が「へらのようだ」からだろう。
「へら」が「べら」に変化しているから、道具名から魚名へ変換する際に濁音になる法則があるのかもしれない。区別したいからね。
じゃあ「ギザミ」は元々「きざみ」が由来なのかも・・・と思ったら実際に「キザミ」(関西・文献)とある。

更にベラの地方名を調査すると、「ベラ類総称・クサビ(長崎県など)」とある。
この「クサビ」という呼称は『大和本草諸品図』(1715年 貝原益軒)に登場していて、「クサビ 海魚なり。長さ5~6寸に過ぎず身は薄く目の縁は白い。両のかたわらの中筋は黒し。味はよし。」と、図と共に説明文が載っている。
図の見た感じは完全にキュウセンだ。
どうやら「クサビ・キザミ」という名前がキュウセンの古名だったり地方名の由来のようだ。
いったいどういう理由でこんな名前が付いたのだろう。推理してみよう。

おそらくキュウセン。ワイの方が絵が上手かもしれん

『日本書紀』の「第五巻・崇神すじん天皇」や『古事記』の「中巻-2・崇神天皇」の記事の中に、奇妙な少女の話が載っている。

崇神天皇(御間城入彦みまきいりびこ)が地方平定のため各方面に軍を派遣するとき、四道将軍よつのみちのいくさのきみに「印綬しるし」を授けて任命した。
北陸方面軍の将軍に任命された大彦命おほびこのみことが「和珥坂わにのさか」(または山代やましろ幣羅坂ひらさか)の上に差し掛かっとき、ミニスカート(腰裳こしも)の少女が奇妙な歌を歌っている。
不審に思ったオオビコが少女に「何を言っているのか」と問うたところ、「言ってはいない。ただ歌を歌っているだけ」と答えて、すぐにその姿が幻のように消えて無くなった・・・。
この後の話は、オオビコが引き返して天皇に報告すると聡明なモモソヒメがこの歌を解明し、ある皇族の謀反の兆候を表していると天皇に教えて、天皇は密かに対策の軍を送ると続くのだが、ここではその奇妙な歌に注目しよう。

日本書紀では、「御間城入彦みまきいりびこはや おのを せむと ぬすまく知らに 姫遊ひめなそびすも」(あるいは一書に「御間城入彦みまきいりびこはや 大き戸より うかがひて さむと すらくを知らに 姫遊ひめなそびすも」とある)。
古事記では「御真木入日子みまきいりびこはや 御真木入日子みまきいりびこはや 己がを ぬすせむと 後ろ戸よ い行き違ひ 前つ戸よ い行き違ひ うかがはく 知らにと 御真木入日子みまきいりびこはや」である。

謎のミニスカートの少女が運命を預言

現代語訳してみると「おおミマキイリビコよ お前の命を狙って 宮殿の戸の後ろから前から行き違って かくれてうかがっている者がいるというのに ”ひめなそび”している場合ではないぞ」という意味となる。

この「姫遊ひめなそび」というのは、古代日本人が遊んだ「神経衰弱ゲーム」の事だ。
姫というのは隠語で「割れ目」を表している。木の札に文章を書き印鑑を押す、その木札の上に鉄くさびや専用のやじりで刻み目を付けて、後は手で木札をバキッと割り千切って「割符さいふ」とするのである。刻むための専用の鏃は「茹矢・氷目矢(ひめや)」と呼ぶ。

古代と現代では名称が違う


ヒメヤの使い方

大事な決め事・・・将軍を任命したり夫婦の誓約をする時は、必ず割符さいふをちぎって片方ずつを持ち、それがピッタリ合う事をもって正当な誓約だと示すのだ。
だから「夫婦のちぎり」と言う。
手でちぎるからこそピッタリちぎりが交わされる。「切手」も紙を手で切る事で証書としていたのが語源である。
ゲームとしての「姫遊」は、木工で出た余った木っ端などを氷目矢で刻んで手で裂くと出来る、木の断面がピッタリ合うペアの木片を、他の木片の山から探す遊びだ。

ミニスカートの少女が歌うのは「割符を4つも契って将軍を任命する遊びをしている裏で、命が狙われてますぜ」と任命割符と姫遊を語呂合わせにしているのが謎解きの要点だ。
意味が分からなかったオオビコとすぐに理解したモモソヒメが対照的になっている。

「伊勢国を賜る」印綬

なぜ古代の西日本の人々は「くさび・きざみ」と小さなベラの魚に名付けたのか。

おそらく・・・おそらくだがギザミの「オスとメス」の姿の違いを見て、「夫婦和合」のめでたい魚であると考えたのではないだろうか。こんなにもオスメスに差がある身近な魚は他に無い。まさに魚版「おしどり夫婦」という訳だ。
「夫婦の契り」を証明する割符を作る道具である「氷目矢ひめや」はいつしか「くさび」や「きざみ」という道具名になったのだろう。
瀬戸内海地域での魚の味を越えた異様なほどのギザミ人気は、「夫婦円満、子孫繁栄」を願う、庶民の祈りが由来なのではないだろうか。

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