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「ジャスミンの香る部屋づくり」第7話(全9回)

第7話

先生の家には各部屋に本棚が置かれていて、洋書やお料理の本、お花の本、文庫本や年代物のハードカバーなどがぎっしりと並べられていました。寝室の一角には年代物の楔(くさび)本棚があったのですが、下の方にずらりと並べられた少女漫画を見た時には正直驚きました。家と一緒に年を重ねてきたような、落ち着いたトーンの家具や物の中で、もちろん古いものではありましたが白地に赤やオレンジで印刷された題名が妙に浮き立ち目立っていました。『はいからさんが通る』『ガラスの仮面』など往年の名作が並んでいます。
「宝塚を観るのが好きだったので『ベルサイユのばら』を読んでみたら夢中になってしまって。」

私が通っていたピアノ教室にもたくさんの少女漫画が置いてあり、私も待ち時間に読んだ記憶があります。中でも『ガラスの仮面』は連載中だったこともあり、お友達に『花とゆめ』を借りてリアルタイムで読んでいました。同時期に同じ連載漫画を楽しみにしていたなんて、猫に引き続き、先生との意外な接点がもう一つ見つかりました。

先生は背も高くショートカットでとてもボーイッシュな雰囲気をお持ちでした。指導も厳しく、学校で教わっていたなら「おいそれとは近寄りがたい、こわい先生」といった方です。それでも毎年いただくクリスマスカード、入学のお祝いにいただいたネックレスなど選ばれるものがどれも可愛らしく、2年間の授業の終わり頃には「(私よりもよっぽど)少女のような可愛らしさをお持ちの女性」という印象に変わっていました。年上の女性に失礼ですが、まさにそんな魅力をお持ちの方でした。

「漫画は今でも読み返したりなさるんですか?」
「最近は目が疲れてしまって、あまり本を読めなくなってしまって。なんとなく暗いでしょ、この家。」
確かに天井には蛍光灯の照明が各部屋にひとつずつ。杉板で貼られた目透かし天井も、砂壁も光をあまり反射しないので、夜はかなり薄暗いでしょう。新しく貼る予定のモリスの壁紙も、他との馴染みを考えて落ち着いた色味なので明るくはなりません。

「ダイニングはシャンデリアの他にスポットライトも足すので、机のうえはかなり明るくなります。そのほかに夜でも本や新聞が読めるような照明を一つ足すのはいかがでしょうか」
日本の家はずっと、天井からの照明だけで全体の明るさを取ろうとしてきたので、蛍光灯など明るい照明が必要でした。今回の改装では先生にとって過ごしやすく危なくないように、要所要所にスポットライトで明るさを足していくように気をつけています。

ただお部屋全体、どこででも本が読めるような明るさは、先生の年齢を考えるとかえって明るすぎて目が疲れてしまいます。そこでよく座る椅子のそばにフロアライトを足すことにしました。

6畳の西側のお座敷には小さめのテレビと、昔ながらの応接セットが置かれています。一人がけのソファがL字に3脚、中央に小さめのテーブルが一つ。家具が多いので少し窮屈に感じます。座面と背中に置かれたゴブラン織のクッションはだいぶ潰れているために、座ると木製のフレームの感触が感じられます。

「リビングの家具はどうしましょうか。だいぶ傷んでいるようです。クッションを新しくすれば座り心地は改善すると思います。」
「そうね、正直あまり使うこともないので処分してしまってもいいんだけど。テレビを見るときにここに座るぐらいで。」
「お客様がお座りになることはありませんか?」
「来るとしても姉と姪の二人ぐらいだし、なければないでダイニングに座ってもいいし」
「それならば1脚だけ、座り心地のいい椅子を新調、あるいはアンティークで探しましょうか。背面の高い肩まで支えてくれる椅子は楽ですし、ゆっくりと本やテレビを楽しめます。」
ということで、くつろげる家具として一人がけのチェアと、飲み物がおけるサイドテーブル、読書をするためのフロアライトをご提案することにしました。6畳の広さのお部屋に椅子を1脚置く配置はとてもゆったりと見えて、贅沢な配置です。

一人がけの椅子、今は「ラウンジチェア」などで検索するとたくさんの種類が出てきますが、私は「安楽椅子」という呼び方も好きです。「ゆっくりと休息する」感じが伝わってくるし、文学的な雰囲気も漂います。椅子は座面と背もたれの角度で座る姿勢が変わり、くつろぐ目的の場合は背面に傾斜して肩や頭まで支えてくれるような椅子があいます。でもあまり傾斜しすぎると、椅子から立ち上がる時に膝に負担がかかるということもあるので、選ぶ際には注意が必要です。

ソファでリビングがいっぱいになっている日本の住宅事情ではなかなか取り入れにくい椅子ではありますが、1脚でデザインが完結していてあらゆる角度から見て美しい安楽椅子には名作がたくさんあり、選ぶのにも楽しい椅子です。膝を悪くされていた先生とはできるだけご自宅ですべての打ち合わせが行えるよう配慮しましたが、ダイニングチェアも含めて椅子だけは、ぜひ実物で座り心地、使い勝手、立ち座りの具合などを確認していただきたく、一緒にショールームを巡る計画を立てました。

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