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「ジャスミンの香る部屋づくり」第9話(全9回)

第9話

工事が始まったのは夏の暑さがなかなか抜けない9月の中頃でした。いつもお願いしている家族経営の工務店さんから3人の大工さんがきてくれて、まずは家具や荷物の移動、使わない場所の養生などをしてスタートです。

先生と8ヶ月かけて作り上げてきた改装プラン。間取りの変更もなくシンプルな改装ではありますが、現場が始まるときはとても緊張します。予想外のことが必ずあり、ものすごいスピードで進む中でベストな策を求められます。もちろん私一人で考えるわけではなく、工務店さんがどんどんアイディアを出してくれるのでそこが楽しみでもあります。

床を剥がし、雨漏りがしているところは天井も解体しました。北側の水回りは一部シロアリの被害などもあり、梁を補強する必要がありました。リビングにできる新しい壁のために柱をたて、床の下地を組み直し、フローリングが張られ…。大工さんの仕事はダイナミックかつ繊細、一本一本水平を見ながら大引きを組んでいく作業は丁寧で、しかし休むことなくコツコツと手を動かし続けることであっという間に床が張り上がります。

仕事を始めた頃は仕上げ材など工事の最後に行うものは決めるのを先延ばしにしていたのですが、工事の凄まじいスピードを体感してからはできるだけすべてを決めてからスタートするようになりました。

先生はその間、猫ちゃんと一緒にお姉さんのお宅に住まわれることになりました。長年ご実家で暮らされてきた先生には気疲れもあるとは思いますが、久しぶりの姉妹での生活を楽しみにされているようでもありました。また国内旅行にも二人で行かれるそうで、思いがけないライフイベントに嬉しそうな先生を見ていて、ストレスで体調を崩されるのを心配していた私はホッとしました。

改装工事は仕上げた側から養生をして隠してしまうし、照明の取り付けも一番最後でそれまでは工事用の照明なので、全容は最後まで見えません。それでも襖が取り払われ、6畳2間だったお部屋がフローリングでつながりを持った大空間になり、改装前とは見違えるような伸びやかな空間となりました。

改装工事が終了したのは、3ヶ月半が経った12月の中頃。先生に相談を受けてから約1年が経過していました。養生をすべて剥がし、ほこりっぽかった現場を拭きあげ、シャンデリアなど照明器具を取り付けてお部屋は完成しました。年内に間に合わせるために家具の納品も翌週には手配して、クリスマス前に全てが完成しました。

玄関は、純和風の意匠はそのままに、壁だけを塗り直しました。既存の下駄箱に間接照明を仕込んだり、ダウンライトを足して明るさを確保することで、暗かった玄関が見違えりました。私が通っていた頃から置かれていたパーティションも傷んでいるところを補修し、照明をあてることでメリハリのある空間となりました。

縁側に続く廊下を入ると12畳のリビングダイニングになります。お庭に面してひと続きに配置されていた、時代を感じさせるゆらゆらガラスの建具はどうしても残したく、その代わり縁側とお部屋を仕切っていた障子を断熱性能の高い木製サッシにかえました。透明ガラスなので視覚的には邪魔にならず、開放感を損なわずにお部屋の温度を一定にしてくれます。

中廊下の方向を見るとウィリアム・モリスのジャスミンが張られた新しい壁が見えます。色も古い柱や梁の色とよくなじみ、置かれた家具の背景として機能しています。下地を合板にすることで、自由に絵を飾れるよう配慮しました。

その前に置かれているのが、先生と探したヴィンテージのパーソナルチェア。まるでずっと昔からこの家と時を刻み続けたかのような風情です。今日から先生の読書やくつろぎの時を支えてくれるでしょう。

そこに座ってダイニングを見ると、シャンデリアが空間を華やかにしてくれています。シャンデリアといっても、すりガラスに落ち着いた色に変わった真鍮の細いフレームがあるものなので、和室の頃のままの板張りの天井とも喧嘩していません。

午前中に全ての家具を搬入し、午後いらっしゃる先生を待っている間、縁側から入る冬の陽だまりを一人で堪能しました。改装は工事が始まると自由に出入りすることができ、家での生活を常にイメージしながら工事に立ち会うので、まるで自分の家のように感じることがあります。家の納品が終わり、お客様に鍵をお返しするときは、だから一抹の寂しさを覚えます。図々しいとはわかっていつつ、自分の子供が嫁いでしまう、といったような感覚でしょうか。

午後から先生がお姉さんと一緒に来てくださいました。お姉さんにとっても子供時代を過ごしたお家、どんな感想を聞けるのかとても楽しみでした。古い建具を作り直し、外と内との段差をなくした三和土に足を踏み入れた瞬間聞こえてきたのは、お二人からの「まあー!」という歓声。部屋の形や広さは同じでも、照明だけで空間は変わります。

そしてそこからリビングに移動し、新しくなったお風呂とキッチン、そして最後にチェストの置かれた寝室をご案内した時、先生はひとこと「夢のようだわ。」と呟かれました。「なにもかもが新しいのに、不思議と知っている家のよう。ここが私の家、と思えます。本当にありがとう」そう先生に言っていただけて、先生の家の改装が終わりました。

お部屋をつくる時は、そこに住む人の人生にグッと踏み込む必要があります。どんなふうにご飯を準備するのか、お風呂に入る時はどこで着替えを準備されるのか、そして夜はどんな時間を過ごされるのか。そうした角度から先生を知ることができるようなやりがいのある仕事に出会えたのは、先生がチャンスをくださったからです。私はここまでの人生の一つの集大成のような気がして、その年の暮れを過ぎても興奮がおさまりませんでした。

先生と共に過ごした一年が、今度は次の私のこれからを支えてくれていくでしょう。そんな確信が得られた、思い出深い先生の家です。

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https://note.com/deco_te_kyoto/n/n09072f5382e4



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