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机上の空論では食ロスは進まない

先日のテレビ番組で食品ロス(外食産業で売れ残った食品を再販売)事業を若い男性が取り組んでいました

再販のアプリ製作とか若者が多い

中高年になると社会貢献と事業は違う

とか

貧困と食ロスは関係ない

とか

意見は多々ある

今はそうかもしれない

しかし、不可能を可能にしてきた人類

「月なんか行けるわけがない」とも言われていました

「できない」「やれない」という言葉をいうのは簡単です

それをどうやったら「できるのか」「やれるのか」を考え、動くのが民間人の仕事です

そして、全て食べればいいワケじゃない

ムリして食べると健康に悪いから

北海道はその昔アイヌの方が暮らしていました

鮭は食べる分だけとる

皮は靴に、鼻先は氷頭なますに、と余すところなく使用

また、動物にも分け与える

動物も肉を食べ、毛皮は上着に

しかし、我々の祖先が北海道に入り、何でもねこそぎ捕獲するように

やがて、オオカミは絶滅ー

そして、今、農作物や樹木は鹿などの被害にあい、ある程度狩猟していいと

オオカミがいれば、鹿は食べられ、農作物もそんなに荒らされない

食ロスの見本は「足るを知る」暮らし

必要なモノだけを持つ、食べる、保管する

そして、均等に分け合う

北海道だけではなく、世界中の民族では、「分け合う」が当たり前

しかし、先進国は「分け合わない」

貧しい、食べられないのは「自己責任」

そう言って目の前で飢餓で死んでいく人がいて、はたしてお金を持っていて幸せと思えるのか―

勉強ばかりしていると、愚かになります

「できない理由」「結びつかない意味」ばかり考えるから

頭で考えるのではなく、心で動く

人がどの生き物より一番授かったのは知恵より「心」だから

だから、私は食品ロスというムダに対して、日本の相対的貧困と向き合いたい

いろんな考え方でいいと思う

ただ、動いている人に動かない人は意見を言うべきではない

学者ではなく、商人であれ

そう思います

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