ひらがな交じりに読みくだされたこの山部赤人の歌は、一見、 叙景歌のように錯覚させられるが、漢字だけで書かれた『萬葉集』巻第三の原歌からは、藤原一族を告発したという印象しか受けない。 その理由は反歌の前の長歌(317)の文言にある。 山部宿祢赤人望不盡山歌一首并短歌 317 天地之 分時従 神左備手 高貴寸 駿河有 布士能高嶺乎 天原 振放見者 度日之 陰毛隠比 照月乃 光毛不見 白雲母 伊去波伐加利 時自久曽 雪者落家留 語告 言継将徃 不盡能高嶺者 反歌 318 田
147 天原 振放見者 大王乃 御壽者長久 天足有 上は題詞に、天皇聖躬不豫之時太后奉御歌一首と書かれている。 天皇とは、中大兄皇子改め天智天皇のことであり、大后とは、天智天皇の皇后となった古人大兄皇子の女王(むすめ)の倭姫王のことである。645年の乙已の変のあと、『日本書紀』は蘇我馬子の孫の古人大兄皇子も謀反をはかったかどにより、中大兄皇子に殺されたと記す。だが『日本書紀』は、この時、背後で中大兄を操っていた中臣鎌足には言及していない。 天智の崩御は、一説によれば、山
266 淡海乃海 夕浪千鳥 汝鳴者 情毛思努尓 古所念 柿本朝臣人麻呂 267 牟佐々婢波 木末求跡 足日木乃 山能佐都雄尓 相尓来鴨 志貴皇子 268 吾背子我 古家乃里之 明日香庭 乳鳥鳴成 嬬待不得而 長屋王 371 飫海乃 河原之乳鳥 汝鳴者 吾佐保河乃 所念國 門部王 266、267、268、371は『萬葉集』巻第三に修められている「乳母(うば)」を詠んだ歌である。 乳母は、夕浪千鳥・牟佐々婢・明日香庭乳鳥・河原之乳鳥と表記されている。
梅花歌卅二首の初句の「武都紀多知」とは、陰暦の正月を意味する睦月(ムツキ)と、数字の六を掛詞にして「六ヶ月経った」と詠んだ歌である。 武都紀(ムツキ)が正月を意味するのならば、天平二年正月は、光明子が皇后となってから五ヵ月なので六ヶ月のムツキとは掛詞にはならない。それに陰暦とはいえ、正月には、まだ梅の花は花弁(ハナビラ)を舞い散らすほど咲きはしない。 だが、題詞には「于時初春令月(吁吁(あぁ―感嘆)、時は天平となって初めての春の二月)」とも読めるように書かれている。令月と
田兒之浦従 打出而見者 真白衣 不盡能高嶺尓 雪波零家留 この歌は山部宿祢赤人望不盡山歌と題した歌の反歌である。 この歌の中には元号「令和」の令と同じ漢音の音義をもつ嶺と零が含まれている。 令 ling 嶺 ling 零 ling 元号が「令和」と決まったことを機に『萬葉集』の中で使われている言霊について考えてみたい。 言霊の霊の漢音も ling と発音されるからである。 『萬葉集』は泊瀬朝倉宮御宇天皇代(雄略)の歌で始まり、聖武天皇が崩御して約七ヵ月過ぎた正月の大伴宿