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無意識に書いた短編に、  自分の世界観が漏れてしまう、、

webラジオに上げたユキ丸の短編に読者さまからコメントを頂きまして、やばっ、ユキ丸の勝手な自分だけの世界観がwebラジオ小説に漏れ出て居たことをご指摘頂きました💦

まず、ユキ丸がスタエフ(stand-FM)に上げた短編をご紹介しますね✨

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あったまる『貧乏神のおはなし』


昔々あるところに、貧乏神が居りました。貧乏神は、使い切れないものがもったいなくて、いつもイライラして居りました。

例えば、カップをしたまま飲むマックの珈琲は最後まで飲み切れない、とか、炊飯器のご飯は炊きたては美味しいけれども時間が経つと劣化する、とか。

そんな貧乏神をいつも笑い飛ばすのが、ザルの神でした。「あら、珈琲も飲みすぎは良くないわ」 とか、「ご飯も余って別に良いじゃない」 とか。

その日、貧乏神は、ザルの神がコタツを付けっぱなしで出掛けるのを見かけました。

「あ~、もったいない」 貧乏神は、こっそり忍び込んでコタツのスイッチを消しました。

すると、お部屋の中から2つの声が同時に叫びました。

「寒い❗」

「あぁ、良かった❗」

貧乏神は、驚きました。「えっ、寒い人も居るのかっ⁉️」

「えっへん」 その時、1万円札から聖徳太子が顔を出しました。

「えっへん、ちょっと古くて悪いなぁ。余は、1度に10人の話を聴き分ける耳を持って居るのだが、常々思うのだけどね、やっぱり1度に10人が話すのはよそうよ。順番に話そうよね。でなきゃ、全員満足は無理だっちゃ」

貧乏神は思いました。「そうか、時にはザルの神に譲る心も必要なんだね~♪」

貧乏神は、心のコタツにスイッチが入りました。            (おわり)

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と言うおはなしです。


こちらの短編に、

「この1万円札は、ザルの神が持って居たのでしょうか?」 と言うコメントを頂きました。このコメントがきっかけで、たくさんの気づきがありました😆 ありがとうございます✨

まず、ご指摘頂いた点は、「ザルの神は出掛けてしまったので、1万円札は、ザルの神が持って居たのではなく、コタツの上にあったカエルの貯金箱の中の1万円札、、と言うサブストーリーで」 と言うことに、決着したのですが、、


それで、このやり取りを幾つかして居た中で、読者さまから教えて頂いたこと、ユキ丸が無意識にこの短編に書いて居た自分だけの世界観を、下にまとめました。

① 貧乏神やザルの神などは私たち1人ひとりに付く守護神で、守護神の世界と私たち人間界は、パラレルワールドになっている
② 貧乏神は、貧乏な人に付くのではなくて、貧乏性に付く → つまり、貧乏でも心がゆったりして居たり、裕福でも貧乏性だったりしますよね
③ その人の守護神は、何かのきっかけで別の神に変わることもある → つまり、その人がずっと貧乏神に取りつかれて居る訳ではなくて、その人の成長や心の変化によって、貧乏神が立ち去って、より幸福な守護神が付くこともあります
④ ザルの神とは、ザルな性格の人の守護神、と言う、、ユキ丸の創作上の守護神。付かれる人にとっては幸福な神の部類ですが、貧乏神とは反発します。また、幸福な神かどうか?と言う意味では、貧乏でも幸福なことはあるので、貧乏神イコール不幸な神でもありません
⑤ と言うような、私の <神さま観> が、この短編に漏れ出てしまって居たことを、読者さまから教わりました💦


辞書で貧乏神を引くと、、


① 人に取りついて貧乏にすると言う神
② 相撲の番付で、十両の筆頭力士 → ②は、幕内力士とも取り組むことがあるのに、それに見合う手当てのない地位なので言う

と辞書には書かれており、正確には貧乏神は貧乏性な人に付く神ではなく、“貧乏神が取りつくから“ 、取りつかれた人が貧乏や貧乏性になる、と言う見方のようですが、どうでしょうね?

角界の話を見ると、やはりお金にならないことは損、貧乏くじだなと言う見方が垣間見られますが、、一方、幕内には1番近いので、実利より未来を勝ち取るんだ❗と思って闘えと言うのでしょうか?

ユキ丸は、この精神面に目を向けて、自分の力で心の貧乏性から抜け出られるんだ❗と思うには、ユキ丸的な世界観も悪くないのかなぁ、、と

最後に


SNSで小説を書くと、公募向けに書く小説と違って、結末の分かりやすさ、とか、途中の飽きのなさ、に気を取られて、その上、推敲時間が少なくなりがちですけど、そんなSNSの短編の中にも、自分の世界観は無自覚に漏れてしまいますよね (^^ゞ

読者さまは、常に熱心に解読されて居ます。ですので、どんな文章も、どんな時も、注意深く、推敲を惜しんではいけないのかな? 

(反省💦)

芥川龍之介先生は、現在では紙片に至るまで遺稿として資料化されて居ます。私たち、未来の文豪 (と言うことにしておいて、くださいませ(笑)😆) も、常日頃から、推敲を癖にしておいた方が、のちのちに限らず良いのでは? と言うことを今回のことで自戒しました~。

もっともっと、推敲に時間を掛けよう~❗ 

(自分に言い聴かせてます~)


さて、ユキ丸の反省談は、皆さまの創作の足しになりましたでしょうか? 笑笑😆

ではまたね😃


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