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肉しか食べないマイトガイ

 ようこそ、もんどり堂へ。いい本、変本、貴重な本。本にもいろいろあるが、興味深い本は、どんなに時代を経ても、まるでもんどりうつように私たちの目の前に現れる。

 おじさんのエピソードほどおいしいものはない。

 ギャルや若い人のエピソードだと「かわいい」とか「かっこいい」とか、他人からの「見た目」を意識しすぎているため、本人たちの振りかぶりの割には案外話が一本調子でおもしろくない。その反応も、「へえ、かわいい」とか「うっそー」みたいなことになりがちだ。

 そこいくとおじさんのエピソードは重く、コクがある。

 基本、おじさんは人の言うことを聞いていないし、ビジュアル的にはヅラが浮いていようが眉毛がボーボーだろうがどこ吹く風。ネクタイさえ曲がってなければ、業務には支障がないという感じだ。だから、そのおじさんのエピソードを聞く老若男女の反応もさまざま。「いやあ、かっこいいね」と感心する男性がいたり、「いや、ああいうのはちょっと」という軽い侮蔑の若人がいたり、「サイテー!」というギャルの嘲笑もある。

 そんななか、あるエピソードとともにわたしのもとにもんどってきたのはこの本だ。

 『さすらい』(小林旭著、新潮社、2001年発行、入手価格105円)。

 日活の次男坊として一世を風靡した小林旭がその半生を語った本である。マイトガイ旭はこう宣う。

 「俺は今でもそうだけど、食生活では肉しか食べない。女房にはせっかくの腕を振るう場面が少なく、申し訳なく思っているよ」

 反応はそれぞれなんだと思う。でも、私は思う。

 「かっこいい」。

 オーディオの装置にズンズンという重低音を意識的に増幅した「ボディソニック」というシステムがあるが、まさにこの「肉」発言はボディソニック。男の身体の奥のほうに響く。

 「え? 栄養偏り過ぎでしょ」、なんていう反応はどこ吹く風。それこそがマイトなガイ・旭なのである。

 そして、もう一冊の重低音本は『黒い花びら』(村松友視著、河出書房新社、2001年刊、入手価格315円)だ。

 主人公は、第一回レコード大賞受賞者である水原弘(愛称は「おミズ」)。

 破天荒な生き方で、おじさん的重低音エピソードが満載である。

 「寂しがり屋で(中略)やたら取り巻きを連れて飲み歩いた。街を歩いていて、「オッ、おんたい(御大)!」と声をかけられると、もううれしくなる。『よし、ついてこい!』見ず知らずに連中にまで奢ってしまう。しかも、酒はレミーマルタンと決まっていた。一晩で、六十万円も使った。その当時の六十万円は、いまの約五百四十万円にあたる。兄貴と慕っていた勝新太郎の影響もあり、突っ張りつづけた」。

 どうやら若い人や女性は勘違いをしているが、おじさんの価値というのは、財産や地位ではない。

 どうせ人は死ぬ。銅像になる人もごく少数だ。最後にじんわりとボディに効いてくるのは、伝説の深さである。

                     (2014年、夕刊フジ紙上に連載)

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