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何もかもわからなくなれば楽だけど

 認知症を患っているからと言って何もかもわからなくなるわけではないんですけど、どうせ認知症だからすぐ忘れるんでしょみたいな態度で、いいかげんなことを言ったり、いいかげんな対応をしたりする人が、残念ながら、少なからず、います。

 私自身、もう10年以上高齢者福祉の仕事をしていますが、まだまだ未熟者故、いまだに同じ話を無限ループで言われると、イライラすることはあります。でも、そこで相手にとって嫌なことを言ったり、相手が嫌だと思う対応をすると、禍根を残すことになってしまうのです。認知症を患っているからと言って、すべてを忘れるわけではないし、何もかもわからなくなるわけではないのです。

 認知症を発症して、いろいろなことをすぐに忘れるようになっても、嬉しいことがあれば嬉しいと感じますし、悲しいことがあれば悲しいと感じます。新しいことを憶えるのはどんどん難しくなり、いろいろなことがわからなくなります。でも、感情はそう簡単にはなくならないのです。嬉しいことや悲しいことがあったとき、そのときの出来事はすぐに忘れてしまいます。でも、そのときの感情は、出来事よりも記憶に残りやすいそうです。感情記憶とか情動記憶とか言うそうです。そのままですね。

 例えば、認知症の人が家族と買い物に出かけたとします。買い物が終わって家に着くと、もう買い物に出かけたことは忘れているかもしれません。でも「買い物に出かけて楽しかったな」の「楽しかったな」の部分は、出来事よりも記憶に残りやすいのです。逆に、買い物の途中で嫌なことが起きると、嫌だったなという感情が記憶に残ってしまうのです。

 どうせ認知症だからすぐ忘れるんでしょみたいな態度でいいかげんなことを言ったりするとどうなるか、察しの良い人ならもうわかると思います。たぶん、そのとき言われたことはすぐに忘れてしまうと思います。でも、ひどいことを言われて「嫌だったな」という感情が記憶に残るのです。

 このような負の感情記憶が積もり積もって、認知症の人特有の被害妄想的な言動や激情的な言動が出現すると考えられています。つまり、負の感情記憶が積もらないようにして、ポジティブな感情記憶をたくさん積み上げて行けば、まわりから見たらおかしな言動を抑えることができるのです。

 言葉で説明するのは簡単ですが、実際にやってみるとなると、ものすごくたいへんです。よく言われるのが、本人の言葉や行動を否定しない支援ですが、はっきり言ってまったく否定しないなんて、無理です。無理ですけど、せめて、どうせ認知症だからすぐ忘れるんでしょみたいな態度はやめる。これだけでも、世の中たいぶ良くなるんじゃないかなと、思うのです。

 ところで、心ない人にどうせ認知症だからすぐ忘れるんでしょみたいなことを言われるのもしんどいけど、頑張っている人に何もかも分からなくなったら楽なのにみたいなこと言われるのもしんどい……生きるのはしんどいなぁ……

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