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あんなになってまで生きたくないと言ってもそう簡単には死ねない

 口から食べることができなくなって胃ろうになり、自分で動くことはできず、話しかけても返事はなく、一日中目を閉じている、そのような状態で生きている人が世の中には少なからずいます。

 認知症が進行して、ついさっき言われたことを忘れてしまう、今私がいる場所がどこなのかわからない、今私のまわりにいる人が誰なのかわからない、そのような状態で生きている人が世の中には少なからずいます。

 そのような人たちに会うと「あんなになってまで生きたくない」「ああなる前に死にたい」と言う人がいます。実際、そのような状態で生きることは、たいへんな苦労を要します。

 生きてさえいれば良いとか、生きていれば必ず良いことがあるとか、安易な綺麗ごとを言うつもりはありません。しかし「あんなになってまで生きたくない」という言葉を聞くたびに、なんとも言えないもやもやした気持ちになります。

 「あんな状態」は、ある日突然やってくるものではありません。もちろん、突然の病気や事故で一気に寝たきりになることもあります。でも、ほとんどの場合、5年、10年、20年と、長い時間をかけて病や老いが進行し「あんな状態」になるのです、胃ろうで寝たきりの人も、重度の見当識障害がある人も、当然、最初からそのような状態で生きていたわけではありません。20年前は普通に生きていたのです。もしかしたら、20年前に「あんなになってまで生きたくない」と考えていたかもしれません。誰も、望んで「あんな状態」になったわけではありません。

 「あんなになってまで生きたくない」「ああなる前に死にたい」という人は、自分自身の将来を心配しつつ、一方で、どういうわけだか、自分はあんなふうにならない・ああなる前に死ねるという、根拠のない自信を持っています。繰り返しになりますが、「あんな状態」は、ある日突然やってくるものではありません。長い時間をかけて、たくさんの分岐点を通って、現在の状態に辿り着いたのです。そう簡単に回避できることではないのです。

 「ああなる前に死にたい」と願っても、人間は簡単には死なないのです。もちろん、不慮の事故や突発性の病気であっという間に死んでしまうこともあります。でもほとんどの人は、簡単には死なないのです。そういうことや、目の前にいる人の生きた過程を考えずに「あんなになってまで生きたくない」「ああなる前に死にたい」と言っているような人に出くわすと、憤りや、悔しさや、虚しさに苛まれて、気が滅入ってしまうのです。

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