Proof of mine

 その日、私はハードフォークした。もう昔の私との互換性はない。

 私は元々、ブロックサイズが人より小さく、スケーラビリティに問題があった。生まれてからの数年は、社会との関りも少なく、トランザクションが混み合うこともなかった。

 しかし、社会人になって早々に私のブロックサイズは限界を超えた。

 社会は私に多くの情報を保存した。とても多い。いついつまでに書類を用意しろ。(あまり意味のないもの)よくわからない契約を取ってこい。(よくわからない)お前本当に使えないな。(でも使うしかない)そんな情報。

 ブロックサイズの大きい人はそんなガラクタのようなハッシュ値もきちんと計算して次に繋げることができるナンスに変換できたのかもしれない。でも私にはできなかった。私の才能(ブロックサイズ)は人より小さかった。途方もなく。結果、私のトランザクションはすぐに混み合ってしまい、あらゆる行動が遅延した。せっかく教えてもまともに動くかもわからない、手数料コストのかかる人間が次第に使われなくなるのにさほど時間はかからなった。みんな私のトークンを手放し、私の市場価値はどんどん下がっていった。一人また一人と誰かが私を手放すたびに、私は繋がりとvalueを失った。最後まで私のホルダーであり続けたのは、年老いた頑固な両親とペットのフェレットだけだった。後者は去年の暮れに死んでしまったが。もしかしたら昔付き合っていた彼女がまだホルダーなのかもしれないが、単に興味がないだけだろう。

 だから私はハードフォークした。過去の自分と決別するために。ソフトフォークなんて器用なことできないから。

 ハードフォークして初めて外出する。両親を驚かせるためだ。

 HFした私は何もかもが解放されたような気分だった。あらゆる物事がスムーズに理解でき、トランザクションも混み合わない。伝達も即座に行える。世界が変わって見えた。

 

 晴れやかな心地で歩いていると目の前を歩く人影を認めた。それはかつての友人だった。

 前なら素通りしたかもしれないが、今の私に恐れるものはない。

「久しぶり」

 そう、にこやかに話しかける私を友人はけげんそうな顔で見つめる。

「どちらさまですか?」

 私はまず驚き、そして納得した。そう、HFしたのだった。過去の自分と互換性が無いのだから、知人に認識できなくて当然かもしれない。

「ああ、昨日HFしたんだよ。イァムだ」

「イァム? ずいぶん感じが変わったね。そりゃまぁHFしたから当然か。ブロックサイズは上がったの?」

 微かに嘲笑の雰囲気を漂わす彼に、私は自信たっぷりに告げる。

「うそだろ! 前の倍以上じゃん!」

 友人の驚く表情が心地よい。

「またホールドしたいな。どこに上場しているんだ?」

「ごめんな、まだ上場はしてないんだ。決まったら真っ先に連絡するよ」

「ありがとうな。こんなことならHF前のトークン持っとけばよかったよ」

 フォークコインもらえただろうからなぁ、と少し悔し気に彼去っていった。

 そう、これはホルダーへの恩返しでもある。私を見放さずにいていくれた人たちへの恩返しだ。両親とフェレットへの。

やっと私を祝福し始めた世界を歩く。

 もう誰にも邪魔されることはない。私が私らしく生きることを、誰にも阻まれない。何にも止められない。私は私の価値をどこに送っても、誰に伝えてもよいのだ。私にはそれをするブロックサイズも、私を認めてくれる承認者(マイナー)もいるのだから。

 家からさほど離れていない公園で昔の彼女に会った。びっくりした。

「四国にいたんじゃなかったの?」

「あなたがHFするって聞いたから」

 彼女は言った。僕は嬉しくなった。

「 ありがとう。もしかして、まだ僕のコイン持ってたの?」

「ええ」

「そっか」

 彼女は僕にまだ関心があったんだ。彼女は僕の承認者だった。

「ありがとう。それじゃフォークしたコインは持ってる?」

「一目見てあなたがイァムじゃないって分かったわ」

 ぽつりと僕のマイナーは言う。

「そうかもね。ブロックサイズとか大きく変わったし」

「ううん、そうじゃなくて」

 彼女は冷ややかな眼差しで僕を見る。

「やっぱりHFしちゃったのね」

「そうだよ、そうして僕は色んな人に承認してもらえるようになったんだ」

「私もハードフォークするつもりなの」

 彼女は静かに言った。

「君が? する必要あるのかい?」

 彼女はたくさんのマイナーを獲得していた。ブロックサイズは大きくて、皆の人気者だった。

「うん」

「そうか。じゃあ次会うとき、デートしようよ。もっと僕のことを承認してほしいんだ」

 彼女は少し迷った様子で目線を揺らし、少し微笑む。

「次会うとき、あなたが私を私だと承認できたらね」

 久しぶりに実家に戻り両親を呼んだ。

「父さん!母さん!」

 びっくりしたように両親が飛び出してきた。もう五年もあってないから、驚いたのだろう。そして僕を見て怪訝そうな顔をした。

「どちらさまですか?」

 僕はバスに乗っている。乗客は僕を知らない。僕も乗客を知らない。そこに前後はない。文脈もない。家に帰るため、僕は存在する。誰かに承認してもらう必要はない。

 家に帰ると死んだはずのフェレットが僕を出迎えた。おかしな話だ。もうこいつは死んだんだ。他の誰でもない、僕はこいつが死んだのを認めている。おかしな話だ。

「どちらさまですか?」

 僕がフェレットに話しかけると、フェレットはなにも言わずただ静かな目で僕を眺めていた。なんだかそれに腹が立ち、家から追い出そうと蹴飛ばす。フェレットはそれをするりと避けて、僕の傍を通りすぎ、もう一度こちらを見る。目線が揺れて、きゅうと鳴いた。そしてフェレットは振り返らない。

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