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僕じゃダメですか?

大学にきて初めて好きな人が出来た。

1つ上のサークルの先輩。

無気力な僕と違って凛として快活明瞭で、笑うと八重歯が見える人。

特に理由もなく選んだサークルの新歓。
隅でオレンジジュースを片手に1人で突っ立ていた僕に向けて顔を真っ赤にしながら「きみ〜なにしてんの?」と声を掛けてきたのが彼女だった。

先輩の気まぐれでLINEを交換し、気まぐれで呼び出され、気まぐれで電話越しに愚痴を聞く。

僕と彼女の関係は、先輩と後輩というよりは姉に従わされる弟のようだった。

今日も先輩のオムライスが食べたいという気まぐれで呼び出されて、神保町のよく分からない純喫茶でオムライスを突ついている。

味は不覚にも今までで1番美味しい。

濃厚なデミグラスソースのかかったふっくらとした卵とケチャップライスを口に運ぶたびに、「美味っ!」と屈託なく笑っていた。

僕はそんな先輩の笑顔に殺されたといっても良い。

「最近はどうなんですか? 進展ありました?」

「ん〜いやまったくかな? 連絡もあんまり返ってこないし。他の子と遊んでるんじゃない?」

「先輩を選ばないなんてセンスないですね」

「君、たまには良いこと言うじゃん」

先輩には好きな人がいる。
僕も知ってる、誰にでも優しい笑顔を向ける物語の主人公みたいな人。

普段は弱い所を見せない先輩に「私じゃ無理なんだけどね」と悲しい顔をさせる彼に勝手に嫉妬した。

「僕じゃダメですか?」

何度もその言葉が頭に浮かび、音になりかけて消えていく。

今日も僕は「先輩なら大丈夫ですよ」と当たり障りのない言葉で逃げた。

先輩は「君は優しいね」と八重歯を見せて笑った。

その笑顔を見て、また惹かれてしまっている。

「僕じゃダメですか?」
怖がりな僕の初恋は、きっとこの言葉が言えないまま静かに終わっていく。

行き場のない後悔と叶わなかった恋心だけを残して。




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