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愛月~1,000mの愛~

生まれてくる時間と場所を間違えた。きっとそうだ、そう思うことにしよう。
 東京生まれの東京育ちでありながら、心も身体も永遠に馴染めそうにない感覚。それはまるで時間軸の歪んだ不思議の国を彷徨っているようでした。
東京は朝早くから夜遅くまで活動し一日が長いのに、時間がとても早く過ぎていくように感じられました。いつも何かに追われ、いつも何かを追いかけ、走り続けているうちにどんどん月日が流れて行きました。
 もしかしたら大切なものを見逃してしまっていたかもしれない。
時々漠然とした後悔にも似た想いが胸をよぎっていました。

 そんな高速の世界からゆっくりと時間が流れる標高1,000mの山の上に移住しもうすぐ8年目になります。
 今は、現実の時間と自分の体内時計の時間がピタリと合い、本来のリズムを取り戻したような爽快感があります。細胞が生まれ変わり、心も身体も自然に順応し、自分らしくいられるような気がしています。

 東京が目に見える確実な世界だとするならば、山の上は目に見えない感覚の世界のようです。
私は今まで見逃してしまっていた大切なものをこの場所に探しに来たのかもしれない。そんな風に感じることがあります。
それは心の目で見なければ見えないもの。

 足元から広がる満天の星の中に佇んでいると、壮大なスケールで愛について問いかけられているようです。
そして、澄んだ夜気の中で月影を見つめ孤独に浸ることは、愛について考えることでもありました。

「愛するということ」とは?

人類にとって最も難解な問いなのかもしれません。
命の誕生に触れた時、愛する人と巡り会った時、大切な人を失った時など、
人は人生のあらゆる場面で愛についての問いを突き付けられているのだと思います。

 最期まで答えは分からないのかもしれません。答えなんてないのかもしれません。それでも大いなる自然は何かを知らしめるかのように心に訴えかけてきます。
 
透き通るグラデーションの朝焼け、燃えるような茜色の夕焼け
突然の雨が通り過ぎると現れる大きな虹
何もかもが凍りつく氷点の世界

偉大な何かの存在を感じると人は謙虚にならざるを得ないのかもしれません。
瞬間瞬間に瞳に映し出される唯一無二の神秘的な光景は、きっとこの地球(ほし)の愛なのでしょう。


~愛するということ~

愛するということ
大空を飛ぶ鳥を見つめ
心の自由を忘れないこと

愛するということ
花を育て 草木を愛で
心にも一輪の綺麗な花を咲かせること

愛するということ
できるだけ傷つけず
できるだけ壊さず生きること

愛するということ
誰かのために 自分のために
流れ星に願うこと

愛するということ
パールホワイトに輝く月の光を浴び
深い静けさに浸ること

愛するということ
森が紡ぐ物語を読み
風や水が奏でる歌を聴くこと

愛するということ
自然というこの上なく美しいバイブルに学び
哲学を見出すこと

愛するということ
巡り会えた人たちやあらゆる恵みに
「ありがとう」と感謝をすること
そして
魂を目覚めさせてくれるような人と出逢ったら
愛情を注ぎ 
慈しみ
最大限に尊重すること

愛するということ
起こる全ての出来事を魂の糧とし
自分があるべき姿を探究しながら
この人生を生きぬくこと

神様は愛を目に見えないものにしました
誰にでも与えられるように
誰からでも受け取れるように
今 この瞬間にもここにあり
誰でも平等に感じられるように

愛すると言うこと
生きとし生けるものすべてが
奇跡であり
愛そのものであるということに気付くこと


 この世界には理不尽な出来事や不条理な出来事がたくさんあります。
愛が感じられないこともたくさん起こり、諦めたくなってしまう時もあります。愛について考えたって無駄だと思う人もいるかもしれません。
でもこの地球のどこかの山の上で、愛について考えている人間がひとりぐらいいてもいいんじゃないかって思います。
世界を変えるなんて大きなことはできないけれど、ささやかでも愛の波紋を広げたいから、まずは自分から。
今日も標高1,000mの山の上で、月を愛で、愛を感じ、愛について考えています。



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