幸運の女神

俺はひとり浜辺を歩いていた。日は沈んだばかりで、空は橙色から藍色に変わりつつある。海岸は緩く弧を描いている。対岸には俺が住んでいた街が見える。街は輝いている。ビルの谷間にホログラムの巨人が立っている。水着姿の美女だ。手には炭酸飲料の缶がある。街からCMの声が聞こえる。途切れ途切れで、なにを言っているかはわからない。

海岸線に沿って堤防が伸びている。堤防の上には道路がある。ときどき、車が通る。ヘッドライトが俺を照らしては遠ざかっていく。海風を嗅ぐ。夏の海の臭いがする。生き物が腐る臭いだ。口の中には、ずっと錆の味が満ちている。味覚か、なにかのインプラントがイカレている。医者か技師に診てもらいたいが、金がない。金がないから家もない。

浜に金目のものが打ち上がっていないかと期待していたのだが、そんなことはなかった。干からびた海藻、貝殻、砂まみれの発泡スチロール……無価値なものばかりだ。

無痛鶏に投資したのも、浜に来たのも失敗だった。別に人生の選択を間違えたのは初めてじゃない。だが、今回ばかりは打つ手がない。

すっかり暗くなってきた。遠い街の灯りだけが頼りだ。俺は目を細めて歩いた。デカいトラックが堤防を走ってくる。そのとき、ヘッドライトに照らされて、なにかが光った。

光に駆け寄る。俺はぎょっとした。生首だ。だがよく見てみると、それが人間の生首ではないことに気付いた。首の断面から、コードやクロームの骨格が見える。

俺は生首を手に取った。プラチナブロンドの髪に、端正な顔立ち。美人だ。接客用か愛玩用か、どうにせよ上等なアンドロイドのものだ。部品一つでもそれなりに金になる。自然と口角が上がる。頬に付いた砂を拭ってやる。

「こんばんは。スカベンジャー」

生首が目を開けた。俺は腰を抜かして生首を放り投げた。

「金にお困りのようだ。良い儲け話があるんですが」

砂浜に脳天から突き刺さった生首は、にっこりと笑って言った。

【続く】

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