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軽井沢安東美術館 設計クロニクル 2:キックオフミーティング

一級建築士事務所・株式会社ディーディーティーの武富です。
ぼくが軽井沢安東美術館の設計を思いがけずご依頼いただいた、前回のエピソード「予想外のご依頼」の続きです。

ご依頼の翌週、さっそくクライアントの安東さん、そして奥様の恵さんと美術館プロジェクトのキックオフミーティングをさせていただきました。

まず安東さんからは、展示室以外に次のような付帯施設が欲しいというご要望がありました。
・収蔵庫
・ショップ
・カジュアルな飲食施設(カフェテリア等)
・駐車スペースは1~2台(スタッフ、搬出入用)

また、コレクションは今後も拡大していくので、展示室の面積は余裕を持たせて欲しいとも仰っていました。

実際、2018年末のプロジェクト開始時の所蔵品数は85点ほどでしたが、4年後の美術館オープンの時点で200点余りになっていました。
開館後の今もコレクションは成長し続けています。

奥様の恵さんは、次のようなご希望をお持ちでした。
・家庭的であたたかい雰囲気にしたい
・”邸宅”に絵がかかっているように、自然に見せたい
・展示室の壁は白ではない方が良い
・できれば暖炉を置きたい
・展示室にソファやピアノを置き、パーティーもできると良い
・外観は煉瓦にツタが這っているようなヨーロッパ風

安東さんも、できれば自然光が入る空間に絵を飾り、ご自宅と同様、ピクチャーレールを使って容易に展示替えができるようにしたいとのことでした。
現在ではピクチャーレールで作品を展示する美術館は珍しいですが、ルーブルをはじめヨーロッパの伝統ある美術館の多くでは今でもピクチャーレールが使われています。
下の写真は、既存建物の転用ではなく世界で初めて絵画美術館として建てられたダリッジ・ピクチャー・ギャラリー(設計:ジョン・ソーン)の展示室です。

トップライトから自然光が入り、ピクチャーレールで作品を吊っている
ダリッジ・ピクチャー・ギャラリー (Dulwich Picture Gallery) 内観

ご夫妻ともに、なるべくご自宅の延長のような美術館にしたいと思っていらっしゃることが伝わってきました。

建設用地は既に決まっていたので、住宅であれば、基本的なご要望を伺えば計画案の作成に進むことができます。
しかし、美術館となると、どのように運営していくのか、さらに根本的に美術館自体のコンセプトが大切です。

このミーティングには、アートオークション会社の方も2名参加されていました。
安東夫妻が多くの藤田作品をそこのオークションで入手されていたので、美術館準備にあたり、その会社が全ての所蔵作品の撮影とリスト作成を担当していたのです。

安東さんはオークション会社のお2人に、アートの専門家の見地からコンセプトや展示方法について意見を求めましたが、さすがにその場では決定打となる案は出ませんでした。

やはりオークションの運営と美術館経営はアートの中でも異なる専門分野ですし、当時のコレクションはまだ藤田嗣治晩年の猫や少女の絵に偏っていたので、時系列、技法やテーマを軸に展示計画を組み立てるのも難しかったと思います。

その段階ではまだ学芸員がおらず、具体的に展示室の面積がどれくらい必要か、スタッフを何人配置するのかといった運営方針も白紙状態でした。

このように未定な要素が多い場合は特に、ぼくは建築という「入れ物」の設計にとどまらず、プロジェクトのコンセプトや運営方針もクライアントとともに検討していきます。
そして、必要な場合には他分野の専門家との連携やチームづくりにも積極的に関わることが、より良い建築につながると考えています。

美術館コンセプトや展示計画については、所蔵品のリストをいただき、まずは敷地条件から導き出される展示室の面積や動線(来館者の移動経路)をもとに、建築の側から考えうることを提案していこうと思いました。

また、藤田嗣治はフランスに帰化し、現地で亡くなった画家で、現在はフランスの財団が著作権を管理しています。
なるべく早い段階からフランスとの連携が必要だな、そして、ぼく自身も藤田についてもっと勉強しなくては。
そのようなことを考えながら、このキックオフミーティングを後にしました。

つづく


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