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群馬県のデジタル人材育成 Part4


群馬県とアルメニア・TUMOセンターのグローバル連携



これまで述べてきた通り、群馬県は未来のデジタルクリエイティブを育成し、そのデジタル分野で、新たな価値を創造していく基幹産業にしていきたい思いがあります。2023年8月に群馬県として新しい施策として補正予算案に計上することを発表したのが、アルメニアにある若者向けのIT(情報技術)教育機関である「TUMOセンター」との連携です。群馬県での具体的な開設時期はまだ未定ですが、着実にTUMOセンター開設に向けて県が動いており、いち早く情報をお届けしたいと思います。

TUMOセンターはアルメニア発の中高生に向けて、デジタル技術に関するワークショップや講座を無償で提供する教育機関です。グラフィックデザインや3Dモデリングなど、初中級者向けのオンラインプログラムが充実していることが特徴であり、デジタルクリエイティブを育成しようとする群馬県の育成ニーズとも合致したプログラムであると感じます。

TUMOセンターについて詳しく紹介をしたいと思います。アルメニアのTUMOセンター(正式名称: Tumo Center for Creative Technologies)は、世界で最も進んだIT教育機関として世界中で注目されています。TUMOは、青少年に向けて魅力的なデジタル人材教育コンテンツを備えており、その画期的な仕組み、教育プログラムについて紹介をしていきます。


[引用]TUMO Webページより



TUMOセンターは自己学習を主導する無料の教育プログラムです。自主学習をするための放課後スクールとの表現もありますが、「デジタル技術を学ぶための学童クラブ」と表現するとわかりやすいかなと思います。14の学習ターゲットを中心にしたセルフラーニング、ワークショップ、プロジェクトラボから成り立っています。現在TUMOセンターはアルメニアに複数拠点をもちパリやモスクワ、ベイルートなどにも拠点を持っています。


[引用]TUMO Webページより

TUMOの哲学として掲げられているのは、(和訳は筆者の意訳になりますが)”We ask the question”(問いかける)、そして”walk-away pedagogy”(自然に自立できる教育)です。TUMOは、「学習者としての権利を尊重し、十代の学習者のエネルギーとアテンション(注意・興味)を効果的に競い合わせる」ことが重要と考えているようです。そして、長い道のりを覚悟で、学習者のためにより良い未来を創り出す手助けをしたいという教育哲学を持っています。



TUMOセンターにおける14の学習ターゲット(学習テーマ)

●      Animation(アニメーション)
●      Game Development(ゲーム開発)
●      Filmmaking(フィルム制作)
●      Web Development(Web開発)
●      Music(音楽)
●      Writing(執筆)
●      Drawing(描画・絵画)
●      Graphic Design(グラフィックデザイン)
●      3D Modeling(3Dモデリング)
●      Programming(プログラミング)
●      Robotics(ロボット工学)
●      Motion Graphics(動画グラフィック)
●      Photography(写真)
●      New Media(ニューメディア、デジタルツール)


TUMO Centerの学習カリキュラム

出典:TUMO Webページより筆者翻訳(https://tumo.org/education-program/)

TUMOセンターは、アルメニア人のSimonian夫妻によって、2011年に未来と子供たちのために設立されました。このセンターは、12歳から18歳の子供たちに、少額の参加費は必要ですが、ほぼ無料でIT教育を提供することをミッションとしています。夫妻は、ITがアルメニアの国の基幹産業として発展するために、優秀な人材の育成が不可欠であることを理解しており、そのために独自の教育プログラムと多様な専門分野を提供しています。そして、もう一点参考になるのが、TUMOセンターでは、施設の一部をIT企業に貸し出し、その収益を子供たちのIT教育に還元しています。これは、教育機関の運営において優れた独自の事業運営モデルと言えると思います。

専修大学の今井教授はアルメニアのIT教育を調査する中でTUMOセンターを取り上げており、「注目すべきは,受講者に音楽か美術のいずれかを選択し,IT 教育プログラムと同時並行でアートを学ぶことが義務づけていることである。技術単独でできることは限られており、それを創造的に活かすとなれば、芸術的センスが求められるということであろう」と述べています。アートとデジタルの結合による教育は、ラーニング対象を学習者が自主的に決めた上で、それを実現する手段としてデジタル技術を学ぶ一挙両得となり、デジタルスキルの早期習得にもつながるのではないかと思います。


デジタル人材育成学会では、デジタル・ITスキルの獲得ステップについて下記の通りまとめています。


TUMOでも、セルフラーニングで知識のインプットをし、ワークショップで知識のブラッシュアップと経験のチャレンジをしながら、より実践のためのデジタルスキルを身につけていく。そして最後のプロジェクトラボでは世界中の一流の専門家とともにプロジェクト形式で専門性を磨いていく。正にデジタルスキルを身につけるための愚直なステップを踏んでいるプログラムと言えるでしょう。セルフラーニングおよびワークショップという自己学習とコーチが寄り添う実践の教育は、前述したグローバルIT教育で著名なフランス発のエンジニア養成機関 42と非常に類似する部分があります。42では主として産業に貢献する「コミュニケーションに強いエンジニア」育成を目指しており、デジタル人材育成学会では42 tokyoともインタビューをしています。42の教育アプローチとして、学生同士が積極的に学び合う「ピアラーニング」という方法を採用していますが、42、TUMOそしてtsukurunでの類似点は、教師ではなくコーチやティーチングスタッフを置いて、学習者の自律的学習を促すという点にあり、この教育メソッドはデジタル人材育成の潮流であると思います。

tsukurunとTUMOセンターの関係性


群馬県内に設置予定のTUMOを紹介したことで、群馬県におけるtsukurunとの関連性について気になった読者もいらっしゃるのではないかと思います。


実際にアルメニアのTUMOに視察にも行った群馬県産業経済部eスポーツ・クリエイティブ推進課クリエイティブ推進係 南齋氏は、2つのポジショニングについて、「将来的にはtsukurunはトップ人材を育てていく機関、TUMOは群馬県のデジタルクリエイティブ人材の基礎として裾野を広げていく教育機関」と明確に戦略を語ってくださり、TUMOとtsukurunの関係性についてクリアなビジョンがあることがわかりました。現在のtsukurunは高いマインドセットを持った未来のデジタルクリエイティブの子供達の学び舎ですが、TUMOが設立をされると若年層の県民の基礎的なデジタルスキルが向上し裾野が広がり質・量ともにデジタル人材が増加していきます。そして高いマインドセットと高いデジタルスキル双方を兼ね備えたメンバーがtsukurunで学ぶこと選択をし、最先端のソフトウェアやツールを活用でき、かつティーチングスタッフのきめ細やかなサポートができる教育ができるーーー質の高い未来のデジタルクリエイティブ人材を育成するラーニングパスが出来上がっていくことになります。

「tsukurunというノウハウがあるからこそ、アルメニア・TUMOセンターとも対等に交渉をし、群馬県にフィットするTUMOセンターや教育プログラムを開設できる」ことも特長であると南齋氏は述べられておりました。このノウハウが蓄積され、日本初のデジタルクリエイティブ・デジタル人材の学習拠点が今後群馬発・グローバル展開されることも期待されます。

tsukurunとTUMOセンターの今後の展望・関係性


(デジタル人材育成学会作成)

群馬県の山本知事は「新しい価値を生み出すクリエイターを次々と輩出し、デジタル・クリエイティブ産業を群馬の主力産業に育てていきたい」と明確に述べています。先駆けたデジタルクリエイティブ人材の育成の具体的な施策として、JR前橋駅前にデジタル人材の育成拠点「tsukurun(ツクルン)」を設置するなど若年層向けのデジタル教育に力を入れており、次のステップにいくために、デジタル技術に関するワークショップや講座を提供するTUMOセンターというグローバル連携をしていくことはとても意義深い取り組みと考えます。

現時点では高崎駅前にあるGメッセ群馬においてTUMOセンターの創設において準備を開始しており、知事もこの立地戦略に関しては「子どもたちが通いやすく交通の便がいいJR高崎駅周辺がよい。場合によっては他県からも人が来る施設になる」と述べています。デジタル人材学会としても今後も調査・研究活動を進めていきたいと思います。


デジタル人材育成の楽園”群馬県”



本章の冒頭で、群馬県は自然の楽園であり、温泉の楽園であり、歴史遺産の楽園であると表現しました。楽園とは「苦しみのない幸せな生活ができる所」という意味です。新たに群馬県は「デジタル人材育成の楽園」となるポテンシャルが大いにあるのではないかと感じました。

「始動人」をコンセプトに、群馬県は「頭で考え、他人が動かない領域で動き出し、生き抜く力を持った人材」の輩出を大いに奨励しています。そしてデジタルという脈絡では、デジタルクリエイティブ人材の育成を目指し、ITエンジニアだけでなく、芸術や音楽など文化をデジタルの力で価値創造できる人材を目指していることは他県とは一線を画す取り組みと考えます。その「育成の場」として、NETSUGENやtsukurunなどの場を創出し、デジタル人材の育成を主導しています。


新・群馬県総合計画(ビジョン)群馬から世界に発信する 「ニューノーマル」より転載

そしてIT大国であるアルメニアのTUMOセンターと連携し、日本最先端だけでなく世界最先端クラスのデジタル県を目指そうとしていることは大いに着目されます。取材を通して、群馬県のデジタル人材育成は、今後のデジタル社会を支える未来の世代に「楽しく学ぶ場」=「楽園」の提供をしていることです。

TUMOセンターとの連携も含め、今後の群馬県のデジタル人材育成の取り組みに引き続き期待をしたいと思います。


【参考文献】


今井 雅和「効率優先へのアンチテーゼ:アルメニアの IT 教育に学ぶ」(専修大学学術機関レポジトリ、2021年)

一般社団法人 情報サービス産業協会「「JISA版NTC(National Training Center)プロジェクト」 トップITアスリート育成プログラム開講について」
https://www.jisa.or.jp/public_info/press/tabid/3418/Default.aspx


一般社団法人 情報サービス産業協会「「JISA版 NTCプロジェクト第2期 カリキュラム」
https://www.jisa.or.jp/Portals/0/pdf/ntc2023program.pdf



群馬県「教育イノベーションPJの方向性」
https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/158341.pdf

群馬県「【パブリックコメント版】産業振興基本計画原案2」
https://www.pref.gunma.jp/uploaded/attachment/43655.pdf

ぐんま広報 2023年8月号
http://suzuki-kg.com/pdf/%E3%81%90%E3%82%93%E3%81%BE%E5%BA%83%E5%A0%B12023-8%E6%9C%88.pdf

群馬県「令和5年度群馬デジタルイノベーションチャレンジ」
https://www.pref.gunma.jp/page/17022.html


新・群馬県総合計画(ビジョン)群馬から世界に発信する 「ニューノーマル」
https://gunma-v.jp/dbook/books/pdf/gvision2040_vision.pdf

日本最先端クラスのデジタル県を目指す組織作り|日本DX大賞2023
https://www.keikakuhiroba.net/jirei/reskilling_gunma/


デジタル人材育成に「TUMO」導入へ、拠点は高崎のGメッセ
https://www.asahi.com/articles/ASR9Y6X8RR9VUHNB009.html


GDX TIMES「デジタルと学びをつなぐ:第3回『始動人』を引き寄せる国づくり。群馬県の新・総合計画とSTEAM教育の目指す未来(前編)」
https://gdx-times.com/koe-disital-learning-steam-1/

NETSUGEN
https://www.netsugen.jp/about/

tsukurun-GUNMA CREATIVE FACTORY-
https://gunma-tsukurun.jp/

TUMO - CENTER FOR CREATIVE TECHNOLOGIES
https://tumo.org/

TUMO X AGBU
https://agbu.org/tumoxagbu


執筆 デジタル人材育成学会 中村健一

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