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紫陽花の道の行き止まりで #2

前回


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私は、恐る恐る後ろを振り返る。その凛とした声の主は、私が今通ってきた小道の出口で仁王立ちしていた。
ショートカットの髪型は、整っていてツンと高い鼻によく似合う。目線はこちらへと矢のように向けられている。その色は紫だった。アイコンタクトでもしているのだろうか?小さな唇は顔全体を引き立たせるチャームポイントだ。今は少しへの字に結ばれている。
紫のTシャツに薄い青のロングスカート。どうやら寒色がお好きなようである。
袖から伸びた腕は腰に当てられて、重心が全体的に前に傾いている。それが私を威圧しているように見えて―いや実際威圧しているのかもしれないけど―ちょっと萎縮してしまう。
「えっと…」
彼女の姿をまじまじと眺めてから、あることに気がついた。
後ろから来てた人なんていたっけ?
私が道から出てここに来てから、彼女が出てくるまでそんなに時間差はなかったはずだ。あの道を通ってきたのなら、足音とかに気づきそうなものだが。私が雨に気を取られすぎていただけ?まあ、可能性はあるけど…
そんな私の心の声など露知らず、彼女は眉を吊り上げ私をさらに強く睨む。
「…なんの目的があって、ここに?」
なぜかわからないけど、めちゃくちゃ怪しまれてる。割とこっちも怪しみたい状況なんだけど。
というか、目的。目的か。
「目的…は、特にないです。」
「はあ?」
眉がもう限界値なのではというところまで上がる。そんな彼女の鼻に、ポツポツと雨が落ちてきた。私の髪の毛にも、けっこう降り積もっている。そろそろかなり寒くなってくる頃だ。彼女は空を見上げ、ため息をつく。
「まあいいわ。こっちおいで。」
そう言って私から目線を外し、木の方向へとスタスタと早歩きする彼女。私を待つ気はさらさらないようだ。おいていかれないように急いで彼女の後を追った。

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木の下は安心感がすごかった。私を包むような静寂の中、強くなり始める雨の1/fゆらぎがゆりかごの中のような心地よさへ踏み込ませてくれる。その心地よさに任せて目を閉じた。
しとしとがざあざあへと変わっていく。風が強くなる。
「ちょっと。」
低めの声が木の葉ドームの中に響いた。ゆっくりと目を開ける。
「ん…。」
「なに、寝そうになってんのよ。そんな状況じゃないでしょう。」
そうだった。その声で完全に目が覚める。
木の下の彼女は、先程より柔い雰囲気のように思えた。ちょっと暗いからっていうのは、関係ないかな。
「で?目的は特にないって?」
「はい。本当に、気まぐれでたどり着いたんです。」
「ふうん…」
私を試すように注がれる視線。蛇に睨まれた蛙のように、身体が動かせない。
「もしかしたら共鳴、したのかしら。」
ぽつん、と呟かれたその言葉は、予想線上にないものだった。ん、共鳴?もしかしてこの子、中二病とか?そんな私の疑問に被せるように、彼女は口を開いた。
「ここは、"ない場所"なの。」
…やっぱり中二病じゃん。

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続く

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