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【微ホラー】曇天

子供の時から、妙な幻想に悩まされている。

曇天が怖い。どう怖いのかというと、もしあの厚い雲が落ちてきたらどうしよう…ぺしゃんこになってしまう…そんな具合である。

そんなこと、起こるはずがない。ないのに、のっぺりと空に匍う、光沢のない鉄色の雲を見ると、どうしても頭の片隅に浮かんでしまう。

子供の頃、曇の日に絶対に外に出たがらなかった私を見かねた母は、こんな話を聞かせてくれた。

「むかーしむかし、杞という国に一人の男がいました。この男は、たあくん(私の名前)と同じように空が落ちてきたらどうしようと、心配で心配で、ごはんも食べれなかったんだよ。でも、他の男が、空は空気が集まっているところだから落ちてこないよって言ったんだ。だから、大丈夫だよ。」

母の健闘も虚しく、私の曇り嫌いは治らなかった。中学生に進級しても、相変わらず。曇りの日は車で学校まで送ってもらうほどだった。

ある時、体育教師に無理矢理に雲の下へと連れ出されたことがある。私が曇りの時にグラウンドでの授業に出ないものだから、ずる休みだと思われたのだろう。必死に壁にしがみついて抵抗するものの、貧弱な中学生と鍛え抜いている体育教師では雲泥の差がある。すぐに引きはがされ、引きずられる。泣き喚きながら抵抗する私に、根性がなってないと喝を入れる教師。

ついに外に出される。お天道様はこの所業を見てくれていない。私は見上げた空に目眩いがし、喉を逆流してくるブレックファーストに身を委ねた。

そいつは後に、クビになったらしい。風の噂によると他の生徒にも体罰スレスレの行為をしていたそうだ。

そんな話はどうでもよい。問題は、この幻想が社会人になった今でも続いていて、これから曇天の下に繰り出さなければいけない用事があることだ。

今昼、大事な取引先との対談がある。先方の会社まで行って商談をする。それに私が抜擢されたのまでは良かったのだが、よりにもよって曇ってきた。電車やバスで行くのは論外だし、車で行くにしても駐車場にまで行かなければならない。駐車場は外にある。玄関から車まで、私の体は重い重いワタガシに曝される。あとは…同僚に玄関まで車を運転してもらうか。そうすればなんとかなる。

私は大きい歩幅で同僚へと歩み寄る。

「すまないけど、玄関まで車を持ってきてくれないか?今日大事な商談があって。」

「なんでだよ、そんくらい自分でやれよ。」

「いや、そこをなんとか…」

「俺も忙しいの!そんなことしてる暇ねえんだよ!」

「お願いだ!実を言うと、俺、曇り空が怖いんだよ…」

「はあ?饅頭こわい、ってか?何いってんだか…」

邪険に扱われ、私の心模様は不安定になっていった。まずい。どうしよう。玄関から駐車場まで走るしかないのか。本当に?ああ、嫌だ。そんなことしたくない。怖い、怖い…

心内に曇天が広がっていく。ドキドキして、心臓が潰えそうだ。


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次のニュースです。

東京都---区の会社で社員の男性が原因不明の心臓病で死亡しました。

午前11時10分、男性は会社内の廊下で突如として倒れ、救急搬送されたものの病院で死亡が確認されました。

男性には持病はなく、原因は今のところわかっていないとのことです。


次は、天気予報です。

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