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Born In the 50's 第二十話 口火

    口火

 EAS──東アジア首脳会議に参加する首脳たちが到着しはじめていた。
 インドネシアとマレーシアの首脳はすでに到着。いまフィリピンとタイの首脳が続いて到着したところだった。首脳を乗せた車は一様に正面玄関に車を停めると、そこで賓客たちを下ろして、車はそのまま地下一階の駐車場へとやって来て、そこに駐めることになる。
 賓客たちはそれぞれ用意されているスイートルームへと案内されることになっていた。
 いま四台目の車が駐車場へ入ってきた。
 タイヤがこすれるような音を立てて警備に立っている沢口の前を通り過ぎたところだった。このフロアには首脳たちを乗せてきた車だけが駐車する。警備に同行していた車はさらにひとつ下の地下二階に駐めることになっている。
 いま到着したばかりの車が駐車スペースに駐まったところだった。
 ドライバーたちは車を降りるとそのままエレベーターで、控え室が用意されているフロアへと上がっていく。
 いま車を降りたばかりのドライバーが沢口たちに軽く会釈するとそのままエレベーターへと消えていった。
「いま四台目が駐まった」
 沢口はマイクに向かって小声で話した。
「もうすぐターゲットの車が到着する。ただ、正面玄関で下ろすのか、そのまま駐車場へ入るのかわからない。車は二台だ。そのどちらかにターゲットが乗っている。向こうも警戒しているようだ」
 イヤーピースを通して班長の声が聞こえてきた。
「了解」

 日の丸をはためかせて二台の車がホテルへとやって来た。アプローチへと進むと一台は正面玄関へ、もう一台はそのまま駐車場へと進んでいく。端から見ているとそのどちらに石澤総理が乗っているのか判らなかった。
 正面玄関に車が到着した。
 そのまわりをSPがぐるりと取り囲み後部座席のドアを開ける。
 中から、石澤総理が降りてきた。続いて同行している秘書官も降りる。待ち構えていた政府関係者とSPに囲まれたまま玄関へと入っていった。
 石津は田尻と一緒にフロントロビーにいた。
 山下課長もそこに加わった。責任の重さがのしかかっているのか、重苦しい表情であたりを警戒している。
 石津は、秘書官や政府関係者たちと玄関から入ってきた石澤総理を複雑な思いで見ていた。石澤総理とそれを取り囲んでいる一団はゆっくりとフロントロビーを移動していく。石澤総理のために一室用意してある。まずそこへと誘導することになっていた。
 SPたちが、その一団をガードしながら誘導していく。
 さらにその外側では機動隊員たちが眼を光らせていた。
 石澤総理が石津の姿を見つけたらしく、その一団の動きを無視するようにして近づいてきた。
「久しぶりだな。元気か」
 石澤総理が先に声をかけた。
「相変わらずさ。そっちはどうだ?」
 石津はふだんと変わらない調子で返答をした。
「あちこちで叩かれている。それも相変わらずか」
 石澤総理はそういって笑った。
「狙われているのに、正面からか」
 石津は心配そうに訊いた。
「いつも正面突破だ。知ってるだろう」
 石澤総理はそういうと、石津に軽く手を振ってふたたび一団といっしょにエレベータホールへと向かっていく。
「まず今夜のパーティー会場を視察してから、部屋へ向かうようです」
 田尻が石津に話しかけてきた。
「なるほど。どうする、我々もパーティー会場へいった方がいいかな」
 石津は田尻に訊いた。
「そうですね」
 田尻は頷いた。
 石澤総理は、そこまでついてきた政府関係者たちとは別れ、秘書官とそれからSP三人とエレベーターに乗り込むと、フロントロビーのある五階から一階へと向かった。
 石津たちもそのあとを追うようにエレベータに乗ると一階へと降りていく。
 一階に着くと、すぐに石津はエレベータから降りて、石澤総理の姿を探した。石澤総理たちはパーティー会場へと廊下を歩いているところだった。
 総理になってすこし変わったのかもしれない。人としての大きさといえばいいんだろうか。責任と仕事の重さが人を大きく育てることがある。
──石澤のやつ、いつの間に成長したんだろう。
 石津はゆっくりと小さくなっていく石澤総理の背中をそのまま追い続けた。
 その瞬間だった。
 爆発音が鳴り響き、パーティー会場となるはずだった部屋のドアと壁の一部が吹き飛んだ。
 怒号と悲鳴が交錯する。
 一瞬なにが起こったのか石津には判らなかったが、咄嗟にその場所へと走り出していた。
 火災警報が鳴り響いている。
 その中を石津は走った。なにかを考える前にともかく動く。石津は走った。その背後から田尻や、機動隊員も続く。
 石澤総理たちは爆発があった箇所のすこし手前にいて、直接の被害はなさそうだった。しかし、呆然とその場にしゃがみ込んでいた。
「石澤!」
 石津は思わず、総理の名を呼んだ。
 石澤総理をSPが身を挺して守っていた。
「大丈夫か?」
「ああ」
 石津が声をかけると、石澤総理は頷きながら降り注いだ塵や埃をはたき落とした。
 その場に立ち上がると、SPの宮下が念のために石澤総理の身の安全を確かめる。
「いったいなにが起こったんだ?」
 田尻が声を上げた。
「どうやらパーティー会場に爆弾が仕掛けられていたようです」
 機動隊員のひとりがあたりの様子を伺いながら答えた。
「爆弾……」
 石津が田尻と顔を見合わせ、口を開きかけた。しかし、その疑問の言葉は銃声で遮られた。
「うお」
 怒声ともつかない声が廊下の端にあるクロークから聞こえ、その声の主たちがこちらに向かって発砲していた。自動小銃の連射だった。
「ともかく応戦しろ!」
 田尻の指示が響いた。
 銃声が入り乱れる。
 石津はなによりもまず石澤のことが気がかりだったが、宮下たちSPがガードしていた。機動隊員が使用しているライオットシールドを盾にして、石澤総理をその場に伏せさせると、身体で覆うように防御している。
 機動隊員たちが使用しているライオットシールドは防弾性能にも優れている。まず貫通することはない。それぞれがライオットシールドに身を隠すようにして銃で応戦をはじめた。
 機動隊員たちのH&K MP五の反撃に、SPたちのSIG SAUER P二三〇の応戦が加わる。SPたちは射撃の腕も求められる。しかもその精度はかなり高い。五メートル先ならピンポイントで確実に狙い撃ちできるだけの技量を持っていた。
 とはいえ、このまま銃撃戦を続けることはやはり危険だった。ライオットシールドを盾にしてはいるが、総理大臣をこのまま銃撃に晒すわけにはいかない。
 SPの宮下は、自らの身体で総理をガードしながら、後退することを選んだ。
 他のSPたちと機動隊員たちにもその旨の指示を出す。
 シールドに身を隠してただ銃撃が止むのを祈るように待っていた石津も、田尻といっしょに石澤総理を囲む一団に加わり、ゆっくりと後退していく。そこへエレベーターホールを警備していた機動隊員たちが駆けつけてきた。
 廊下の端からの攻撃を防ぐように、機動隊員たちのライオットシールドが幾重にも並べられ、一団となって後退していく。もちろん機動隊員たちのほとんどはシールドを盾にしながら応戦をしている。
 激しい銃撃音がホテルの廊下に響き渡る。
 爆発のあった場所ではライオットシールドを構えた機動隊員たちがひとかたまりとなって、そのまま応戦を続けている。この場を確保しておかないと、クローク側にいる敵の侵入を許してしまうことになる。
 石津と石澤総理たちはエレベーターホールの近くまでなんとか後退した。ちょうどここで廊下がくの字のように折れ曲がっていて、直接、銃撃にさらされることはなかった。
「まず総理だけはなにがなんでも護れ! 護るんだ! このまま駐車場へ戻り、いったんホテルから出ていただく」
 宮下はその場にいた全員に檄を飛ばした。
「わかりました」
 田尻もその言葉に頷いた。
 地下一階の駐車場へと通じている階段は、廊下の反対側の端にあった。
 SPの宮下の指示で態勢を立て直すことになった。ライオットシールドを構えた機動隊員ふたりが先頭に立つ。SPの宮下が石澤総理の前を、総理の左右とさらにうしろにもSPが配されていく。オブザーバーとしてここにいる石津もそのガードされる側に加わる。
 田尻はSPといっしょに総理をガードすることになる。
「石津……」
 そのとき石津のイヤーピースに濱本の声が聞こえてきた。
「どうした?」
 石津は返事をした。
「他の隠しファイルを見つけた。これにはどうやら指揮命令系統が記載されているようだ。ただ、暗号化されているみたいで解読するのにちょっと時間はかかりそうだけど」
 濱本があたりを憚るような小声で話した。
「解読が終われば首謀者たちがわかるということか?」
 石津も濱本と同じように小声で訊き返す。
 その声は田尻にも伝わっているようで、田尻も石津の顔を見ながら濱本の返答を待っていた。
「首謀者だけじゃなくて関係者が全員わかると思う」
 濱本が答える。
「田尻、わたしは濱本さんの様子を見てくる。君たちは総理の方を頼む。もし関係者がわかるとなると、ことを慎重に進める必要がある」
 別のフロアにいる山下課長が無線で会話に加わり、田尻にいった。
「わかりました」
 田尻が返事をした。
 石津はこれから向かう廊下を見た。右側には日本庭園が設えてあり、ガラス張りの廊下からその眺めを楽しむことができるようになっていた。もちろんいまはそんな余裕はない。
 庭園の向こうから眩しいほどの光が射しこんでいる。
「では」
 宮下がそういいながら全員に合図を送ったとき、廊下のガラスが打ち砕かれ、日本庭園側からも銃撃がはじまった。石津と石澤総理の一団はその行く手を阻まれた格好だ。
 先頭に立つはずだったふたりの機動隊員たちはライオットシールドを盾にして、応戦する。そこへクローク側の応対をしていた機動隊員たちのうち何人かが駆け寄ってきた。
 すぐにシールドの盾を増やして応戦をはじめる。
 しかし、石津と石澤総理は身動きできずにいた。後退すればクローク側からの銃撃に晒される。
 激しい銃撃戦が一団の前後で続く。
 そのとき先頭に立っていた機動隊員のひとりが日本庭園に向けてスタングレネードを投げた。すぐに炸裂して、大きな破裂音ともに目映い光が放たれた。
 その隙に機動隊員たちが、割れたガラス窓を突き破って日本庭園へと飛び込んでいった。
 銃撃音が響く。
 石澤総理を守っているSPもまた応戦に加わる。
 激しい銃撃が続いたが、しかし、さほど長い時間は必要ではなかった。日本庭園側の銃撃が止むと、クローク側もほぼ同じようなタイミングで鎮圧できたようで、ふいに銃撃音が止んだ。
「どうやら鎮圧したようです」
 その耳元で田尻がいった。
 石津は頷くと、あたりを見廻し、大きく息を吐き出した。
 そのまま立ち上がろうとして、膝が小刻みに震えているのに気づいた。こんな事態に遭遇すればだれだって恐怖を感じるものだ。戦地にいた頃とは違い、すっかり日本の平和に馴れてしまったということなんだろうか。それとも衰えたということなのか。
 石津は苦笑すると立った。
 石澤総理も宮下の手を借りてその場に立ち上がる。
 ふたりはどちらからともなく照れ臭そうな表情で互いの顔を見合わせた。
「こんな形で命を狙われるとはな。ここは日本のはずだったんだが」
 石澤総理がつぶやくようにいった。
「その国の総理大臣はお前だぞ」
 石津はそう言葉を返した。
 田尻と機動隊員たちは日本庭園の方を確認していた。石津も日本庭園へと足を踏み入れた。飛び散ったガラス片と銃撃で散らばった樹木や葉っぱなどと一緒に何体かの死体があった。
 石津は、すぐ近くに倒れている男のところへと歩み寄っていった。
 倒れている男は、しかしまだ息があった。意識もしっかりしているようだ。それでも反撃するだけの力はどこにも残っていないのだろう。機動隊員に身体を探られても身動きすらできないようだった。
 なぜこんな無謀なことをしているのか。それが不思議でならなかった。廊下で待ち伏せをしたとしても、自分たちが撃たれるであろうことは容易に想像がつくはずだ。なにしろ警備している人数が違う。
 石津は、倒れている男の姿を見ているうちにあることに気がついた。
 それを確かめるために、もうひとりの男のところへ近づき、その遺体を確認した。
「田尻さん、こいつらは目印のために、ブーツに赤いペイントを塗っている」
 その言葉を聞いて、現場へと駆けつけてきた第一機動隊の山瀬が機動隊員たちに指示を出した。ペイントについて確認するためだろう。山瀬はトランシーバーを通して確信を得たらしく、石津たちのところへと近づいてきた。
「確かに、クローク側の奴らも同様にブーツの左側に赤のペイントを塗っていたようです」
 山瀬がいった。
「なるほど。これでいきなり出くわしても敵かどうか判断できる」
 宮下がその言葉に頷いた。
「ところで、爆破は?」
 田尻が確かめるように訊いた。
「どうやらホテルの従業員を装ったふたり組が装花用の花器を置いていったらしい。外にいた起動隊員がそれを覚えていた」
 山瀬が答えた。
「ホテルの従業員……」
 石津は廊下ですれ違った男のことを思い出していた。
──あのときに感じたのは、もしかして殺気だったのか?
「やっかいな相手だな。だとするとそうとう爆発物には詳しそうだ」
 宮下がいった。
「従業員に紛れ込んでいるということは、また別の暗殺要員だろう。しかも、プロの仕業に違いない」
 石津は確信を込めて、田尻たちにいった。
「ともかく、まず総理を車へ」
 宮下が促すようにいった。
「ではさきほどと同じ態勢でいきます」
 田尻がその言葉に頷いた。
 ふたりの機動隊員を先頭に、SPと石澤総理、そして石津に田尻が続き、さらに後衛としてふたりの機動隊員が付き添う形で、廊下を進んでいく。
 廊下の端には階段があり、それを下りると、そのまま地下の駐車場へと行くことができるようになっている。
「濱本、聞こえるか?」
 石津は廊下をゆっくりと歩きながら、濱本にマイクを通じて話しかけた。
「ああ、聞こえる。どうした?」
 石津のイヤーピースに濱本の声が聞こえた。
「こっちはこれから地下の駐車場へ行くところだ。石澤を、総理をそのまま車に乗せてホテルを出ることになる。そっちはどうだ」

 濱本は警備本部が設置されている会議室のすぐとなりにある控え室にいた。
 ひとりデスクに向かい愛用のMacBook Proを操作していた。ネットとの接続用の回線が用意されていて、それはMacのEthernetポートに直接接続されている。
「こっちはさっき話をした、別のファイルを確認しているところだ。どうやら名簿もいっしょに入っているみたいだな。いま、そのファイルを抜き出している」
 濱本がマイクを通して石津に伝えた。
「これから階段を……」
 濱本のイヤーピースに石津の声が聞こえる。しかし、その声は途中で途切れた。
「石津、階段がどうしたって? おい、聞こえてるか?」
 濱本は右耳のイヤーピースを軽く叩いてみたが、しかし、石津からの返事は聞こえないままだった。
──どうしたんだろう?
 そう思いながら、ふたたびMacのキーボードを叩きはじめた。
 そのとき、いきなり背後のドアが開いた。
「濱本さん、どうですか?」
 山下課長だった。
 濱本が山下課長に答えようと振り返ったとき、しかし濱本の眼に映ったのはMP五の銃口だった。機動隊員が立ちはだかっている。その向こう側に山下課長が立っていた。
「優秀すぎるのも困りものでね。余計なことを伝えられると面倒なので、無線は使えなくしておきました」
 山下課長はうっすらと笑みを浮かべながら口を開いた。
 いったいなにをいいたいいのか確かめたくて濱本は問いかけようとしたが、しかし次の瞬間、MP五が火を吹き、濱本はその場で絶命した。
「パソコンもめちゃめちゃにしてくれ。証拠を残さないように頼む」
 山下課長は機動隊員に指示をした。
 機動隊員のブーツの左側には赤いペイントが塗られている。
 男は黙ったまま頷くとデスクの上にあったMacBook Proに一連射を浴びせ粉々にした。
「ご苦労──」
 山下課長はそれだけいうと、今度は自らの手にあったグロック一九で機動隊員の頭をヘルメット越しに撃ち抜いた。
「──これで片付いたよ」

「Born In the 50's」ですが、各章単位で公開していて、全体を通して読みにくいかなと思い、index を兼ねた総合ページを作ってみました。
 いままで通り毎週、章単位で新規に公開していきますが、合わせてこの総合ページも随時更新していこうと思います。
 頭から通して読み直したい、そんなことができるようになったはずです。ぜひもう一度、頭から読み直してください。
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夕焼けフォトグラファー / 物書き / デジタルコンテンツデザイナーの癌サバイバー、竹井義彦です。 逗子の海の写真や、オリジナルの小説をメインに公開しています。よろしくお願いします。
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