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Born In the 50's 第十八話 駐車場

    駐車場

「モラン、いまどこにいる?」
 ホテルの従業員の制服を纏ったジムは左の袖口にセットしたマイクを口に近づけると、つぶやいた。
 いま一階を警備している機動隊員の前を通り過ぎたばかりだった。
 NSAと背中にペイントされた防護ベストを着ている男のことが気にかかったが、しかしいまひとりの男にかかずらっているときではなかった。
「ロビーにいる」
 イヤーピースにモランのつぶやきが聞こえてきた。
「そっちはどうだ」
 手短にジムはいった。
「とくに変わった様子はない」
 モランも素っ気なく返す。
「駐車場へ向かう」
 ジムはそうつぶやくとそのまま従業員用の階段へ向かい扉を開けて踊り場へ出ると、階段をゆっくりと降りていった。
 地下一階に着くと扉を開けてあたりを伺った。
 が、揉みあうような物音が聞こえたために、ジムはそのまま素早くドアで身を隠すと、物音が聞こえたあたりをそっと覗き見た。
 もう物音は止んでいた。
 ジムは服装を整えると、改めてドアを開けて駐車場へと出た。そのままあたりを見ながらゆっくりと歩きはじめる。
 地下一階の駐車場には主に送迎用の車を駐めるため、警備関係の車はいっさい駐められていない。そのために駐車場自体はガランとしていて、車の停車位置を示すペイントが書かれたフロア全体を見渡すことができた。
 歩行者用の通路がエレベーターホールへと繋がっている。さっき物音がしたあたりだったが、ジムがその前を通ると、警備のために機動隊員がひとり立っているだけだった。警備靴の左のつま先が赤く汚れている。
 ジムは軽く頭を下げてその前を通った。
 ライオットシールドを持った機動隊員はそのまま軽く頷き返しただけだった。ヘルメットのシールドが下ろされていてその表情を見ることはできなかったが、固い表情をしているんだろう。
 ジムはそのまま駐車場を一周するとふたたび従業員用の階段に戻り、さらに下へと降りていった。
 地下二階には警備関係者の車が駐まっていた。人の出入りもあってちょっと雑然とした感じがする。NSAの防護ベスト着たものたちもあちこちにいて、それぞれの持ち場を確認したりしているようだった。その中には田尻を補佐している安岡もいた。
「すいません!」
 彼女がジムを呼び止めた。
「はい」
 ジムはすこし大きめの声で返事をすると、すぐに近づいていく。
「なにかありましたか?」
 軽く会釈をするとジムが尋ねた。
「あそこにあるゴミ用のポリバケツを撤去してくれませんか。すべて片付けるようにあらかじめ指示をしておいたんだけど、どうやらひとつだけ忘れたままになっているみたい」
 安岡は図面を確認しながら、駐車場の隅を指さした。
 そこには大きめの汚れたポリバケツがひとつ置いてあった。
「中の確認は済みましたか?」
 ジムが訊いた。
「ええ、空っぽなのは確認済みよ」
 彼女は頷くと、トランシーバーを耳に当てて話はじめていた。
「安岡です。地下二階の確認がすみました」
 どうやらすでにジムの存在は頭にはないようだった。
「かしこまりました」
 ジムは頭を下げて、そのままポリバケツのある駐車場の隅へと歩いていった。念のために蓋を開けてみる。確かに空だった。
 ジムは蓋を左手に持ち、ポリバケツを右手に持つとそのまま従業員用の階段へと向かった。
 バックヤードのどこかにこういったものは集められているんだろう。しかし、そこがどこなのかジムに判るはずもなかった。
 とりあえず従業員用の階段まで運ぶと、あたりを見廻した。地下一階との間の踊り場に大きめのドアがあった。中を確かめて見る。配管を調べるためのスペースのようだった。ガランとした空きスペースがある。
 ジムはいったん戻ると、そのバケツを運んできて、そのスペースに仕舞った。そのままドアを閉める。
「アイリーン」
 ジムは左の袖口のマイクに向かってつぶやいた。
「なに?」
 アイリーンが答える。
「お誂え向きのものをみつけた。これなら使えるだろう」
 ジムはにんまりとしながらつぶやいた。
「どこ?」
「本館の地下だ」
 ジムはそういいながら頷いた。
「すぐに向かうわ」

「沢口、来てくれ!」
 一階の車止めのところで警備をしていた沢口のイヤーピースに声が響いた。
「どうした?」
 沢口はヘルメットを直す素振りをしながら小声でつぶやいた。
「地下一階だ。手伝ってくれ」
 慌てた声だった。
「わかった」
 沢口は頷いた。
 そのまま腕時計で時間を確かめる。あたりをゆっくり見廻してから、いっしょに警護していた隊員に近づいた。
「申し訳ありません。いったん点呼のために隊に戻ります」
 姿勢を正すと沢口はきびきびとした声でいった。
「了解。すぐに戻れるのか?」
 隊員が尋ねてきた。
「点呼の際に別の場所に配置されることもあります。そのつもりでいていただくと助かります」
 沢口はすまなそうに答えた。
「わかった。配備についてはこっちも考えよう。そっちは応援部隊だから、いろいろとやりにくいこともあるだろうし」
 隊員はそういって頷くと敬礼をした。
「ありがとうござます」
 沢口はそれだけいうと返礼をしてその場を去った。
 急ぎ足で地下一階へと向かう。
 エレベーターホールに機動隊員がいる。設置されているカメラの死角で沢口を待っていた。
「どうした、水居?」
 沢口はヘルメットのシールドを上げると尋ねた。
「いや、一緒にいたやつがなにか勘づいたらしくて……」
 そういいながら水居と呼ばれた隊員もヘルメットのシールドを上げた。
「それで?」
 沢口はせかすように訊いた。
「揉みあいになったんだが、一応、気絶させておいた。それでどうしたものかと」
 水居は頭をかきながら答えた。
「どこへやった?」
 沢口はあたりを見ながら尋ねた。
「そこの陰に」
 水居はあごでその場所を指し示した。
 沢口はすぐにその場に駆け寄ると、そのまましゃがみ込むようにしてぐったりと倒れている機動隊員の様子を見た。
 確かに気を失っているようだった。しかし、このまま放置しておくわけにもいかない。
 沢口はあたりを見廻して、エレベータホールにトイレの案内板があるのを見つけた。
「水居!」
 沢口は仲間の名を呼ぶと、倒れている隊員の両肩を持ち上げた。
「足を」
 沢口の指示を聞いて、水居は両足を持ち上げた。
「どうする?」
 そのまま沢口の顔を見た。
「そこにトイレがあるだろう」
「なるほど」
 水居は納得したように頷いた。
 そのままふたりは倒れた隊員を運びはじめた。
「トイレじゃないのか?」
 沢口の進む方向が自分の考えとは違ったのか、水居が尋ねた。
「女子トイレの方が個室が多いだろ」
 沢口はそれだけいうと、そのまま女子トイレに向かった。
 個室に押し込めると、沢口は猿ぐつわを噛ませ、両手両足を身動きができないよう縛りつけた。個室の内側から鍵を掛け、天井との隙間から個室を出る。
 外から鍵がかかっていることを確かめると沢口はようやく笑みを浮かべた。
「これでいいだろう」
「ああ」
 水居も頷き返した。
 そのときトレイの入り口のドアが開いた。
 沢口と水居は慌ててH&K MP五を構えた。
 ドアを開けた機動隊員は向けられた銃に驚き、慌てて同じようにMP五を構えた。
「待て!」
 ドアから入ってきた隊員のブーツの左爪先を確認した沢口が左手を上げて水居を止めた。
「俺だ、沢口だ」
 沢口は両手を挙げて名乗った。
「脅かすなよ」
 ドアから入ってきた隊員も構えたMP五の銃口を下げた。
「立花か?」
 沢口が尋ねると、機動隊員はシールドを上げて頷いた。
「ああ。それにしてもふたりで女子トイレにしけ込んでなにやってるんだ?」
 立花と呼ばれた機動隊員がトイレの中を物珍しそうに眺めながら尋ねた。
「ひとり気絶させた隊員がいたんで、そこの個室に閉じ込めたところだ」
 水居が答えた。
「なるほど」
 立花は鍵のかかった個室の前まで来ると、納得したように頷いた。
「あと二〇分ほどでターゲットが到着する。準備しておいてくれ」
 立花は真顔になるとふたりにいった。
「了解」
 ふたりは声を揃えて返事をすると、力強く頷いた。
 女子トイレを出ると、沢口と水居のふたりはエレベータホールの前に立ち、ふたたび警備に就いた。

「Born In the 50's」ですが、各章単位で公開していて、全体を通して読みにくいかなと思い、index を兼ねた総合ページを作ってみました。
 いままで通り毎週、章単位で新規に公開していきますが、合わせてこの総合ページも随時更新していこうと思います。
 頭から通して読み直したい、そんなことができるようになったはずです。ぜひもう一度、頭から読み直してください。
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