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Born In the 50's 第十二話 応接室

    応接室

 北新宿にある国家安全保障局のビルの駐車場へ車を駐めると、石津と濱本は一階にある応接室へと案内された。
 駐車場の入り口で車を調べられ、そして地下から一階へと上がるエレベーターのところでボディチェックをされた。ふたりともポケットの中身まで確認され、さらに濱本は持っていたMacBook Proがちゃんと起動するかどうかまで確かめられた。
 近藤の遺体はストレッチャーに乗せられると、救急車で搬送されていった。きっと関連している病院で検死されるはずだ。
 ──出血性ショック死と書かれた死亡診断書が遺族に渡されて、彼の人生はそこで終わってしまうのだろう。
 石津はそんなことをぼんやりと思いながら、案内された応接室のソファに座っていた。
 となりに座った濱本は衣服が血で汚れていることもあってか、落ち着かない様子であたりをきょろきょろと見回していた。
 壁には窓の類は一切ない。応接室といいながらいつ取調室へ変わるのか判らない。そんな物々しい雰囲気が漂っていた。
 しばらくするとドアがノックされ、女性が入ってきた。
 その手には飲み物を乗せたトレイがあった。
 軽く会釈すると石津と濱本の前に珈琲の入った紙製の大きめのカップを置いた。それから木製のマドラーと砂糖が入った紙袋にミルクの入ったポーションを並べ、どうぞとひとこと残して部屋を出ていった。
 しばらくすると濱本が口を開いた。
「飲まないのか」
「ああ」
 石津は腕組みをしたまま答えた。
「どうして?」
 濱本はそういいながらカップに手を伸ばした。
「指紋を採られる」
 石津は濱本の顔を見ていった。
「指紋って……」
 そういいながら濱本は伸ばしていた手を引っ込めた。
「迂闊なこともいわないほうがいい」
 石津はさらにいった。
「録音されてるのか?」
 濱本はあたりを見回しながら訊いた。
「しているかどうかは判らない。でもすることはできるようになっているはずだ。そういう類の場所に、いま俺たちはいるということを自覚しておいた方がいい」
 石津はそういうと静かに眼を閉じた。
「なるほど、そういう類の場所か」
 濱本は腑に落ちたように頷いた。
 やがてノックの音が響くとドアが開き、田尻を先頭に男たちが入ってきた。
 石津と濱本は立ち上がった。
 田尻の顔は心持ち白かった。沢口が発砲したことについての自責の念が尾を引いているのだろう。
 続いて入ってきた男は石津たちと同じような年齢の男だった。さらに最後に入ってきた男は老人といっていい年齢だったが、しかし他のふたりとは違う威圧感があった。存在感といえばいいんだろうか。この局におけるポジションをその存在で語っているようだった。
「直属の上司にあたる山下課長と、国家安全保障局の責任者、栗木田局長です」
 田尻がふたりを紹介した。
「あなたが石津さんですか。この度は、部下がとんでもないことをしてしまい、大変申し訳なく、深くお詫びいたします」
 最初に山下課長が口を開き、そういいながら頭を下げた。
「その言葉は遺族にお願いします」
 石津が受け答えをした。
「確かに石津さんの仰る通りだ。ご遺族の方にはわたしからきちんとお詫びをしておきたいと思う」
 栗木田局長はそういいながら、ふたりに座るように促した。
「個人的には、どういう理由であのデータが探していたのか、そしてあのデータにはいったいなにが入っていたのか、それをお教えいただきたいと思っています」
 石津はソファに腰を下ろすと口を開いた。
「それについてはわたしたちも調査中なのです。なぜ、あの沢口がということも含めて、今回のことについてはいろいろと疑問点が多い」
 山下課長は手を組みながらいった。
「わたしたちは、この局の保安課の方たちにも追跡をされたんです。すぐに答えが出そうなものですけどね」
 石津は皮肉っぽくいった。
「それについては、報告を受けてわたしも驚いているんです。保安課ということで、もしかすると機密漏洩ということに敏感に反応しすぎたのではないかと、局長を通じてその理由を問い糾すつもりでおります」
 山下課長が答えた。
「人の命を奪うほどのなにかなんですか?」
 石津はさらに訊いた。
「人の命と引き替えにしていい秘密など、わたしたちの局にはありません。もしかすると、沢口の個人的ななにかが関係していたのかもしれないと、わたしは睨んでおります。部下をきちんと掌握できなかった責任は、当然わたしにあります。これについては、ただただお詫びするしかありません」
 山下課長はまた頭を下げた。
 石津はそれには答えず、ソファに深く座り直して、濱本の顔を見た。
 濱本はそんなやりとりをただ不安げに見ているだけだった。
「ともかく、なにかわかったらすぐに知らせていただきたい。いいですか」
 石津はそれだけいうと立ち上がった。
 濱本も同じように立った。
「田尻君、おふたりを車でお送りしてくれ」
 栗木田局長は田尻に向かっていった。
「わかりました」
 田尻は頷くと立ち上がり、ドアへと向かった。
 それを見て、栗木田局長と山下課長も立った。
「それでは、これで失礼する。できればご遺族に挨拶する際に同行していただけると助かる」
 栗木田局長は石津の背中に向かってそれだけいった。
 石津は振り返るとただ黙って頷き、部屋を出ていった。

 ドアが締まるとすぐに栗木田局長たちも応接室を出た。
「まったくとんでもないことをしでかしてくれたものだ」
 局長室へと向かう途中で栗木田局長はこぼすようにいった。
「申し訳ありませんでした」
 山下課長は取り繕うように謝った。
「いい、お前のせいじゃない。あいつを張り付かせたのはわたしだ」
 それだけいうと栗木田局長は黙ってしまった。
 ふたりは局長室のある三階へと通じるエレベーターに乗ると、三階に向かい、そのまま廊下を歩いていった。認証端末には局長自らがチェックを受けて、部屋へと向かう。
 ドアのところでその場にいた局員に、しばらくだれも立ち入らないようにと指示を出すと、ふたりは部屋の中へ入った。
「沢口、どうしますか?」
 局長室のソファに向かい合うように腰を下ろすと、山下課長がすぐに口を開いた。
「いまどこにいる?」
 局長が訊き返した。
「はい、しかるべきところに」
 山下課長はすぐに答えた。
「居場所はだれにもわからないところなんだろうな。田尻にでも知れたら、それはそれで困ったことになる」
 栗木田局長はソファにもたれ掛かると天井を見上げながらいった。
「それは大丈夫です。例の部隊と同じところにいますから」
 山下課長は頷きながら答えた。
「まだ使い道はある。とりあえずいつでも動けるようにしておいてくれ。それでデータの方はどうなんだ?」
 栗木田局長は座り直すと、山下課長の方を見ていった。
「はい、ファイルのサイズから見て、例のものだと思われるとのことです」
 山下課長はひとことひとこと区切りながら答えた。
「中身の確認はまだできていないのか」
 栗木田局長はたしなめるようにいった。
「特殊な技術を使っているので、すぐに中の確認はできないとのことです」
 山下課長は言い訳めいた口調で答えた。
「そもそも、なぜデータがすり替えられたかが問題なんだ。それもだれの意向でおこなわれたのかということがだ。あのファイルの存在はごく限られたものしか知らないはずなのに。いったい、だれが……」
 栗木田局はそうひとりごちるといきなり立ち上がった。
「ともかくデータの確認を急いでくれ」
「わかりました」
 山下課長も立ち上がると頷いた。
「局長、例のMですが……」
 山下課長の声に、栗木田局長は振り返った。
「M?」
「ええ、アキラではなく、Mと呼ぶようにと」
 山下課長は苦笑いをしながら答えた。
「その──M──がどうかしたのか?」
 栗木田局長は首を傾げながら訊いた。
「作戦は……」
 山下課長はあごを引き、やや上目使いに尋ねた。
「続行だ。そのために、いまわたしはここにいる。沢口もあのファイルもすべてはこの作戦のためなんだ。なにがなんでも続けろ」
 栗木田局長は苦虫を潰したような表情でいった。
「わかりました」
 山下課長はただ頭を下げて答えた。

「Born In the 50's」ですが、各章単位で公開していて、全体を通して読みにくいかなと思い、index を兼ねた総合ページを作ってみました。
 いままで通り毎週、章単位で新規に公開していきますが、合わせてこの総合ページも随時更新していこうと思います。
 頭から通して読み直したい、そんなことができるようになったはずです。ぜひもう一度、頭から読み直してください。

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