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ショートショート カレーパン

「いい匂いがする!」

彼女はそう言いながら近くのパン屋さんへかけだした。

「ねえねえ!ここのパン屋さん寄ってもいい?」

目をキラキラさせてそう言うから、断る理由はなかった。

そのパン屋は小さな町のパン屋さんという感じであった。中に入ると、部屋いっぱいに小麦とバターの良い香りが漂っていた。
せっかくだから自分も何か買って帰ろうと思い、トレーとトングを手に取った。その時、奥の調理場から 

「カレーパン出来立てです」

という元気な声と共に、カレーパンが運ばれてきた。瞬く間にその部屋はカレーのにおいでいっぱいになり、これにしよう、と心を決めた。トングでカレーパンをとっていると

「私もそれが食べたい」

と言ってきたので、彼女の分のカレーパンをとって、トレーに置いてあげた。その後お会計を済ませ、近くの公園へ向かうことにした。

夕日に照らされて暖かそうなベンチがあったので、そこで一緒にパンを食べることにした。両手で出来立てのカレーパンをもって

「おいしいね」

という彼女を横目に、僕は悩んでいた。
実は今日、別れを切り出そうと思っていた。付き合ってもう2年になる。それぞれ就職も決まり、歩んでいく道もばらばらになった。最近は、最初の頃みたいにドキドキすることも減り、お互いの扱いが雑になっていっているのを感じていた。
そろそろ別れ時だと思ってた。でも、これだけ長く一緒にいたのもあって、なかなか別れを切り出せない。
なんて伝えようか、と迷っているとカレーパンからカレーがこぼれて服についてしまった。慌ててハンカチで拭こうとすると、彼女がすっとウエットティッシュを差し出してくれた。

「ありがとう」

と伝えると、全然大丈夫だよ、と笑顔で返してくれた。
もらったウエットティッシュで汚れを落とそうとしたが、なかなか落ちなかった。すると彼女がそのシミを見て

「私たちもこんな感じなのかな、綺麗に落ちないから残ってるだけなのかな」

僕は驚いた。彼女の方から切り出してくるとは思いもしなかった。
彼女は明るい話しかしない子だったから。

「お互い新しい服とカレーパンを買った方がいいかもね」

僕はそうつぶやいた。彼女も うん、とうなずいて、僕たちはその後はお互いに何も話さないままカレーパンを食べた。いつのまにか日も落ちて、ひんやりとした風が吹いていた。

食べた後は、ありがとう、と言ってそれぞれの家へと帰った。
後ろを振り向くことはなかった、振り向いてしまったらまたやり直したくなるだろうから。

家に帰って、カップラーメンを食べて、お風呂に入ろうとしたとき、少し汚れた服を見て感傷にふけった。もうそこからカレーの匂いはしなかった。





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