見出し画像

淡島通りに想いを馳せて

昨日、わたしは渋谷駅からのバスに乗った。

246をかけのぼり、松見坂を経たあたりで「あ!これよく乗っていたバスだ!」と気がついた。

淡島通りを、三軒茶屋方面に走る。

あの頃、バスに乗るのもすこし、贅沢だった。


渋谷のすぐ隣、池尻大橋や三宿のエリアは、わたしの第二の青春の地だ。

20代も後半に入る頃。ぬくぬくと実家暮らしを満喫していたわたしは、「なんかそろそろなんかを頑張らないといけない気がする」と、家を出ることを決意した。

その時、たまたまタイミングがあった彼女とルームシェアをすることにした。

池尻大橋駅から徒歩15分。坂の上のレンガのマンション。1DKで家賃は10万。冬は死ぬほど寒かった。

そこから3つの家で一緒に暮らした。最後は2LDKになって、すこしは成長したのかもと思えたものだ。

3軒目の家のころ、わたしはアパレル業界からライターに転職していて、駆け出しも駆け出し、昼も夜もなく書き続けていた。

彼女は企業に勤めながら夜はひたすら刺繍をしていて、よく夜中、2人で無言で作業し続けたことを覚えている。

ぷつ、ぷつ、と、小さな音がたんたんと響く。

目を向けその音の正体を捉える。

所作の綺麗さに魔法使いみたいだなぁと、よく思っていた。

そのお供には、よくズートピアが流れていたな。内容知ってるから、見流せる、なんて話をして。上戸彩は声すらかわいいよね、なんて話をして。

ちょっと話してはお互いの作業に戻り、
ときたま、たわいの無い話をしては、「さすがに寝る」となるまで手を動かす。

正直、今書いているこの文章が、私の思い描く未来につながるのだろうかと思いながら、口に出したら挫ける気がして、ただ、手を動かしていた。


バスが停留所を進むたび、そんな思い出が蘇る。よく行った銭湯、銭湯に行ったのに入るモクモクの焼き鳥屋、焼き芋を買った100円ローソン、ダイエットのために通った中学校のプール。

わたし、ここにたくさんの宝物を置いてきたみたいだ。

お金はなかった。時間もなかった。
だけど、不思議と辛くはなかった。

となりに彼女がいてくれたから。

互いに手が届くチャンスを必死にやり遂げて、嬉しくなったり、悔しくなったりしながらも、やめなかった。言葉を削ぎ落として話せる人がいたことは、確実に力になっていた。

「努力したことが実るのは、いつだって少し先」

今日の朝、この言葉がすっと、身に沁みたんだ。

世界が誇るメゾンが、SNSを通じて彼女の刺繍姿を届けてくれたから。


ありがとう。おめでとう。

まだまだわたしも、頑張れる気がする。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?