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「世界の工場」から「イノベーション大国」へ-進化する中国スタートアップ戦略の今-

こんにちは!Dawn Capitalインターンの八並です。

今回はDawn Capital上海メンバーの現地調査を踏まえた中国のスタートアップ事情について、マクロ・ミクロの両視点から説明していきます。
【読了時間目安:5分】

『中国のスタートアップ事情について手っ取り早く知りたい!』という方には必見の内容となっていますので、ぜひご覧ください!


1: 導入

引用:Unsplash

大前提として中国のPE・VC市場は30年ほどの歴史しかありませんが、その中で中国は大きな成長を遂げました。
数値的な面で言えば、

・1999年から2021年まで、PE/VC機関数は150倍以上運用資金量は600倍以上に増加
・中国のPE&VC市場規模は2015年以降、世界第2位をキープしている

引用:STCN

というトラクションを誇ります。

しかし2022年、
1)ゼロ・コロナ政策の下でのサプライチェーンにおける労働力の不足
2)米中の政治的緊張

という背景から中国のVC市場は大きく減速し、

・案件金額は2021年:$136.2BN→2022年:$69.5BNと、前年比49.0%減
・案件数は2021年:7,486件→2022年:6,186件と、前年比17.4%減

という数値を示しました。

ですが中国政府が2023年1月、一転してゼロコロナ政策を撤廃し国境を開放したことで、経済活動は徐々に回復していくと予想されています。

具体的には、3Q22(=2022年第三四半期)からVCの資金調達活動の活発化が見られており、米国トップVCであるセコイアキャピタルは、単一のベンチャーキャピタルファンドが中国市場投資のために調達した資金としては過去最高額となる約90億ドル(約1兆2200億円)を調達しました

引用:Techcrunch

また、启明创投高榕资本という中国有数の米国資本ファンドも新たな資金調達を増やしています。

2023年の全体的な数値に着目すると、

・資金調達数は5305(前年同期比6.8%増)
・資金調達額は1.6兆人民元=約30.5兆円(前年比11%増)

引用:https://www.jiemian.com/article/8673969.html

というふうになっています。
このように2022年には冷え込んだ中国市場はここ数ヶ月で徐々に回復しつつあり、これからの中国スタートアップ業界の動向は要注目であると言えます。


2: 投資活発分野の変遷

引用:Unsplash

以下では、中国スタートアップのホットトピックの変遷を解説します。

【2000~2010】
投資活発分野:金融サービス、伝統的製造業、新素材

背景
・百度(バイドゥ)、騰訊(テンセント)、阿里巴巴(アリババ)といった急成長オンラインサービスが台頭し、大きな成功を収めた。

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【2011~2017】
投資活発分野: 軟科技(ソフトテクノロジー)、オンラインサービス、プラットフォームビジネス (e.g. EC、第三者決済、SNS

背景
・ソフトウェアテック&オンラインサービスの投資人気が2016年にPE/VCの間でピークに達し、市場規模の96.1%を占めた
・スマートフォンの普及による、Didi、ByteDance、PinDuoDuoなどの台頭

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【2017~】
投資活発分野:
硬科技(ハード&コアテクノロジー)(e.g. 半導体、AI、航空宇宙、新エネルギー、新素材、バイオテクノロジー

▶︎2016年と比較すると、ハードウェアテックの投資市場シェアは3.9%から30%に拡大

背景: 
・資金調達側の変化:LP
- 2010年代前半は、LP構成はのキーレイヤーは富裕層、業界資本、第三者資産管理機関(大量の外国資本を含む)が中心。
- 一方、2014年以降、LPの構成は徐々に政府系資本(政府系ファンド)へと移行した。

・出口側の変化:技術系企業の出口オプションの増加
- 2018年の「上海証券取引所科創板」の設立により、テック企業のIPOへの道が加速し、業界の資本流入を促した。


3:人民元とドルの拮抗

引用:Unsplash

以下では中国のVC市場において、国内資本の人民元と海外資本の米ドルの割合がいかに拮抗してきたのかを俯瞰します。

【2000-2009】
外資系ファンド(米ドル建てのファンドがメイン)が支配する時代

背景:
中国のVC市場は、1995年にオンラインサービスのプラットフォームである爱信特(現在の搜狐)が最初の外国VC投資を受けたのを皮切りに、外国資本によってスタートした。

2000年にオンラインサービスプラットフォーム新浪がナスダックに上場したのを皮切りに、業績の良い中国企業が外国為替市場に上場することが一般的になり、外資系ファンドへの投資成功事例が多く見られるようになる。

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【2010-2014】
外資系ファンド(米ドル建て)と人民元ファンド(人民元建て)が均等な割合を占める時代

背景:
2008年の金融危機により、米ドル建てのファンドの資金調達難が起こり、これによって人民元ファンドが勢いづき始めた。
また、中国政府が海外資本が入った投資を嫌い、国内投資でより優位に立ちたいと考え、人民元ファンドの支援を始めたことも理由の一つである。

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【2015~】
人民元ファンドが中国VC市場を完全に支配する時代

背景:
米中の技術対立が一層深刻となり、中国政府の米国資本を中国から追い出したい意向&中国資本と人材の国外流出への恐れ、人民元ファンドが全面的に支援され出した。

▶︎2022年以降の数値としては、
人民元建てファンドと海外ファンドの市場規模比率は7:1
22年上半期の外資系ファンドの資金調達額は前年同期比65%減

という結果がもたらされた。

4: 投資トレンド推移のキーファクター

引用:Unsplash

2010年代という早い時期からベンチャー投資とスタートアップの成長の成功を認識していた中国政府は、国家課題を推進するためにVC投資に積極的な役割を果たすようになりました。以下では、中国政府のスタートアップ政策のキーファクターを解説します。

【政府系ファンド】
LP側では、政府系ファンドの台頭は当初、国を挙げての供給側再編(=サプライサイド改革)の一環でした。中国はいわば「世界の工場」として過剰生産を行っていた一方、高品質なイノベーション開発は未開発という課題がありました。
そこで2014年、政府は革新的なベンチャー企業に資本を誘導するために、政府系ファンドを設立したという背景があります。

【中国製造2025(メイド・イン・チャイナ2025)】

引用:Unsplash

こちらは、2015年に習近平政府が掲げた5つの産業政策です。 この長期経済計画では、中国国内での新産業の創出・生産性の向上・雇用創出の向上を目標としました。
「中国製造2025」は事実上の国家計画であり、この戦略は、3段階に整理されます。

第①段階:2025年までに「製造強国への仲間入り」を果たす
第②段階:2035年までに「世界の製造強国の中等レベルへ到達」する
第③段階:2049年(中国建国100周年)までに製造大国の地位を固め「製造強国のトップ」となる

https://www.digima-japan.com/knowhow/china/14498.php

さらに、これらの計画には「5つの基本方針」と「4つの基本原則」が付随します。

「5つの基本方針」
①イノベーション駆動
②品質優先
③グリーン発展
④構造最適化
⑤人材本位

引用:https://www.digima-japan.com/knowhow/china/14498.php

「4つの基本原則」
① 市場主導・政府誘導
② 現実立脚・長期視野
③ 全体推進・重点突破
④ 自主発展・協力開放

引用:https://www.digima-japan.com/knowhow/china/14498.php

これらの中国政府の施策からは、以下の3つの事象が読み取れます。

  1. 民間VC投資の初期の成功に基づき、政府は、中国にとって比較的新しい投資構造であるVC-スタートアップのメカニズムの強みを認識し始めた。
    - 2010年代以前は、政府は通常、少数の新興企業を直接補助金で支援していました。しかし、株式投資の成功が証明されたことで、より多くの国家資本がスタートアップに流入するようになりました。

  2. 最終的な中国の投資環境は、政府が主導権を握っている。
    - 過半数が海外資本から国内資本へと変容したVCの投資モデルに見られるように、基本的に中国は海外資本(特に米国)の流入を望まない傾向にあります。かつ、強権国家的な中国では、成功したイノベーション開発の最終的な手綱は、最終的には政府が握ることが理想と考えられています。

  3. 中国の政府主導の実行は極めて迅速である。
    - 教育テックの取り締まりや政府系ファンドの台頭は、わずか1年で実行に移されました。中国においては、政府が関与するか否かによって、イノベーション変化のスピードは大きく左右されるのです。


5: スタートアップ・ハイライト

引用:Unsplash

ここ数ヶ月の間に、いくつかのスタートアップがエンジェルラウンドで1億人民元(~19億円)以上の資金を調達しました。そのほとんどは、中国市場の「硬科技」(=ハード&コアテクノロジー)に関するものですが、同時に、メタバース・ゲームの分野も加熱しているのが特徴的です。
以下では、
・設立が直近3年以内
・資金調達額が10億人民元(約200億円)以上
・2020年以降のホットトピック(AIなど)を扱っている

という条件下で、特に注目すべきユニコーン候補の中国スタートアップを4つピックしました。

衔远科技 / Frontis

引用:公式HP
  •  分野::AI / SaaS

  • 設立:2021年

  • シリーズ:シード

  • 事業概要:企業が製品需要を予測するための需要計画ソフトウェア開発。衔远科技のproductGPT技術によって、製品設計・サプライチェーン分析・消費者インサイト・販売予測・UXの向上を完全に自動化した。
    製品ライフサイクル管理プロセス、促進顧客のニーズ、製品需要に関するインサイトを様々な企業に提供している。

  • 直近の資金調達:启明创投のリードで2023年3月に数億人民元を調達。資金用途は製品開発およびチーム拡大。


钠壹新能源 / Natrium Energy

公式HP
  • 分野:新エネルギー / クリーンテック

  • 設立:2023年

  • シリーズ:A

  • 事業概要:ナトリウムイオン電池技術の開発。
    ナトリウムイオン電池は従来のリチウムイオン二次電池に比べ、通常30%程度のコストダウンが可能かつより安全に使用できるという持続可能性の高い利点を持つ。 

  • 直近の資金調達:2023年2月、ナトリウムイオン二次電池業界で最大規模のエンジェルラウンドを実施。資金は主に研究開発費に充当。
    また同社は、公共サプライチェーンサービス会社であるProlto普路通と提携し、合弁会社を立ち上げ、さらなるサービス拡充を図ることを発表した。


万思医疗 / Vas Medical

引用:公式HP
  • 分野: ヘルスケア(手術器具)/ ロボティクス

  • 設立:2021年

  • シリーズ:シード

  • 事業概要: 血管内の処置を容易にする手術ロボット技術の開発に注力。現在の製品は、血管内に入ることができるロボット「VAS HERO」、医療従事者向けのVR手術訓練ツール「VAS COACH」などがある。

  • 直近の資金調達:诺庾资本と国科投资の共同リードで2023年3月に数億人民元を調達。これまでの調達総額は約1億人民元(約20億円)。


辉羲智能 / Huixi Intelligent Technology

引用:公式HP


6:結論

引用:Unsplash

米国との経済競争や政治的緊張が続く中、今後も中国のVCやスタートアップの中心は硬科技(ハード&コアテクノロジー)であることが予想されます。

「世界の工場」から「イノベーション大国」に変身しつつある中国は今後国策として「硬科技」を追求し、科学技術立国に向けてより邁進していくでしょう。


文・リサーチ/ 徐帼豪・宣煌淑・八並映里香
クリエイティブ/ 池田龍之介


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