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【ちょい怖】電磁波

社会人になって2年目。やっとのこと満額支払われた夏ボーナスとそれまで貯めてきたお金で、念願のオメガのスピードマスターを買った。

本当は定番のロレックスのデイトナを買いたかったのだけれど、それこそ100万円はする。安くても60万円はくだらないので、それは夢のまた夢だ。

オメガのスピードマスターは30万円くらいと、何とかボーナスで買うことができるギリギリの価格なのだ。

そしてスピードマスターはNASAの公式の腕時計として採用され、月面にも降り立った時計なのである。

こんな夢のある時計が30万円で手に入るなんて何とお得なのだろう。機械式なのでクォーツ時計と違ってゼンマイを巻いてやらなければならない。逆にそれが宇宙で電磁波を受けるなどして電気系統が故障したときにも、正確な時を刻むことができるのだ。

高価な上に何年かに1度、オーバーホールしなくてはならず、それにも10万円とか普通に時計を何個か買えてしまう金額がかかる。

手間がかかるから愛着がわき、時間を確認するたびそのフォルムにほれぼれするのであった。

こんな高級な時計を買うためには、いろいろ我慢しなければならないこともあった。

食費や娯楽はもちろんのことだが、それ以上に家賃というものが節約するには重要だ。毎月固定で出て行くお金で1番割合が高いのが家賃である。

逆にいえば、家賃さえ抑えればかなりの金額を貯金したり、自由に使うことができる。

社会人になり一人暮らしを始めるにあたっては、アパートを吟味して、風呂なしトイレ共同といったような極端な安い物件ではなくて、それなりに普通の生活ができて、我慢できる交通の便がある物件を探した。

家賃を安く抑えても、精神衛生上、仕事に影響がでるようでは本末転倒だ。

何軒もの不動産屋をめぐったかいがあって、掘り出し物の物件を見つけることができた。

駅からは15分と少し歩くのだが、その程度なら健康のためにも悪くない。風呂トイレ別で1Kと広さもあるし、キッチンがあるので自炊がはかどる。それなのに、近辺の家賃相場が7万円のところ5万円、敷金礼金0と引越して下さいといわんばかりのお得さなのだ。

この申し分のない部屋のお陰で、節約もでき貯金もでき、高級腕時計が買えたのだ。

良い物件ではあるのだけれど、昼間ちょっと見ただけでは分からなかった欠点もあって、高速道路と幹線道路が近くにあり、夜はトラックの音がうるさいのだ。大型トラックが通るとかすかに振動もする。

安いものにはやはり裏があるのだ。

そのほかにも気になることもあった。

結構いい条件にもかかわらず、割と部屋が埋まらないのだ。8室あるアパートなのだけど、この2年満室になったことがない。

僕は神経も図太く少々うるさくても熟睡できるので、神経質な人にとっては車の騒音は我慢できないのだろう。

あとやたらと間違い電話がある。

正確には間違いファクスである。

今どきファクスが付いている電話機などそうないのだけど、実家の使ってない古い電話機をもらってきてのでファクスがついているのだ。そもそもスマホがあれば電話など使わないのだけど、両親が古い考えなので、社会人になっていろんな契約をするときに固定電話番号がないと信用がないというのだ。

ほとんど使うことのないのに間違いファクスがくるのだからたまらない。

夜中に「ファクスを受信します」と音声が鳴って、「ピー、ガガガガガガー」とうるさい。

しかし音は鳴るのだけど、いっこうにファクスを受信して印刷はされないのだ。間違ってるのを教えようかと思うのだけど、何も印刷されないのでどうしようもない。

それが月に何回か決まって夜中に起こるのだ。

最初は月に1回くらいだったのが、ここ最近は毎週のように起こる。

よくよく考えてみると、夜中にファクスを送る会社というのはどうも変だ。

気味が悪いといえば悪いのだけど、何か害があるわけでもないので、あまりにひどくなったら電話会社に問い合わせればよい。

その夜は、いつものようにお気に入りのスピードマスターの手入れをして眺めていた。夜寝る前の日課でこの時間がとても心が落ち着く。そしてゼンマイを巻いてテーブルの上の時計スタンドにかけて布団に入った。

その夜はなぜか寝付きが悪く、うとうとと浅い眠りをいったりきたりしていた。

やっと深い眠りをに入ろうとしたしたことろに、突然、「ファクスを受信します」と機械の音声が流れてファクスを受信し始めた。

「あぁ。またか」と、せっかく眠れそうなのにと腹立たしく思った瞬間、部屋中の電気がついた。

電気どころではなくて、テレビも電化製品が全て起動したのだ。

うわっと一瞬、幽霊でも出たかと恐ろしくなったのだけど、頭の中ですべての原因が繋がった。

この前見たテレビで、トラックが違法な高出力の無線を使っていて、幹線道路沿いで電化製品に影響が出ているというニュースをやっていた。

まさにこのアパートは大型トラックが頻繁に通る高速道路と幹線道路に挟まれていてるので、そういう違法電波の影響を受けやすいだろう。

幽霊の正体見たりというやつで、理屈がわかればなんてことはない。着いた家電を全部消して、布団に入るとすぐに深い眠りについた。

朝、目が覚めて昨日の出来事は本当にあったのだろうかと、夢を見ていたような感じがした。

なかなか寝付けなくてうとうとしていたので、どうも確信が持てない。とりあえずエアコンをつけようと、リモコンをみると時計が午前2時で止まっていた。

布団から飛び起きて、ほかの家電の時計を見て回ったがら全部午前2時で止まっている。

「昨日のは夢じゃなかったんだ」と、少し怖くなったけれども、論理的に説明がつく話なので、夢ではないという証明ができて逆にこれで確信が持てた。

まぁ。種がわかってしまえば、なんてことはない。

NASAの宇宙船でもあるまいし、そんな強い電磁波を浴びる環境は良くないなと思いながら、会社に行く支度をした。

お気に入りの時計をつけて、準備は万端だ。

スピードマスターは午前2時を指している。




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