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天まで届け、パンケーキ

ドドドドドドド田舎に住んでいた。

車のない生活など想定されていないので、歩道のある道路などない。この街の人たちは、産まれ落ちた瞬間から車を充てがわれているに違いない。

私はこの街に長く滞在する予定もなかったので、車も持っていなかった。それでも自分が思い立った時に足を伸ばせる行動範囲を広げたかった。しかし歩道のない車道を歩こうものならしきりにクラクションを鳴らされるし、心優しい人(と信じたい)が「乗っていく?」と車から声をかけてくれることもあった。もちろん乗らない。

そんなわけで、その夜も私はアパートに籠る以外の選択肢がなかったのだ。

一緒に住んでいたアメリカ人のルームメイト4人(子犬、くまさん、子分、歯茎)は、バーに遊びに行っていた。私は当時未成年だったので、置いていかれたというわけだ。

大変退屈なので、隣のアパートに住んでいた日本人の友人を呼び出す。

ルームメイト4人の呼び名は、私たちだけの秘密の呼び名だった。本人に言えるような呼び名ではないからだ。

子犬とくまさんは、まあ見た目通りの呼び名だ。子犬はいつも目がうるうるしていたし、くまさんは髪の毛と髭が繋がっていてもじゃもじゃだった。

「子分」は毎晩牛乳にHERSHEY'Sのチョコレートソースを大量にぶちこんで飲んでいて(牛乳との対比1:2くらい)、だから身長の低い体はパンパンで、そのボディをいつも惜しげも無く披露していた。呼び名が「子分」なのは、隣のアパートに住むhipな女の子の子分みたいだったからだ。

「歯茎」もまたとても大きい女性で、「When I was in China〜」が口癖だった。あまりにしつこいので、「When」が聞こえるとみんな聴覚をシャットダウンしていた。呼び名が「歯茎」なのは、毎晩誰もいなくなったダイニングテーブルにライトがついた小さな鏡台を出し、一心不乱に歯茎をチェックしていたからだ。怖かった。

とても子供っぽくて褒められた行動ではないと思うが、子犬とくまさんと子分はよく歯茎をハブいていた。無視するというわけではないが、遊びに誘ったりすることはなかった。歯茎もそれをわかっていて、よく相談にのっていた。

ところがその日はめでたく歯茎も仲間にいれてもらえ、4人で意気揚々とバーに行ったのだった。

一人残された私は、友人にパンケーキミックス一箱丸々使ってパンケーキの山を作ろうと持ちかけた。それくらい本当に退屈な街の退屈な夜だったし、私はパンケーキが大好きなのだ。

一箱ってそんなすごい量じゃないでしょう?と思うかもしれないが、そんなことはない。アメリカのパンケーキミックスといえば、紙製の箱の中にそのまま入っているのだから。日本みたくご丁寧に小袋に分けてくれたりはしていない。だからたまに虫が入っていたりする。

案の定、大量のパンケーキができて、パンケーキタワーができた。

おさえていなければ、くずれてしまうくらいのパンケーキ。

味も匂いも覚えていないけれど、あの街で一番楽しい夜だった。

帰宅した4人に、パンケーキをしこたま作ってしこたま食べたことを報告する。

4人は「真夜中にパンケーキをしこたま食べることの何が楽しいのか分からない」という顔をしながら、「いいね」と言う。

私も「普段ハブいたりハブかれたりしているメンバーでバーに行くことの何が楽しいのか分からない」という顔をしながら、酔っ払った彼らの話に「いいね」と相槌をうつ。

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