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自分の小説世界を広げるために 中欧

日本に暮らして日本の小説を読んでいると どうしても日本の小説世界が枠として意識されがちになると思います。
日本では 「この小説変わってるー」と思われても、
世界中の読み手には「どこかで読んだ技法や表現だな」と思われているかもしれません。
日本生まれの日本育ちで日本にしかルーツがない作家だから狭いということにならないように 海外に旅行や移住などをできればいいのですが、諸事情でできない人もいますよね。上村もそうですが、海外の小説を読むことでなんとか埋めようと思っています。

今回はドイツ、チェコ、オーストリア、ハンガリー、スイスの出身者の小説で、上村が読んだものを書きます。
上の画像はブランデンブルク門の写真です。

ドイツ文学は、上村にとってはほとんど面白いか、好きか、没頭できる作品が多いのです。

「車輪の下」
ヘルマン ヘッセさんの1905年の作品です。自然児のハンス少年が、周囲の期待に応えようと努力するあまりに、教育という名の車輪の下で、苦しむことになります。そして、秀才の名に恥じない好成績で入った神学校では、規則規則という自由を奪う環境があるのです。けれど、同級生ははみ出し者ばかり、ハンス少年も自らレールを外れようとするんです。
ヘッセさんは詩人になりたかったそうですが、状況的には自伝的小説と言われています。ドイツ南部はカトリックが多くて保守的とも言われるので、そういう環境も影響しているのかもしれません。
「シッダールタ」(新潮文庫)は、ゴータマ・シッダールタ、のちに仏陀となる人の生涯を描いた作品です。同じヘッセさんの本でも、読みやすくて面白い作品でした。

「変身」
フランツ カフカさんは、チェコ生れのユダヤ人です。けれど、キリスト教徒だったようで、そのはざまで揺れ動く、何者にもなれない自分という不安から、世界にどう自分を位置づけるかという不安を持っていたそうです。不条理が代名詞になっていますが、「さもあらん」と思ってしまいます。
自分というものは身体にあるのか、魂や精神にあるのかといったときに、キリスト教は精神にあると考えているんです。だから、小説の主人公、グレゴリーザムザの身体が不条理にも甲虫に変身しても、周囲の人は本人だと認識するんです。逆に、よくSF映画で観るのが、容貌は変わらないけれど、別人だというものですね。
変身では、だんだんと家族がザムザに対して冷たくなっていくんです。つまり、精神ではなくて、容貌が大事ということです。結局、どちらも自分でないと、自分でいられないということを伝えたいのかもしれません。

「魔の山」
トーマス マンさんの1924年に出版された作品です。教養小説と言われていますね。サナトリウムに入棟した友人を訪ねて、スイスの高原に行く主人公ハンス・カストルプ。ここでは肉体崩壊、精神放浪の人たちがいます。死期が迫るこの人たちと話したり出かけたりしていくうちに、彼は成長して、何かを発見するんです。けど、大戦を背景にしているので、健康な彼も「病気は死への特別列車でない」という状況にいるんです。
面白い小説ではないし、独り言が長くて説教たらしいので、上村にとっては珍しく外れのドイツ文学ではありました。
トーマス・マンさんは、ハインリヒ・マンさんとは兄弟で、スイスにいたときに、「ナチスの支配するドイツに帰るな。そのままスイスに亡命」するように、故郷の人から手紙で言われたそうです。ユダヤ人なので、それでホロコーストを免れたということです。ユダヤ人かドイツ人かという問題が、ここにもあるんです。ナチスが政権を取る前に書かれた小説のハンスさんは、結局はドイツ人としての行動をとるんです。

「飛ぶ教室」
ケストナーさんの有名な児童小説。寄宿舎の中学生たちが、「飛ぶ教室」という芝居の練習をしているけれど、ストーリーには関わりはありません。上村は、読む前はファンタジーだと思っていました。
自愛に満ちた教員、その旧友と知らない近所の叔父さん、敵対する学校との抗争。冬休みに実家へ帰る子と、お金や親がいなくて帰れない子。子ども時代の思い出。

「モモ」
ミヒャエル・エンデさんの児童文学。
時間泥棒組合、ああ この名前だけでわくわくしてしまいます。

「ハムレットマシーン」
劇作家ハイナー・ミュラーさんの戯曲です。ハムレットのひとりごと、オフィーリアのひとりごとと続いて、次にはハムレットが「女性になりたい」と言い出します。けど、嘲笑される。冷戦下、分断されるドイツを男女の境界として重ねて、可視化しているんです。そして、作家という特権階級/男性から脱却したいけどできない苦悩を、ハムレットの復讐したいけどできないとも重ねているそうです。

「アウステルリッツ」
W・G・ゼーバルトさんの代表作の一つと言われています。
傑作という人もいますが、上村はそうは思いませんでした。

「朗読者」
ベルンハルト シュリンクさんの小説。
だいぶ前に読んだので印象しかないんですけど、雨の日に少しずつ読みたい小説でした。

「夜と灯りと」
クレメンス マイヤーさんの短編集。文体が好きです。なかの一篇「通路にて」は、すばらしく、切なく、思いやり、愛情、友情が描かれていて 人と人の関係っていいなと思わせてくれます。けど、あんなに仲が良かったのに、それでも人に言えないことってあるんですよね。

「リスボン行きの夜行列車」
パスカル メシエさんの小説です。二段組なので、長い時間をかけて読みました。
ドイツ人で堅物の古言語学者が、雨の日に橋から飛び降りるのかと思ったポルトガル人女性と出会います。この50数年の人生を真に自分では選び取ってこなかったことに気付いて、憧れ・熱情に身を任せてみようと、これまでの人生を捨て去るんです。ドイツでは規範が強いようで、この敷かれたレールから逃れて自由になるか、規範通りに苦しんで生きるかというのが、文学上の大きなテーマになっているように思います。

「そんな日の雨傘に」
ゲナツィーノさんの小説。ストーリーよりも状況を描いた小説です。お金のために靴の試し履きをしているけれど、ただ静かに暮らしたい中年男性。落ちぶれた友人を軽蔑するけど、自分も同じ。女性の友人も多いけれど、心通わすことはなく、いつも自問自答して、自殺はできないし発狂したいがそれもできないといつも煩悶している。

「遺失物管理所」
ジークフリート レンツさんの作品です。ドイツ北部が舞台なので、規範はあまり強くないらしく、鉄道の遺失物管理所に、忘れ物を探しに来たお客さんとの友情や恋情などの交流があって、淡々とすすんでいきます。すこしザラっとした感じ。

「竜の騎士」
コルネリーア フンケさんの児童向けファンタジー小説です。ダム建設で住処を奪われそうになった竜が、人間の少年と、銀竜の本来の故郷である空の果てを探す旅に出ます。面白い。

「誰もいないホテルで」
スイス生まれのペーター シュタムさんの短編集。原題はゴーリキーの戯曲に由来して「夏の客」だそうです。
森で暮らす少女を主人公にした静謐な一編「森にて」が好きですね。森に暮らして通学もする3年間。人といない 何もしない 屋外にいることが心地いい。森と一体感。時が経って、今は結婚しているけれど、一人で外にいる方がいい。「ウォールデン 森の生活」とはまた違った 生々しさのない森です。
「誰もいないホテルで」表題作は、水も電気も通じないホテル。
「氷の月」カナダに移住する夢を語った守衛は妻が亡くなり退職したのに守衛所に毎日来る、周囲に人がいることにも気づかない。なんだか哀しいですね。

「ピアニスト」
ノーベル文学賞を受賞している オーストリアのエルフリーデ イェリネクさんの作品です。母の期待と監視で孤独な生活を送る30代の女性が、年下の男性と恋に落ちるけれど、規範を押し付けられたせいで、内面が歪んでしまっていたのです。ベッドに合わせて足を切るという寓話がありますが、規範は時に人の心を檻にいれ、歪ませてしまうのです。

「ラデツキー行進曲」
オーストリアのヨーゼフ ロートさんの歴史小説です。これはとっても面白い。タイトルはヨハン シュトラウスの曲名に由来しています。作者はユダヤ人ですが、多民族国家ハプスブルク帝国では、他の国と比較すれば生きやすかったのかもしれません。滅びゆくハプスブルク帝国への切ない憧憬、郷愁が感じられるんです。デュナンが赤十字の創立を思い立ったと言われるイタリア独立戦争の激戦地、ソルフェリーノの戦いで、北部イタリアを支配するオーストリアの皇帝フランツヨーゼフその人を、ハプスブルク帝国の臣民たつスロベニア人の歩兵少尉トロッタが救ったことから、貴族に叙せられ、なにか特別な絆が生まれます。上村の大好物、三世代小説ということも関係して、上下巻ですが、読み終わりたくないと思いました。

「カスパー」
ドイツ占領下のオーストリアで生まれたペーター ハントケさんの有名な戯曲です。ノーベル文学賞も受賞している作家です。森で発見されたカスパー ハウザーという少年が、文明化された人間社会に適応させられていく 実際にあった事件を元にしています。
  

「運命ではなく」
ノーベル文学賞を受賞したハンガリーのケルテース・イムレさんの小説です。ユダヤ系で、実際にアウシュヴィッツに送られた経験を書いています。主人公は14歳の少年で、父親が不在となったので、家長となって通勤する途中でユダヤ人狩りに。そして収容所に入るんですが、子どもならではの視点で、淡々と日常を描いています。収容所と言っても、いつもいつもものすごいことが目の前で起きているわけではありません。ホロコーストもナチスの台頭も、日々すこしずつ起こっている変化に気付けるかどうか、そして運命だったと嘆いて忘れて無責任になるのではなく、自分の人生として過去を忘れず、生きていこうというメッセージがあります。
 
「スキタイの騎士」
チェコスロヴァキア時代のフランティシェク クプカさんの作品です。16編ですね。
「オイール王の物語」はカール大帝に仕えた12人の騎士の一人、アレクサンドリアで戴冠して、インドまで攻めた設定で、セイロンの女王に誘拐されて永遠の命を与えられる。浦島太郎とオデユッセイアのようで、イベリア半島の城に帰ると、100年経っていると知るんです。
「プラハ夜想曲」は戦争で鼻、美貌を失った青年が悪魔と契約して、美貌と、見舞いに来た貴族の女性を手に入れるけど、という話です。

「エウロピアナ 二〇世紀史概説」
チェコのパトリク オウジェドニークさんの作品です。小説と言っていいと思います。日常の小さな世界という思わぬ視点から歴史の断片を語っていて、断片を「だから、その後、結局」などの関係を表す言葉を書かずに投げ出して見せる。それが大きな歴史を描くことにつながっているんです。とっても面白かった。

読んだことがないので、読んでみたい本は、
「眩暈」(法政大学出版)
作者のエリアス・カネッティさんは、スペインからの亡命ユダヤ人の子としてブルガリアで生まれて、8歳でオーストリアに。1939年に英国に亡命。ドイツ語作家で、ノーベル文学賞も受賞しています。 
万巻の書に埋もれた東洋学者が、非人間的な群衆世界の渦に巻き込まれ、発狂して自己と書庫とを破壊するにいたる異常の物語だそうです。

「私が一人で旅する理由」(未日本語訳)
カトリーン・ジータさんの作品で、記者を辞めて一人旅

「悪童日記」と「文盲」
クリシュトフ アーゴタ/アゴタ クリストフさんの小説。後者は、ハンガリー事件でスイスに亡命して、フランス語作家になった頃の自伝的な小説です。

ペーター・ナダスさんの本も何か読みたい。

「NOT ART」
エステルハージ ペーテルさんは、大貴族エステルハージ家の家柄です。オーストリアハンガリー帝国の歴史小説
 
「ある一族の物語の終わり」
ユダヤ系のナーダシュ ペーテルさんの小説です。

「ヴォルテール参上!」
ハンス ヨアヒム シェートリヒさんの小説です。



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