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「凱里ブルース」 ビー・ガン監督作品/国際的評価の高い作品とは

2015年の中国映画。ロカルノ映画祭で新進監督賞と特別賞、ナント三大映画祭でグランプリを受賞を受賞し、ポン・ジュノ監督をはじめ、ギエルモ・デル・トロ監督も大絶賛したと言われている本作。とにかく、世界的にかなり高い評価を得ている。

さて、そんな「いい映画」というのは、どんなものなのか?
物語がいいのか?映像が美しいのか?何が評価されているんだろう。
それを知りたくて映画館に。
いやあ、不思議な映画でした。後からジワジワくる系。
書きながらジワジワしちゃう。
このジワジワを拙い文章で伝えられるだろうか…

若干31歳の初長編作品
「凱里ブルース」はビー・ガン監督のデビュー作品で、作られたのはもう5年も前。低予算のため、監督の家族や知人が勢揃いで出演して制作されたと聞いて、感じたのは…

「いやあ…まじか」

宮崎駿も言ってるけれど、映画作りって、人々を相当に振り回すので、関わっている友人はどんどん離れて行っちゃうもの。
で、この作品で!この作品で友達を巻き込んだの??!!!
と、思わず驚愕。とにかく、このビー・ガン監督の執念、根気、現場統率能力は「すごい」。一体、どれくらいの人間関係が犠牲になり、強化されたのだろうか・・・

若干30歳とのことで、人物の描写はやや物足りない感じがあった。初めの30分間、圧倒的な映像美と画面の構成力に「美術館に来たみたいだ」と、安易な気持ちで「へえ、これが世界を揺るがしたのかあ」と、醜くも鼻くそを穿ってみていたオレ。

が、後半に登場する40分の長回し。
鼻に突っ込んだ指の存在も忘れるほど没頭してしまった。

長回しが始まって3分くらいで「あれ?ずいぶん長回しだな」と気づくのだけれど、この長回しが始まる辺りから、どうも見ている側の気持ちがおかしくなる。
これは物語なのか。ドキュメンタリーなのか。
いや、そんなのどっちでもいいか。しかし、みんなが役を生きている。
等身大で、その場所にいる人々の息遣いが生々しい。

ここから、どこに連れていかれるのだろう???
と長回しが終わる頃。
この作品がおそらく一番やろうとしている「時間、夢、記憶」が時間や場所、現実・非現実の境目がなくなる感覚が、ボワっと心から溢れてくる。

うわあ、なんだこれ。
この「感じたことのない感覚」。これか。これが、素晴らしい映画の由縁か、と大きなため息をついた。

国際的評価の高い作品とは「見たことのない物語」なんて陳腐なレベルではなく「感じたことのない感情」を想起させるレベルなのだな、と深く頷かざるを得ない。

長回し
長回しについて、以前も書いた気がするけれど、
長回しって、ただカメラを40分回したから感動させられる、というものではない。

長回しは「映像にいる中にいる人と時間を共有する」こと。
映像の中に写っているものが、観客とスクリーンの向こう側を橋渡しするダイレクトな手法で、かつ、観客が見続けられるだけ興味が持てる内容でなくては橋渡しの役目を果たさない。

「凱里ブルース」に関しては、この長回しが登場するまで観客に与えられている情報は限りなく少なく、ジャンプ漫画のように主人公のミッションが明確ではない。わかっているのは、甥を迎えに行くことと預かったものをある人に届ける、ということ。ただそれも、そこまで切羽詰まったミッションではないので、見ている側はぼんやりしている。

こうしてぼんやりと長回しが始まると、不思議と(おそらく)主人公と一緒に、そのミッションがどうでも良くなってしまう。
わあ、すごい景色だな。可愛い若者がいるな。などと思っている所で、ふとミッションを思い出すことになる。そこで、ハッと「現実、夢、時間」がごちゃ混ぜになっていたことに気づく仕組みになっている。

ドキュメンタリーか。物語か。
その境目を、この長回しですっかり無効化してしまうのである。

これを実現するために、監督は何度も胃を痛めたと思う。
長回しにしないと、このエンディングは叶わないので、「長回しにするぞ!」と言う執念と、「みんな!それに続け!」と、みんなが緊張する心持ちが、画面の向こう側から溢れ出てきている。

的確なタイミングで人と出会い、壊れたバイクが動き、ご飯を食べ、音楽の演奏が始まり、船に乗り、などなど。40フンに渡って、広大な中国の土地で段取りを組んで待っていた役者、スタッフがこの作品に挑んでいた。
自分が間違えばやり直しだ!!というプレッシャーもあっただろうと思う。
想像しただけで恐ろしい。

何よりもすごいな、と思うのが「長回しにすれば、この感覚を観客に伝えられる」と自分を信じていた監督の心の強さ。
この信念と、監督を信じた人々に拍手を送りたい。天晴である。

同じことを繰り返し書いてしまった気がするが…

日本から、こういった気骨のある作品が出てこないのは寂しい。
じゃあ、自分がやれよ。と突っ込みつつ、想像するだけで胃が痛くなる自分としては、いい胃薬を調達するところから初めようと思う。

ちなみに、次回作もすごいらしい。見るのが楽しみ。


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