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シリコンバレーのプロフェッショナルCEOを迎えて米国市場に挑戦する日本のスタートアップの話

2015 年 9 月 18 日、Authlete (オースリート) 社を法人登記しました。それから約 8 年間、意図的に CEO (Chief Executive Officer, 最高経営責任者) 職を空席のままにしておりましたが、この度、長年の CEO 探しの努力が実ってふさわしい方と巡り逢うことができ、その方に 2023 年 9 月 1 日付けで Authlete 社の CEO に就任していただくことになりました。

【プレスリリース】デジタルアイデンティティに関連するAPI をセキュア化するSaaS 企業のAuthlete 社に、テクノロジー業界のベテラン、マイケル・マンスーリ⽒が最⾼経営責任者として就任

その方は米国カリフォルニア州パロアルト市在住のマイケル・マンスーリ (Michael Mansouri) さんです。彼は連続起業家・個人投資家で、iPass 社を米国 NASDAQ 市場に上場させるなど十分な実績があり、その上で、人柄も良く穏やかな方です。

Authlete 社は、2016 年には英国 🇬🇧 Level39 に、2021 年にはアラブ首長国連邦 🇦🇪 DIFC に拠点を開設し、また、世界最大のデジタル専業銀行 Nubank 🇧🇷 (ケーススタディ) やオランダ語圏最大のメディアグループ DPG Media 🇧🇪 (ケーススタディ) など日本国外にも大きな顧客を抱えているので、海外市場進出自体は既に実現しています。

にもかかわらず、わざわざ米国在住の方を CEO に据えるのは、本格的に米国に進出し、世界最大の市場で会社を大きく飛躍させるためです。

CEOを空席にしていた理由

自社オフィスすらまだ持っていなかった時期の Authlete 社のキックオフミーティングで、私は他の二人の共同創業者に『The Founder's Dilemmas: Anticipating and Avoiding the Pitfalls That Can Sink a Startup』『起業家はどこで選択を誤るのか:スタートアップが必ず陥る 9 つのジレンマ』という本を手渡し、「この本に載っている既知の落とし穴は避けたい」と伝えました。

落とし穴の一つが肩書きインフレです。スタートアップ創業時に創業メンバーが CxO (最高◯◯責任者) の肩書きを自分達に与えたものの、会社が成長するにつれて能力不足が露呈し、大きな問題となる落とし穴のことです。

例えば、IPO (株式公開) 準備のために専門家をチームに迎え入れなければならなくなったとき、創業期に経理処理を担当していたという理由で特別な専門知識を持たないのに CFO (最高財務責任者) の肩書きを得ていた創業メンバーが CFO の肩書きを手放したくないと言った場合、大きな問題となるでしょう。

ソフトウェアの設計・実装に特別な才能があるわけでもないのに創業時に製品のプロトタイプを作ったという理由で、または単にプログラムを書く人が他にいなかったという理由で、誰かを CTO (最高技術責任者) に任命した場合、その CTO より有能なソフトウェアエンジニアを雇うことは難しくなるでしょう。

創業期にうまく会社を引っ張ることができた CEO (最高経営責任者) が拡大期に求められる能力・資質も同時に併せ持つことはむしろ稀なことで、たいていの場合、何回目かの資金調達時に CEO 交代を投資家から要求されることになります。その際、創業者 CEO が交代を拒んだ場合、会社の成長は阻害されるでしょう。

Authlete 社の場合、共同創業者の誰も肩書きに興味は持たず、現在に至るまで誰も CxO の肩書きを持っていません。なお、法律上の理由で誰かが就く必要のある代表取締役の役職も共同創業者同士で譲り合っていましたが、推し合いに負けて私が代表取締役をやることになりました。私がよく「書面上は(適性があるわけではないのですが)会社代表です」と自己紹介するのにはこのような背景があります。

なにはともあれ、8 年前の Authlete 社創業期に仕込んでおいた深慮遠謀が功を奏し、社内で大きな混乱を引き起こすことなく、プロフェッショナル CEO を Authlete メンバー全員で快く迎え入れることができました。

CEOを迎えるに際し社内会議で語ったこと

CEO 正式就任日のちょうど一ヶ月前、CEO を迎えることをメンバーに伝えるための社内会議を開きました。

Good to Great: Why Some Companies Make the Leap… And Others Don't』『ビジョナリー・カンパニー2:飛躍の法則』という本を引き合いに出し、改めて、私が大切にしている考え方、今となっては Authlete 社の企業文化となっている考え方を伝え、最後にマイケルさんを紹介しました。

下記は、実際に社内会議で話した内容です。

最初に人を選び、その後に目標を選ぶ

偉大な組織は行き先を決める前に適切な人をバスに乗せ、適切な場所に座らせる。

混沌と不確実性に直面し、次に何が待ち受けているか全く予測できない場合、最善の戦略はどんなことが起ころうとも適応し、素晴らしいパフォーマンスを発揮できる人々を仲間にしておくことです。

適切な人々

適切な人々は、厳密に管理したり発破をかける必要はありません。彼らは内なる動機によって自らを鼓舞し、最高の結果を生み出し、素晴らしい創造に参加したいという気持ちに駆られるのです。

組織が、規律ある人々によってのみ構成されていれば、階層組織や官僚的制度、マイクロマネジメントは不要です。

適切な人々を仲間にするには?

Authlete 社の共同創業者たちは、自分たちよりも優れた人々を仲間にすることを心掛けました。

共同創業者たちは自分たちに CxO (最高◯◯責任者) のタイトルを与えませんでした。将来プロフェッショナルな CxO を必要とする時が来ることを見越して、2015 年の創業時から約 8 年間、CTO 以外の CxO 職を意図的に空席のままにしていたのです。

組織拡大の方向

創業メンバーが、肩書きが好きな人ばかりであれば、組織が小さいときから、たいそうな肩書きを持つ人たちで組織は溢れかえるでしょう。事業が拡大し、人手が足りなくなれば、創業メンバーは部下になる人々を雇うでしょう。そして、そのような採用が繰り返されます。これは、組織が下方向に成長していると言えます。

一方、創業メンバーが、自分の存在価値は自分がどれだけ組織に貢献するかにかかっており、肩書きは全く関係ないことを理解していれば、不都合が生じるまで役職を設けません。事業が拡大し、人手が足りなくなれば、創業メンバーは、それに見合う、より有能な人々を仲間に引き込もうとするでしょう。そして、そのような採用が繰り返されます。このようにして組織は上方向に成長していきます。

次の舞台へ

規律ある皆様のおかげで、マイクロマネジメントや動機付けなどに無駄な労力をかける必要がないので、Authlete 社の運営はかなり効率が良いです。製品自体の競争力も高いので、この規模のスタートアップには珍しく、利益が出ており、財務状態も健全です。

現在の状態で満足することも可能でしょう。しかし、もしあなたがより大きな挑戦をする準備が整ったとしたら、挑戦せずにはいられないでしょう。

創業時からの夢であるアメリカ進出、ユニコーン企業化、さらには NASDAQ 上場も、現実的に検討することが可能になってきました。しかし、現在の経営陣では力不足です。別の言い方をすると、ついに、Authlete 社にプロフェッショナル CEO を迎えるべき時がやってきました。

我々は何年もの間、プロフェッショナル CEO を探し続けました。そしてやっと、ふさわしい人物と出会い、CEO 就任を快諾してもらうことができました。マイケル・マンスーリさんです。

世界市場での競争

Authlete 社が提供するソフトウェア製品は、とある世界標準技術仕様群の実装です。仕様群自体は公開されており、それらを実装してビジネスをするためにライセンス料金を払う必要もありません。そのため、世界中の誰でも参入障壁無く市場に参加することができます。

日本独自の法規制や日本語が参入障壁となる事業領域を選んで起業するという選択肢もあり、それを推奨する投資家もいます。しかし、それを潔しとしない実力勝負好きの性格のため、Authlete 社は初めから参入障壁無しの世界市場で競争する心構えでいました。我々が作るソフトウェアは世界市場でも通用するものでなければならない、ソフトウェア企業/ソフトウェアエンジニアとして自社製品が最高だと胸を張りたければ、シリコンバレーで勝ってこそ、だと。

Authlete 社が考案した『Semi-Hosted アーキテクチャ』、具体的には「認可サーバー・OpenID プロバイダーそのものではなく、それらを実装するための部品を Web API として提供する SaaS (Software as a Service)」は、今となっては非常に優れた仕組みだということが分かってきました。ユースケースによっては Semi-Hosted アーキテクチャが唯一無二の解で、冒頭に挙げた Nubank も DPG Media も、競合製品と比較検討した上で「Authlete を使うか自作するかの選択肢しかない」という結論に至ったとのことです。

さらに、認可サーバー・OpenID プロバイダーそのものを直接作ることに比べ、Semi-Hosted アーキテクチャの仕組みを設計・実装するのは何十倍も難しいため、競合他社が容易に真似できないという競争上のアドバンテージもあります。

加えて、2019 年初頭からは、新しい標準仕様を Authlete 社が世界で最初に実装するケースが増えてきました。現在では、Authlete は世界最先端を走る製品の一つだと世界市場で認められています。

アメリカの巨大な競合他社と比べると、Authlete 社の売上規模は依然としてかなり小さいです。しかし、アーキテクチャや最新標準仕様サポート状況など、技術的には、引けを取らないどころか優っている点が多くあります。そのため、Authlete 社がアメリカで飛躍する可能性は十分にあると信じています。

ご声援のほど、よろしくお願い致します。

Authlete 社 共同創業者 川﨑 貴彦




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