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極景-14-

 #公開#
 
 先生の事件を担当した刑事や検察官は優秀だった。家族三名を殺害したのが、その男性である事実には、かなり早期の段階で到達していた。先生は徐々に自白を始めていたが、捜査状況のほとんどは、五月雨式にしか公表されなかった。
 
 僕らはこの物語を友人のひとりが編集者として勤務する出版社で、書籍化することを計画していた。友人から編集長にはうちうちに打診をして貰っていたし、草稿には目を通して貰っていた。編集長は筆者である僕に会うことを希望した。編集長は、僕へこう問い掛けた。
「これを本にして販売することでなんの目的が達成されるんだろうか。教えてくれ」
「彼に、僕らはずっと救われてきました。だから、今度は僕らが彼を救う一助になりたいと思っていますし、裁判員の心象にも影響があることを期待しています」
「目的はわかった。しかし志しが低過ぎるんじゃないか?事件は彼が起こしたことではあるが、最早、国民的関心事になっているんだよ。彼や君らの手で収まる問題ではない」
「本にはできないと仰っているんですか?」
「君は、もう少し賢明なモノ書きだと思っていたんだが、俺の思い違いだったようだな」
 僕は、しばらく彼の言っている言葉が指し示すことを想像した。志しが低い……国民的関心事……わからなかった。これまで僕は編集者の求めることを書くだけだった。初めて自分の意思で物語を書いた。なぜ、本にするのか、販売するのか……必要性は……ない。
「なんとなくわかった気がします。本にする必要は全くないですね。広く遍く目を通して貰うためには、ネットで無料公開するのが最善だと思います」
「そうだろう。俺もそう思う。君らに拡散させる力はあるのか?」
「正直ないです。SNSの類いには疎い者の集まりなので、どこかの企業にでも相談するしかないです」
「おいおい、そんな悠長なこと言っている場合か?裁判が終わっちまったら、どうするんだよ。多忙を極めるこの俺樣の仕事がひとつ増えたな。うちのホームページで公開するしかないだろう。その代わり広告収入は全部貰っていいか?」
「いいんですか?そもそも収入なんて考えていませんでしたから、どうぞ全部持っていってください。でも、どうして手助けして頂けるんですか?」
「はあ?俺の優秀な部下の依頼だろう。それに俺も編集者なんだよ。元々は使命感の塊だったんだよ。まあ、いまは金の亡者のように言われているがな」と彼は自嘲気味に笑い、
「いまから社長のとこ行ってくるわ、じゃあな」と言って部屋を出て行った。
 
 出版社がプロモーションを検討している内に、先生は全て自白した。事件の経緯は捜査本部から公表された。それでも僕らは、この物語の公開には意義があると信じて疑わなかった。この時点で裁判員への心象については、さほど気に留めていなかった。それより服役後の先生に対する世間の風当たりを幾ばくか軽減させる役割を果たしたいと願った。

 
  #筆者あとがき#
 
 最後までおつきあい頂いたことへ感謝致します。
 彼は確かに法を犯しました。そして、いまから罰を受けます。
 作中に記した『全員が罪人』であるという彼独特のフレーズを受け入れられない方も居られることでしょう。しかし、僕はこうも思うのです。誰もが『彼と同じ』になる可能性を秘めているのではないかと。
 この物語を書き終えるまでに、たくさんの方々の善意を感じ協力を得ました。身を投げ打ってまでの姿勢を示した方々もいらっしゃいました。
 どれだけ感謝しても仕切れません。
 皆様が、いつか迎えるその日に、悪くないものだった、と思えることを祈ります。
                                          了         

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