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そして、鼻は意見する 【インスタントフィクション #06】

 …そして、鼻は意見する。

 接吻の代わりに鼻の穴に指を突っ込むのはどうか、と。
 口は接吻のみならず、食物を咀嚼し、息し、嘘や真実を言う。はたまた、耳はメガネを乗せ、マスクを引っ掛け、イヤホンをはめ、艶めかしい囁きに尻をヒクヒクさせる。口も耳もそんなに多数の機能を持っているのに、鼻はもっぱらクンクン嗅ぐだけ。穴にピーナッツを詰められるなんて言うなよ?私は接吻が欲しい、と鼻は言う。
 しかし、口は譲らない。
「おれの接吻には豊富なバリエーションがあるのだ。君とは表現力が違うのだよ。なにも唇だけでない。この舌を使えば、あの娘の歯茎や歯の裏にまでタッチできるんだぞ。君にそんな芸当ができるのかしら?」
 と鼻を鼻であしらった。鼻も口が減らない。
「私が接吻の大役を仰せつかった暁には、指を入れる深さで愛情の深浅を表現するのだ。また、どの指を入れるかによっても意味合いが異なるし、なんといっても私には二つの穴があるのだから、多彩だよ」
 それを聞いていた耳が口を挟んで、
「そもそも口は口だけで接吻するのだから指を使うなんて対等じゃないねぇ」
 という。鼻は耳に耳を貸さない。口も耳の論に肖って
「そうだそうだ。もし仮に君が接吻を担うとして、鼻毛でも用いてディープキスを表現しなければ対等じゃない。それに指をつかっていいというなら、おれは五本の指どころか拳だって丸々ひとつ入れられるのだぞ」
 と鼻を鼻で笑う。これで鼻は鼻を折られたかに見えた。

 しかし、鼻は怯まず舌先三寸。口に口を尖らせ歯に衣着せぬ物言いで唇を反し、その舌の根の乾かぬ内に、口が鼻息荒く鼻を罵り返すという、なんともみっともない応酬。(もう耳は耳を塞いでいる)

 すると、途端に鼻は喜悦の色を浮かべる。そこでようやく口は鼻の遣り口に気がつき、鼻白んでしまった。はなから鼻は口の鼻を明かすつもりで、まんまと口は鼻の口車に乗せられていたのだ。鼻は口をむしって唇を奪い、さらには舌や歯さえも…。
 口は鼻と取って変えられた。もはや口に口無し。口惜しむばかりである。
 両者の頭上で、高みの見物。目は目を瞑ったまま。

 …そして、鼻は意見する。

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