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ユーモアとシリアスの異種な組み合わせ【イニシェリン島の精霊】映画♯080

近頃、北欧がブラックさを増した映画を量産しまくっている。本年度アカデミー賞作品賞有力候補のひとつ。上映中。



イニシェリン島の精霊    2023年/アイルランド



【ストーリー】

本土は内戦に揺れる1923年のアイルランドの孤島、イニシェリン島。
ここでの楽しみといえば皆んな、パブで仲間と話すこと。
中年男のパードリックと初老のコルムは、親友と呼べる仲。

しかしある時、突然コルムから絶交を宣言される。
戸惑うパードリックは、理由を聞くが納得がいかなかった。



【解説というか、レビューというか】

きましたきました、ブラックファンタジーホラードラマ。
定番になりつつある、ハイブリット映画です。
私たちが想像してるホラーやコメディとは違います。
急に親友から絶交された中年のおじさんが主人公。
『え?なんかオレ悪いことした??』がテーマの
異色の物語。

映画全体の雰囲気は一見すると、重厚感あるシリアスドラマ。
だけど、その中身は濃くて苦ーいダークコメディ。
重厚感だけなら間違いない。何ならシリアスも間違いない。
けど、笑っても、いいー、、んだよね?って誰かに確認したくなります。
確認とれる相手もいないので、前半は遠慮なく
笑いっぱなしだったシネマジェンヌ。
きつい冗談が飛び交う場面は、
笑ってはいけないと思うほど面白さが増す。
なのに後半からホラー映画にシフトチェンジ。
アイルランドのおとぎの世界へ、グイグイひっぱられます。


タイトルの精霊とは、『バンシー』を意味しています。
バンシーは、アイルランドやスコットランドに伝わる死を予言する女の妖精のこと。
イニシェリン島は架空の島。
この映画はファンタジーでもあるようです。

パードリックとロバの美しい情景
それもまたタブー


以下ネタバレあり。


昨日の友は今日の敵。
仲が良かったのに、歪み合う。

これは小さな内戦のお話しなんだろう。
それも1921年ごろに実際に起こったアイルランド内戦を
象徴している。平和なイニシェリン島には若い女、
子供は殆どいない。いるのは中年か老人、もしくは笑われる者。
こんな退屈な島なのに、ナイスガイな主人公パードリック。
コルムに言わせれば、良い人すぎて余計に退屈。
オジサン同士の友情にはナイスガイ、つまりは素敵なやつ
なんて必要ない。特にこの島には。
パードリックのつまらなさは、初老コルムを奇行に走らせる。

アイルランド内戦を模しているが、物語は単に大人の喧嘩。
戦争がなくても、退屈が人を狂わせる絶望的平和。
海を挟んだ本土では、同じアイルランド人が殺し合っている。
ここ、イニシェリン島でも同じ事が起こっている。
身近に起こっている戦争に、いつの間にか私たちは 
笑ってはいられなくなる。

この映画には、愛とか友情とかロマンとかない。
ないないのない。あるのは虚しさ。


確かに思う。普通の人ってつまらない。
まともに生きてる人って他人にとっては退屈。
平和や退屈を極めたらドラマが生まれないもの。
だから、ク○野郎でもなんでも、感情が揺れ動くような
胸熱な何かをくれってイニシェリン島の人は言っている。
生きてる実感が欲しいのだ。若者は戦争に駆り出され、命懸けで戦っている。
自分に残された人生の時間を意識し始めたコルムには、パブでギネスを流し込むだけの人生なんて無意味なのだ。

これって現代人に置き換えたら、
ミドルエイジクライシスなんじゃないだろうか。

不幸も知らない、幸せも知らない。
それで生きていると言えるのか?
不幸も幸せも何もない次元で、ただそこにいるだけの
主人公パードリック。
もう、彼こそ妖精だ。

嫌いになった、とコルムは言う



モーツァルトのように生きた証を残したいコルムは
あるバクダンを投下する。
一切の妥協を許さない絶交宣言。

平凡に生きている人と、考える人間の対立は終わらない。



考えることは娯楽だと思う時がある。
考えない人には分からない世界観かもしれない。

本当にコルムはパードリックを嫌いになったのか。

それは違う。
ある場面を見逃していなければ一目瞭然で分かる事だ。
はっきり言わない優しさを、どうか気が付いて。

知性に差があると隔たりが起こる事実。
戦争の虚しさを、身近なコミュニティで描いたっていう作品だと思います。


最後はやはり、ギネスばりのドライな切れ味で物語は終わる。
綺麗に着地させないラストは、戦争の虚しさを助長させていた。
そして戦争などの争いが起きた時、

どう終わらせるのか、

ここが問題なのだ。


【シネマメモ】

コリン・ファレルの悲壮感漂う、眉毛をみて眉毛。
八の字を描いた眉毛は見事な困り顔。
さすが、本年度アカデミー賞候補になるだけある。
個人的に演技賞をあげたいくらい。
いやはや、名演でした。


笑えるところと、笑えないところのバランスが
北野武の映画っぽい。

✳︎合わせてみたい映画
アイルランド映画

『麦の穂を揺らす風』
『恋人はアンバー』

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