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家のない眼 第四話

家入充は千秋楽の大相撲を見ていた。コロナ禍の為に無観客である。何か見ていて不穏なものを感じていた。
優勝は前頭4枚目が決めていた。つまり、上位陣は優勝に絡んでない。けがで満身創痍の一人横綱が、取り組みで指を突き出して相手の両眼をついた。
無観客の会場に響く絶叫。
何が起こったかわからない勝負審判たち、小僧さんたちが急いで力士のもとへ駆け寄ろうとするが土俵は血に染まり、
「何が国技か!外国人差別の温床じゃねえか!」
横綱は大絶叫して小僧さんたちの首を次から次へとへし折っていった。
そこで映像が切り替わった。
青の背景のしばらくお待ちください。
SNSでは、
「横綱、よく言った!」「血が見れて幸せ!」「国技と呼ぶレベルじゃねえ」とか、ヘイトと称賛と否定があふれだした。
そこからNHKの映像は五分無音が続いた。
ネットでは早くも○○力士、両目失明、男性五人死亡、と速報が流れていた。それは正しかった。

充は、
「こんな世の中、こういうこともあるさ。」
そう呟いて人気のない道を見て、酒をあおった。タバコもガンガン吸っている。スマホもタブレットも手元にある。洋子との約束など守ってないのだ。
そこへ、スマホに着信があった。新開満からだ、
来たいというのでおいでといい、彼が来てから三時間ほど喋って満は帰った。もう充は体温計とか、抗原検査とか、気にしなくなった。
心療内科からもらった睡眠薬を酒と共にあおって気絶するように寝た。

岡本唯は保育士である。彼の母校には保育科があり、そこの卒業生なのだ。
親戚のコネで働いているが元々子供が好きで、高校時代は柔道が強かったが暴力が嫌いな男、唯という名前でからかわれても決して暴力には訴えなかった。

唯は新人でありながらベテランの園長に気に入られていた。彼は子供に対する忍耐力と寛容性で適性があった。
認可保育園は給料は安い、でも、唯は初めてもうすぐ半年になるこの仕事に愛着を持っていた。
「ゆー先生、これみてー。」
年長さんの女の子が、唯に花の首飾りを作ってくれた。
「ありがとうね。さあ、あと少しでお母さん来るからね。のりちゃんはいい子だから待てるよね。」
のりちゃんと呼ばれた女の子は、シングルマザーの一人娘である。母親は地元の新聞記者である。今日は直接迎えに行くと言って電話があったから、
唯が待っていた。そこへ、母親が軽自動車でたどり着いた。
「ごめんね、のりちゃん、岡本先生、ありがとうございます。」
母親のけいはなかなかの美人で正直、唯のタイプであった。だが仕事は仕事、唯は帰るのを見送ってから自分は自転車で帰った。
今日は悪ガキ五人で酒なしの食事である。

あの日の夜以来会ってないから会うのが楽しみであった。

けいとのりちゃんの車はたまたま道路工事中であったために家入充の家のそばを通った。
けいはここがあの家だということだとは仕事柄知っていたが通るのは初めてだった。
けいは、心臓が凍り付いた。凄まじい恨みの視線、怒り、呪い、負の感情がけいの心臓の息の根を止めた。けいの車は充の家を通り過ぎて近くの畑に突っ込んだ。のりちゃんが泣いている。充が急いで駆け付けるが母親が死んでいることは明白だった。充は警察と救急にいつもの連絡をした。

「ふー、三日ぶりか。もう慣れたよ。若い母親だ残念。可哀そうなのはこの子だな。」
充はのりちゃんのチャイルドシートを外してやり、警察とかが来るまで自宅でのりちゃんをあやしてやった。

充の心が少し動いた。

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